第56話 【ルーベン】会合
「すまない、待たせたかな」
私は、いくぶん遅れてきたことを詫びる。この場は、ヴェールの町の主要人物が集まる会合だ。
ここにいるのは、最近できた冒険者ギルドの長ライリー、領都との交易を一手に担うヨハン、農業指導役のトムソン、町の商人達を代表してマックス、それに私の5人だ。まだこの町は小さい。議会も何もあったわけじゃないが、各分野の代表がこうして集まり、情報交換や問題の解決にあたっている。
私はさっそく今日の目玉の話題に触れる。
「深緑の森に魔木が出たというのは本当か?」
「あぁ、今日、実物を持ってきた冒険者がいるからな。間違いない。そのパーティが出会ったのは1体だけだったらしいが、それで全部ってことはあるまい。森にはそれなりにいると踏んでいる」
魔木は樹木の形をした魔獣全般を指す。といっても、そのほとんどがトレントと呼ばれるDランクの魔獣だ。魔木は普通の木と異なり、高い強度を持ちながら、適度にしなり、燃えにくいという特徴を持つ。およそ木とはかけ離れたその特徴は様々な用途に使われ、常に供給不足の人気商品だ。
「魔木はありがたいですね。この町でも使えるでしょうし、領都に持っていけば飛ぶように売れるでしょう」
「魔道具作ってるドノバンが欲しがってたぞ。詳しいことは良くわからんが、魔木はなんかの通りがいいから、魔道具を作りやすいってさ」
ヨハン、マックスも興味津々だ。
もともと深緑の森に期待していたのは主には魔石だ。だが、当然魔獣を狩れば素材も手に入る。オークやミノタウロスなら食肉になるし、ウルフ系の魔獣なら牙や革が使える。ヴェールの森はゴブリンや虫系の魔獣が多くて、あまり素材として使えるものはなかったのだが、それが魔木の登場で一変した。正直、DランクやEランクの魔石をちょこちょこかき集めるくらいなら、魔木を狙った方がよほどいい。
そこで、冒険者ギルドのライリーが少し渋い顔をして、浮かれたこの場の空気に水をさす。
「だが、少し気にかかっていることがある」
「なぜ、このタイミングででてきたか、か……」
「そうだ」
私も気にかかっていた。聞けば、今回魔木を持ってきた冒険者が狩りをしていたのは、森の中でも町から割と近い場所だったらしい。つまり、このヴェールの町ができてから、ずっと狩りがされてきた場所だ。それなりに長い期間、狩りがされていたのに目撃情報はこれまで全くなかった。それなのに、今発見されたのはなぜか、ということだ。
単に森の奥に普段いる魔獣が迷いでてきた、というならいいが……。
「もしかすると、ダンジョンが……魔族が新たに生み出したのかもしれないな」
この場にいる全員が私を見る。
「確かにダンジョンって場所は尽きることなく魔族が湧いてでてくるもんだ。魔族が新たに魔木を生み出したってことなのかもしれねーな」
「魔木を生み出してくれるなら、その魔族には感謝しなければなりませんね」
ライリーが私の発言を補足し、ヨハンが軽口を叩く。
「だが、これまでいなかった種族を生み出しているということは、ダンジョンが強化されているのかもしれない」
「……関係してるのかは分からねーが、最近、ギルドの方に顔を見せなくなった奴らが何人かいる。」
「別の町に移ったわけではない、ということか?」
「さぁな。こっちじゃそこまで把握はしてねーから、分からん。見なくなったのはCランクの奴らが大半だから、この森じゃ物足りなくなった、という可能性も十分にある。森の浅いところじゃ、Dランクの魔獣がほとんどだからな」
冒険者ギルドは、冒険者のランクを認定し、その冒険者にあった仕事を斡旋したり、魔石や素材の買取をしている。だが、冒険者の管理までしているわけではないのだ。あくまで冒険者は自由。冒険者ギルドに断らなければ町を移動できないなんてことはない。
そして、森の奥に行くことを制限している今、中堅所の冒険者にはウケが悪いというのも確かだろう。正確には看板の奥でなければ、森の奥に入っていってくれてもかまわんのだが……。
「大半?いなくなった冒険者はそんなに多いのですか?」
トムソンが気づいてしまった。
「週に1パーティってところか?先週は2パーティくらいかもな」
「そんなに!?冒険者ギルドでは何か対策を取らないのですか!?」
「とらん」
「なぜですか!?」
トムソンがライリーに噛み付く。だが、別にライリーが間違ったことを言っているわけじゃない。
「トムソン、落ち着いてください。私もライリーの考えは間違いではないと思いますよ」
怪訝そうな顔をするトムソン。マックスやヨハンは分かっているのか涼しい顔をしている。
「まず、いなくなったパーティが森で死んでいることを意味するわけではないのですよ。さっきもライリーが言っていたように、冒険者ギルドは冒険者を管理しているわけではないので、単に町から出ていっただけかもしれません。それに森で死んでいたとしても、それは普通です」
「普通……」
意味が分からない、トムソンの顔にはそう書いてあった。
「冒険者やってりゃ、死ぬこともある。それがダンジョンならなおさらだ。たとえ、町から出てってる冒険者がいなくても、なんか対策をしなきゃならねーほど、特別死人が多いってわけじゃねーのよ」
魔獣との戦いはまさに命がけだ。たとえ、森の浅いところに出てくるのが低ランクの魔獣ばかりだとしても、やられることはある。
「一般人はこれだから困る。この灯り1つのために、どれだけ冒険者が命かけてるか知ろうともしねぇ」
ライリーは灯りの魔道具を指差し、トムソンを軽蔑するように見る。
「私はそんなつもりじゃ……」
「だいたい魔石の買取価格が安すぎるんだ。こっちが死にものぐるいでとってきたもんが、大した値段にならねーから、冒険者の命まで軽くなるんだ」
ライリーも私と同じく、元冒険者だ。それに、今は冒険者ギルドの一員として、魔石を冒険者から買い取り、商人達に卸している。その商人には思うところがあるのだろう。
「それを私共に申されましても。我々は売れる値段で売りますし、買える値段で買うだけですから」
ヨハンがライリーの指摘を軽く受け流す。一方、トムソンはよほどライリーの言葉が効いたのか、うつむき、落ち込んでいる。
ライリーはトムソンの様子を見て、少しは溜飲が下がったのか、一旦押し黙る。
「しかし、いなくなったのがCランクに寄っているというのは少々気にかかるな。」
「あぁ、それは俺も思ってた。だが、狩りをしているやつらに聞いても森で特に変わったことはねぇ。だから、俺は物足りなくなって他の町に行ったのかとも思ったんだが……」
これについては少し調べておいた方が良さそうですね。
魔木の話はバーナード様にご報告しなければなりませんし、このこともご相談しましょうか。
しかし、魔木か。バーナード様は大層お喜びになるに違いない。
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