第29話 不和

 翌日、ゴブリンはまたも襲われたようだ。


 しかも、初日から全部同じ場所で襲われているらしい。


「これは狙われてるな」


「そうね。ウルフ系は賢いのも多いし、ゴブリンがあそこを通るって覚えたんでしょうね」


「こうなると、ちょっと話は変わってくるな」


 狙われてると分かってるのに、放置するわけにもいかないだろう。

 俺はゴブタロウを呼び寄せる。


「ゴブタロウ、ゴブリン達が襲われてる件だが……」


「(カイン、待って。もうちょっとだけ待って!)」


 ゴブタロウが必死になっている。


「ん?なんか勘違いしてるんじゃないか?襲われてる場所は毎回同じなんだろ?きっとウルフ系の野良魔獣に狙われてるんだ。このままにしておくわけにもいかないから、俺が行って話をつけてやるよ」


 そして、できることなら、そのままその魔獣を仲間に引き込んでしまいたい。

 ゴブリンを一方的に屠っているのだ。おそらくはCランク以上のウルフだろう。

 Eランクの魔獣ばっかのダンジョンを卒業するチャンスだ!


 だが……


「(大丈夫。俺達でどうにかする。待ってて)」


「いや、どうにかするって……『助けて』って言ってたじゃないか」


「(大丈夫)」


 そう言って、ゴブタロウは他のゴブリン達のところに行ってしまった。

 いや、大丈夫って…


「大丈夫じゃないわよ。推定Cランクのウルフ系魔獣にゴブリンが敵うわけないじゃない」


 俺もそう思う。

 だが、なんだろう。ゴブタロウの様子がおかしい気がする。


 以前はむちゃくちゃだったが、最近はある程度論理的な会話が成り立っていた。

 それが、今回は昔に戻ったように会話が成り立ってない。


「やっぱりもうちょっとゴブタロウと話をしよう」


 俺はゴブタロウともう一度ゴブタロウと話をするため、ゴブリンルームへと向かう。


 すると、ゴブリンルームの方から、なにやら騒ぎ声が聞こえる。


「どうしたのかしら?」


 見ると、何匹かのゴブリンがゴブタロウに向かって怒鳴っている。

 それをゴブタロウがなんとか宥めようとしているように見える。


 だが、ゴブリン達の怒りは収まらず、むしろヒートアップしていく。

 ついには、ゴブタロウは走って外に出ていってしまった。


「状況が読めないな。仕方ない」


 俺は怒鳴っていたゴブリンのうち、昨日現場視察に同行していたゴブリンに触れ、ダンジョンの配下として登録する。


「どうしたんだ?ゴブタロウと何をもめていた?」


「(!?)」


「どうした?言葉は通じているだろう?」


 突然、俺の言葉が通じたことにゴブリンは戸惑っていたが、すぐに猛烈な勢いで話始める。


「(なんでたすけてくれない!?あのオオカミ、またくる!)」


「いや、俺は助けてやるって言ったんだけどな。ゴブタロウからは自分達でなんとかするって聞いたぞ」


「(あいつら、つよい。しつこい。かてない。またにげないといけなくなる)」


 まぁそうだよな。ゴブリンの知能が低いといっても、見れば戦力差くらいは感じられるだろう。


 ……ん?


