第44話 【ダニール】これは夢か?

 トムソン夫婦が様子を見に外へ出たところで、ゴブリンに火をつけられた、といったところだろうか。トムソン夫妻と燃える家の間にゴブリンが2匹いる。


「ゴブ~~」


 ゴブリンは特に夫婦を襲うわけでもない。むしろ、なぜか困惑しているようにも見える。

 ゴブリンはたったの2匹だが、冒険者でもないトムソンさん達が勝てる相手ではない。


「邪魔よ!」


 ポリーナが射掛けると、1匹のゴブリンの腕に命中する。すると、ゴブリン達はすぐさま逃げ出していく。


「待ちなさい!」


 ポリーナがゴブリンを追っていく。俺はポリーナにゴブリンを任せ、夫妻の方へ駆け寄る。


「大丈夫ですか!?」


「娘がまだ家の中にいるんです!」


 そういって、夫妻は家の方を指差す。


「分かりました。俺が連れ出してきます」


 家は燃えているといっても、まだ火がつけられたばかり。まだ十分助けられるだろう。


「パパ~ママ~?」


「ミリー!」


 などと考えていたところで、娘さんが家から出てきた。まだ4,5歳といったところで、かわいらしい少女だ。起きてみたら両親がいないので探していた、といったところだろうか?

 大人3人揃ってホッとしたところだった。


(パキパキッ)


「!?」


 まだ仮設の状態だったからだろう。燃える屋根の一部が崩れ落ちそうになっていた。


「「ミリー!!」」


 トムソン夫妻が叫ぶのを背中で聞きながら、俺はミリーちゃんの元へ走る。

 だが、屋根は今にも崩れ落ちそうだ。


(くそっ間に合わないっ)


 そう思ったときだった。

 家の中からなにかが現れ、ミリーちゃんを抱きかかえたかと思うと、大きく飛び退いた。


(ガラガラガラッ)


 それを待っていたかのようなタイミングで玄関の屋根が崩れ落ちる。


「ミリー!」


 両親が転がり出てきたミリーちゃんに駆け寄る。

 だが、俺は剣を抜き、それを止めた。


「近づかないでください」


 そう。ミリーちゃんを抱えて出てきたのはゴブリンだったのだ。

 そのゴブリンは自身が起き上がると、ミリーちゃんも抱き起こした。


 まずい。

 ゴブリンは女と見れば、すぐに手を出す。


 俺はすぐにミリーちゃんを助けるべく、走りだした。

 だが……


(なんだと!?)


 なんとそのゴブリンはミリーちゃんを気遣うように土埃を払っておとし、頭をポンポンと撫でているではないか。

 ミリーちゃんを助け出したのはゴブリンなんかじゃなくて人間の子供だったんじゃないか、と思ってしまうような光景だった。

 もちろん、あんな全身緑色でとがった耳をした人間などいやしない。あのミリーちゃんと抱きかかえて飛んだ、あの身体能力だって人間じゃ異常だ。

 あとから考えれば、人間の子供と見間違うなんてありえないのだが、あまりに異常な光景を見せられて頭が混乱していたのだと思う。


(俺は今、夢でも見ているんじゃないだろうか……)


 そのゴブリンはこちらをちらりと見ると、ミリーちゃんにはそれ以上手を触れず、去って行ってしまった。


「「ミリー!あぁよかった!!」」


 トムソン夫妻がミリーちゃんを抱きしめる。


「パパ、ママ、なんでお外にいるの?夜はお外に出ちゃだめなんだよ?」


 当のミリーちゃんは今しがた起きたことを理解しているのかいないのか、なんとも呑気な様子だ。


「兄さん、そっちは大丈夫だった?」


 そこで、戻って来たポリーナの声がして、ハッとする。


「あぁ……そっちは?」


「手傷は負わせたけど、結局逃げられたわ。町の中にいた他のゴブリン達とも合流して北の方へ行ったみたい」


 俺は頷き、トムソン夫妻の方へ向き直る。


「トムソンさん、もう魔獣はいないかもしれませんが、一応俺達と一緒に来てください。町長の元へ行きましょう」


「ミリーちゃんもまだ眠いかもしれないけど、ちょっとだけ頑張ってね!」


「???……うん!ポリーナさん、ミリー頑張るよ!」


 トムソン夫妻の方はまだ不安な様子だったが、奥さんがミリーちゃんを抱きしめ、3人揃って俺達についてきた。


 そうして、俺達5人は町長が寝泊まりする家の方へやってきた。


 だが、そこで、またも信じられない光景を目にする。


「さっさと逝きなさいよ!」


「ハッハッハッーまだまだ俺もやれるもんだなぁーーーー」


 なんと町長が女の子と戦っている。

 だが、女の子は尻尾を生やしていた。しかも、よく見ると茶色の髪からはとんがった耳が飛び出ている。

 獣人だ!魔族だ!

 あのダンジョンには獣人がいたのか!?


「ちょっと、これどうしたらいいのよ……」


 ポリーナが戸惑う。

 普通なら、町長に加勢して、一緒に獣人を討つべきだ。

 だが……


「人間風情がなんでアタシのスピードについて来れるのよ!」


「久方ぶりのこの感じ!たまらんなぁ!!」


 目で追いきれないスピードで獣人がナイフを繰り出し、それを町長がポールアックスを使って巧みにさばく。時折、町長がポールアックスを振るうが、獣人は素早くそれを避け、また町長に向かっていく。

 目の前で繰り広げられる戦いに、俺達の割って入る余地など全くなかった。


「少なくとも私は無理よ。町長を避けてあの獣人を狙うなんて無理だわ」


「俺もあの中に割って入るなんて無理だ」


 呆然とその戦いを見ていると、町長がこちらに気づく。


「入ってくるな!おまえらは非戦闘員を守れ!」


「「はいっ!!」」


 俺達は少し下がり、トムソン夫妻を背に庇う。

 その後も両者互角の戦いを繰り広げていた。


 あるとき、町長がポールアックスを大きく振るい、それを獣人が小剣で受けて、大きく後方に下がる。


「アンタがこの町の長よね。本当はアンタの首はきっちりとっておきたかったんだけど、ちょっと難しそうね」


 そういうと獣人はちらりとこちらを一瞥する。


「不本意だけど、今日のところは引いてあげるわ」


「ダンジョンの主よ。いくらでもかかってくるがよい。我々は決して引かぬ」


 獣人は少し悔しそうな顔をしながら、そのまま後ろへ去っていく。

 その様子はそこにいたのが幻だったかのように存在感がない。


 獣人が去った後、俺はふと自分の頬をつねってしまった。

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