第43話 【ダニール】緑の濁流

 俺はダニール。セレンの町出身のCランク冒険者だ。

 妹と一緒に領都でしばらく活動していたが、セレンの近くにダンジョンができて、新しく町を作ることになったというので、その開拓団に加わった。

 今は魔獣の襲撃を警戒しながら、町の周りに柵を作っている。魔獣の襲撃といっても、深緑の森からはそれなりに離れているので、出てくるのはゴブリンがたまに迷い込んでくるくらいだ。この開拓団にはもちろん冒険者じゃない人もいるが、みな開拓者らしくたくましい体をした者ばかり。ゴブリンくらいなら、俺達でなくても追い返すくらいわけないだろう。


「ダニール、柵の方はどうだ?」


 妹と一緒に今日も柵作りに励んでいると、町長のルーベンさんから声をかけられた。ルーベンさんはなんと元Aランクの冒険者らしい。見た目はいかにも冒険者という感じで、あまり町長らしくない……いや、開拓する町の長としてはらしいと言えるのかもしれない。


「順調ですよ。今日にもひととおり、町の外周は囲ってしまえると思います」


「そうか。それはよかった。悪いんだが、それが終わったら、次は……」


「堀ですよね?分かってますよ」


 ルーベンさんが満足げに笑う。もう慣れてしまったが、最初のうちはこの笑顔がちょっと怖かった。捕食者が獲物を見つけたような顔に見えてしまって……ちなみに妹の方は今でも苦手らしく、ルーベンさんがやってくると少し離れて作業に没頭することにしたようだ。


「でも、こんな柵でいいんですかね?ないよりはいいですけど、オークあたりが来たら、ぶっこわされちまいますよ?いや、これ以上のものを要求されても作れはしないんですが……」


「あぁいいんだ。お願いしておいてなんだが、本格的な防壁を作る前の暫定的なものだからな。領都からそのうち職人がくるはずだ」


 そうか。まぁそうだよな。ダンジョン化した森のすぐ近くにある町だ。防衛はきちんとしてなければダメだろう。


 ダニールさんはすぐにまたどこかに行ってしまった。かなり忙しくしているようだ。


「なんであんなにおっかない顔になるのかしらね?Aランクともなると顔つきも変わるのかしら?」


 随分と失礼なことをポリーナが言う。


「いや、顔はあんなんだが、いい人だぞ」


「それは知ってるわよ。それにこの開拓の進み具合を見てもとっても優秀な人だってことも分かるわ。でも、私、あの顔をみると、デッドリースネークに睨まれてたような気分になるのよね……」


 ポリーナがそう言いながら、小柄な体を縮こめて、ポニーテールをふりふりとさせて、怖がってみせる。

 まぁ分からんでもないが……。


「さぁ、今日のうちに柵は作っちまうぞ。まだまだやることはあるんだ」


 俺達はまた作業にとりかかる。

 この作業が一夜にして無に帰してしまうことも知らずに。


 ◇◇◇◇◇◇


 その夜、俺はいつものように、テントの中でポリーナと二人寝ていた。

 ふと、何か胸騒ぎがして、俺はむくりと起き上がった。


「なによ?見張りの交代の時間にはまだ早いんじゃない?」


 ポリーナが目をこすりながら、半身を起こして、俺に声をかけてくる。

 起こしてしまったか。

 いや、ポリーナも俺と同じく何かを感じ取ったのかもしれない。


「ちょっと外の様子を見てくる」


「えっ……待って。私も行くわ」


 俺は愛用の剣をとり、テントを出る。

 まだ、真夜中だが、町の四方は灯りの魔道具で照らされていた。特に森の側は100メルト先まで見えるように、灯りが左右に行ったり来たりしている。灯台のようだ。

 俺は森の側の見張り場所まで歩いていく。ポリーナも弓矢を持ち、小走りで追いかけてくる。


「どうした?まだ交代の時間には早いが?」


「見張りお疲れ様。ちょっと胸騒ぎがしてな。異常はないか?」


 見張りの冒険者と話をする。

 この開拓団はその半数が冒険者だ。夜間はこうして冒険者が見張りを行っている。


「特になにもないが……ん?」


「今、なんか聞こえなかったか?」


 確かに何か物音が聞こえた。

 だが、町の外側じゃなく、内側から聞こえたような……。


「ねぇちょっと、あれ、おかしくない!?」


 ポリーナが町の南側を指差す。そこには揺らめく灯りがあった。


「おい、あれ、魔道具の灯りじゃねぇぞ!」


 見張りの冒険者が焦った声をあげる。

 だが、異変は続く。

 その声が合図だったかのように、次々と町の外周に灯りが灯る。


「敵襲!!」


 俺は叫んだ。

 他の見張り場所でも声が挙がるのが聞こえてくる。


「行くぞ!」


「「おう!(はい!)」」


 見張りの男もポリーナも即座に俺についてくる。

 こういった事態にも戸惑うことなく対応できるのは場馴れしている証拠だ。それについては心強く感じる。


 灯りに見えたのは柵に火がつけられていたのだ。

 近くの燃え盛る柵の方へ行くと、緑色をした子供2人が町の中心部へ走っていくのが見えた。


「ゴブリンよ!」


「追うぞ!」


「おい、火事はどうする!?」


「柵はもう手遅れだ。延焼するようなもんもない。ほっとけ!」


 俺達3人はゴブリンが走っていった方を追う。


「ちょっと待って、なによこれ……」


「うそだろ、おい……」


 町の中心部、テントが張ってある方に戻ると、そこには驚くような光景が広がっていた。


 緑の濁流だ。


 視界いっぱいにゴブリンがいる。

 なにか違う世界にでも迷い込んだかのようだ。

 あるゴブリンはテントの中を物色している。

 あるゴブリンは松明を持って、テントに火をつけている。

 あるゴブリンはとにかく騒いでいる。

 どのゴブリンにも共通していたのは、とても楽しそうにしているってことだ。


 もうめちゃくちゃだ。

 戦っている冒険者もいるが、とにかく数が違う。ここにいる冒険者はある程度の経歴を持つものばかりだ。普段なら1人で3匹くらいは相手にできる程度の実力はある。

 だが、この場にいるゴブリンはそんな数ではないのだ。

 100匹はいるんじゃないだろうか。


「なんで……どっから現れたんだ……」


 見張りの冒険者が呆然としている。

 そうだ。町の四方には見張りがいた。それに森の方には投光器まであったのだ。頭の悪いゴブリン達がどうして見張りに見つからずに、それもこれほどの数が町に侵入できたのだ……


「ちょっと、二人ともぼうっとしてないで!非戦闘員の救助よ!」


 俺と見張りの冒険者はハッとする。

 そうだ。開拓団の半数程度は冒険者でもなんでもない非戦闘員なのだ。我々が動かなければ!


「ポリーナ、トムソンさんのところへ行くぞ!」


「俺はドノバンさんのところへ行く」


 見張りの冒険者と別れ、俺達は農家として開拓団に加わっているトムソンさんのところへ向かう。トムソンさんは奥さんと娘さんの3人でここへ来ている。


「あっちへ行け!娘がまだ中にいるんだ!」


 トムソンさんの仮設の家の方へ向かうと、トムソンさんと奥さんが家の外で家から出てきたゴブリンを相手にしていた。


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