「なぁ、おまえはどんな魔獣が襲ってきてるのか知ってるのか?」


「(しろいうるふ。おれたちがいたしゅうらくおそってきた)」


「「!?」」


「(おれたちのなかま、たくさんころされた。にげたけど、あいつらおってきた。ここにくればたすけてくれるっていうからきたのに)」


「じゃ、もともとこのゴブリン達は魔獣に追われていて、ここに逃げ込んできたってこと?」


 なるほどな。なんとなく分かってきた。


「なぁ、そのこと、ゴブタロウに話したか?」


「(こないだ、おそわれたばしょみにいったときはなした)」


 やっぱりか。

 ゴブタロウは仲間を連れ込むと同時に、自分がこのダンジョンに脅威を持ち込んでしまったことに気づき、まずいと思ったのだろう。

 それで、俺達に助けを求めずに自分達でなんとかしたかったのだろう。


「でも、たぶんせいぜいがCランクの魔獣よね?アタシ達からしたら、脅威でもなんでもないんだけどなぁ」


「ゴブタロウからすると、俺達が勝てる勝てない、ではなく、迷惑をかけることになること自体まずいと思ったんじゃないかな?」


 あの様子だと、バレたら追い出されるくらいに思ってそうだ。


 俺は、そのゴブリンに野良魔獣はこっちでなんとかするし、なんとかなるまで巡回はやらなくていいと言い、それを他のゴブリンにも伝えるよう言った。


「さて、これでゴブリン達はいいが、ゴブタロウは……」


「ねぇ、あの様子だと、もしかしてゴブタロウ、自分だけでなんとかしようと思ってたんじゃない?」


 ……ありうる。


「ちょっとマズイな。行くとしたら、あの池の方か?」


 俺とティナはゴブリン達が襲撃にあっていた池の方へと急ぐ。

 近づくと、争う音が聞こえる。


「ゴブーーー」


 いや、争う音というのは正確ではなかったようだ。

 木の棒を持ったゴブタロウが5匹の野良魔獣に一方的にやられている。

 爪で切り裂かれ、牙で噛みつかれ、ゴブタロウは体中傷だらけになっている。

 五体満足なのが不思議なくらいだ。


「ゴブタロウ!」


 俺がゴブタロウに声をかけると、野良魔獣達はこちらを一瞥し、その後ゴブタロウには見向きもせずに去っていってしまった。


「あれはスノーウルフね。やっぱりCランクの魔獣だわ」


「おい、ゴブタロウ、大丈夫か!?」


「(カイン、ごめん……俺、敵呼び寄せた……)」


「その話はあとだ。まずは帰って傷の手当をしよう」


 ゴブタロウはそれだけ言うと気を失ってしまった。

 俺はゴブタロウを抱きかかえ、ティナとともにダンジョンへと戻る。


「カイン兄って、回復系の魔法は使えないんだっけ?」


「使えない。だが、回復の手段がないわけでもない」


 俺はダンジョンコアから魔力を引き出し、ゴブタロウに与えてやる。


 魔族は魔力でできている。我々にとって、魔力はいわば生命の源だ。

 魔力さえあれば、ケガもすぐ治る、というわけではないが、治りは早くなる。


「これで多少はよくなるだろう」


 ゴブタロウはダンジョンコアのそばにそのまま寝かせ、俺達はそっと洞穴の外へ出る。


「あのスノーウルフ達、私達の事を見て逃げていったけど、これでもうゴブリン達は襲われなくなるかしら?」


「いや、そんなことはないだろうな」


 ティナもそうよね、とばかりに頷く。


「ウルフ系は賢い。特にさっき見たスノーウルフは俺達と自分達の戦力差を見てとって、目の前の獲物をすぐ放棄できるぐらいの知能はある。それに、ゴブリンはあいつらの事を『しつこい』と言っていた。おそらく、ゴブリン達がいなくなった後も探し回ってたんじゃないか?それでせっかく見つけたんだ。俺達の目の届かないところでこれからもゴブリンを襲うだろうな」


「いっそ、このダンジョンにまで襲ってきてくれれば話は早いんだけどね~」


「それはないだろうな。俺とティナのことは警戒してくるだろう。あの池の周りを狩場にしていたみたいだが、それも変えてくる可能性が高いだろうな」


「う~ん……別にゴブリン達が襲われてもダンジョンとしては別に困らないんだけどね」


 弱肉強食のこの世界。それが当然ともいえる。


「ただ、もうちょっと見放せないわよね……気持ち的に」


 あれだけゴブタロウの事を邪険にしていたティナも、さっきの傷だらけのゴブタロウの姿には思うところがあったらしい。


「さて、どうしたものか……」

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