宿命
第39話 【オルガ】チャンスを掴め
私はオルガ。セレンの町で主人と一緒に宿屋を経営している。
ここ最近はお客が増えてきて、とても忙しい。部屋が足りなくなるほどだ。
こんなことはこの宿屋を建てたときから一度もなかったね。
原因は北の森……今では深緑の森って言うんだったかね?とにかく、その森がダンジョンになっちまったことだ。
いつぞや、泊まってった冒険者がダンジョン化したらいいなんて言ってたけど、ホントにダンジョンになっちまうとはねぇ。
ダンジョンになったってことは、魔族がいるってことだ。そんなのが町の近くにいるなんて恐ろしいったら、ありゃしない。でも、そのおかげで、この町にも人の入りが増えて、うちの宿屋も繁盛してるんだけどねぇ。
聞けば、ダンジョンって言っても、森の奥深くなようだし、魔族もそこから出てくるような事はないんじゃないかって、泊まっていった冒険者も言っていた。
ぜひそうであって欲しいものだ……
だが、この調子もそう長くは続かないだろう。
先日、領都の方から開拓者の一団がやってきた。やっぱり、という感じだが、森の近くに新しく町を作るらしい。まだまだ町なんて形になってないから、狩ってきた獲物をさばくにも、探索するのに必要な道具を買うにもこの町に来る必要がある。だから、冒険者はこっちに泊まることが多いし、開拓者もときどきこっちに来て羽を伸ばしたりしている。
だけど、町が形になれば、きっとこの町に寄ることもなく、冒険者なんて、みんなそっちに行っちまうだろう。
……宿をたたむことも考えなきゃならんかねぇ。
うちの人は、「そんときゃそんときだ」なんて言って、全然まともに考えてくれないし。
そんときだって、そんときどうにもなくなっちまったらどうするつもりだろうね。まったく……
そんなことを考えながら、忙しい日々を送っている、ある日のことだった。
「失礼。ご主人はおられますかな?」
一人の男が昼過ぎの、ちょうど少し休みがとれる時間帯にやってきた。
「いま、主人は食材の調達に出てしまってますが……ご宿泊でしょうか?あいにく本日はもう部屋がいっぱいでして……」
「いえいえ、そうではありません。私、ヴェールの町の町長をしております、ルーベンと申します。まぁ、町長といっても、肝心の町がまだありませんから、今は開拓者のリーダーといったところですかね」
ガッハッハと笑いながら、そう言って自己紹介した男は、筋骨隆々とした大柄な金髪の男だ。歳はうちの主人と同じくらいだろうか。見た目は冒険者……というより、山賊とでも言われた方がしっくりくる。丁寧な言葉遣いとのギャップがすごい。
「はぁ……そんな方がどのようなご用件でしょう?お話なら私がお伺いしますが」
そう言って、私は宿の食堂の方に招き入れる。今の時間はだいたいみな外に出ていて、宿にいる人はほとんどいない。
「ありがとうございます」
そう言って、彼は私が出した紅茶をゆっくりと口にふくむ。
「いや、久々においしいものをいただきました。領都を出てから、これまで水と保存食ばかりの生活でしたからな」
荷物は町の開拓に必須のものばかりを持ってきて、嗜好品などなかったのだろう。
他の開拓者はこちらの町に来ているが、リーダーともなるとなかなか離れることもできなかったのかもしれない。
「いや、失礼。それで、ヴェールの町の開拓にあたって、こちらの宿にお力添えをいただけないかと思って、お邪魔させていただいた次第です」
「はぁ」
今は忙しくて他に何かをするなんてあんまり考えられないんだがねぇ。でも、そのヴェールの町ができあがった後のことを考えると、何かあった方がいいかもしれない。
「どうです?よろしければ、ヴェールの町に宿の2号店を出しませんか?」
「はい?」
こんなちっぽけな宿が2号店だって?
「本当なら、ヴェールの町の方に移住しませんか、と言いたいのですが、この町の町長に釘をさされておりましてな。それで、このようなご相談になっておるわけです」
「いえ、でも、この宿は私と主人の二人でやってるもので、とても2号店なんて手が回りませんよ」
「でも、しばらくすると娘さんが帰ってくるのでしょう?」
なんでそんな事を知っているのかと、私は驚いた。確かに、領都の学校に行っていた娘がもうじき卒業して町に帰ってくる予定だ。
新しい町の町長を任されているくらいだ。ある程度の情報は手に入れられてしまうのだろう。……そんなことを調べていたということは、もともと私らをアテにしていたのだろうか?
「ご主人か女将さんのどちらかと娘さんがいれば、こちらの宿屋はどうにかなるのではないですか?今はお忙しいでしょうが、ヴェールの町が整ってくれば、それも落ち着くでしょう。従業員はヴェールの町の方で手配致しますので、お一人、こちらに来て、宿を開いていただけないでしょうか?」
その後もルーベンさんは丁寧にヴェールの町のことを教えてくれる。
なんでも、開拓者として来た人のなかには冒険者もいて、彼らは家を持って定住するのだが、やはり冒険者は家を持たない者が多いらしい。これからダンジョンの存在が広く知れ渡れば、宿屋は必須になるだろう、と。
ダンジョンには魔族がいるし、森の近くは危ないんじゃないかと聞いてみれば、万全の防衛体制を敷くので大丈夫だという。今はまだないが、近々、領都から専門家も来て、防壁も建設するそうで、この町にいるより安全ですよ、とまで言う。
セレンの町から移住する人もいるそうだ。魔道具屋のドノバンさんも移住を決めたそうな。その件ではこの町の町長にひどく嫌味を言われたらしい。ルーベンさんはそれほど強く誘ったわけではない、などと弁解していたが。
「お話は分かりました。私の一存で決められる話でもありませんので、主人と相談してからでもいいですか?」
「もちろんです。まだこちらの準備も整ってないですからね。防壁などができてからで結構ですから、ごゆっくりご検討ください。ですが、ぜひ前向き」
そう言うと、ガシッと私の手を掴み、にっこりと……獰猛な笑みを浮かべ、ルーベンさんは去っていった。
◇◇◇◇◇◇
その日の夜、私は主人にルーベンから聞いた話をして、半日考え抜いた結論を突きつける。
「アンタ、私はヴェールの町に行くよ!」
「おいおい、その新しい町の町長にはゆっくり考えろって言われたんだろ。娘が帰ってきてから、みんなで相談すりゃいいじゃないか。それにおまえ、魔族がいるから怖いって言ってたじゃないか」
そりゃ、魔族は怖い。でも、生活が成り立たなくなるのも怖い。魔族はどうだか知らないが、この宿屋の衰退はほぼ確実にやってくるのだ。
「でも、このままじゃ、うちの宿屋は潰れちまうよ。もし、この話を逃してみな。きっと別のやつがヴェールの町で宿屋を開くよ。ルーベンさんはゆっくりでいいなんて言ってたけど、私は他のやつらにこの機会をかっさられちまうんじゃないかって、気が気でないよ」
別にルーベンさんは私らじゃなくたって構わないはずだ。すごく丁寧に話をしてくれたけど、彼は別に私らの事を慮って、こんな話を持ってきたわけじゃない。必要がなくなれば、私らの事なんてどうでもよくなるだろう。
「そうは言ってもなぁ……」
「なんだいグチグチと!だったら、どうしたらいいか、アンタが考えなよ!」
そう言い放ち、私はこの話を切り上げた。
そして、その1ヶ月後、私はヴェールの町に移住した。
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