第28話 不穏な影
「(カイン、カイン、大変!)」
その日、ゴブタロウが叫びながら俺のところへ走り込んできた。
「(仲間、やられた。敵、来た!)」
「なにっ!」
どうやら、巡回中のゴブリンがやられたらしい。
ゴブリン達が増えてから、やってくる人間達を監視するために何匹かは森の中を巡回させていた。そのうちの1部隊が帰ってこないらしい。
だが……
「相手は人間なのか?野良魔獣でなくて?」
そこが重要だ。人間がダンジョンを目指して来たのであれば、それは由々しき自体だ。だが、この森には野良魔獣も多くいる。そして、相手はゴブリン。正直、ゴブリンを倒せる魔獣などいくらでもいるだろう。
「(分からない。でも、仲間、ものすごく怖がってる)」
う~ん……気持ちは分からなくはないが……
「ゴブタロウ、厳しいようだが、ダンジョンを、ひいては自分たちの身を守るためには、巡回は必要だし、場合によっては戦闘も発生する。戦闘になれば、やられることもあるだろう。もし、やられたくないのであれば、敵に見つからないように巡回をするか、見つかったとしても逃げるか、返り討ちにできるようにしなきゃダメだ。怖がっていても何にもならないぞ」
ゴブタロウは少し落ち込んだような様子をみせる。
だが、ここでひいてはダメだ。敵に怯えて、洞穴の中で安穏と暮らすようではダンジョンのためにならない。無茶をさせるつもりはないが、巡回くらいはやってもらわなければ困る。
このダンジョンにやってきてから、初めて仲間がやられたこともあり、動揺していたようだが、ゴブタロウも理解はしているのだろう。
静かに「(わかった……)」とだけ言って戻っていった。
「カイン兄、どうしたの?」
そこへ巡回を終えたティナがやってきた。
ゴブリンはダンジョン周辺、ティナにはその外側を巡回してもらっている。ゴブリン達が内側なのは、戦闘力がないことを配慮し、すぐにダンジョンへ逃げ帰れるようにしたためだ。俺もゴブリンの事を無碍に扱っているわけではない。
「どうやら、ゴブリンの何匹かがやられたらしい。相手は不明なようだが」
「う~ん……でも、人間ではないんじゃない?」
そう人間ではないと思うのだ。
この森にも人間の冒険者はやってくる。
何でも森の南には小さな町があるらしく、そこにはこの森で狩りをする冒険者が何パーティかいるらしい。
ティナも巡回中に何度か見かけている。
だが、それはすべて森の南側の入り口付近なのだ。
やつらはあまり奥の方まで入ってこない。なんでも、奥の方では高ランクの魔獣が出る確率が上がるため、入り口付近で狩りをするのが常識なんだとか。
だから、そういったやつらはゴブリンの巡回経路にひっかかることはまずない。
もし、あるとすれば、本格的にダンジョン攻略に人間どもが乗り出してきたケースだが……。
「ルークの話を聞く限りだと、すぐに攻略という感じでもなかったからな。町を作るとか言ってたし」
もちろん、やつの話を鵜呑みにするわけにもいかないが。
「ふつーに野良魔獣にやられたんじゃないの?カイン兄発案の訓練をしてるっていっても、ゴブリンじゃ、オークにだって負けると思うよ?」
「まぁそうだよな」
俺もそう思う。
ゴブタロウには悪いが、ゴブリン達には警戒してもらうとしても、もう少し頑張ってもらおう。
その次の日。
朝、目覚めると、ゴブタロウがやってきた。
「(カイン、またやられた!)」
どうやら、また巡回中のゴブリン達がやられたらしい。
しかも、昨日やられた場所と同じく、ダンジョンから南寄りのエリアを巡回していた部隊がやられたようだ。
「またやられたの?」
ティナもやってきた。
いや、今真剣な話をしてるとこだから。おまえがくるとゴブタロウの意識がそっちにいっちゃうだろうが。
「(カイン……お願い、助けて)」
!?
これには少し驚いた。
ティナがそばにいるといつもふざけた感じになるゴブタロウが、ティナには目も向けずに、真剣に、そして悲しげに頼んでくるのだ。
「……仕方ない。とりあえず現場を見てみよう」
少し絆された俺は、ティナを引き連れて、ゴブタロウと、異変に気づいたというゴブリン1匹をつれ、4人で現場へ向かう。
ゴブリンに案内されて、現場へ向かうと、血の匂いがしてくる。
どうやら、ここは以前スライムを捕まえた池から少しだけ離れた場所のようだ。
現場を見回すと、血がそこかしこに付着しているほか、ゴブリンの体の一部が少しだけ残っている。
「……」
「カイン兄、これ、やっぱり……」
「そうだな。人間の仕業じゃないだろう」
「人間だったら、こんな噛みちぎられたようなやられ方はたぶんしないわ。だいたい、人間は魔石が欲しいだけで、美味しくもないゴブリンの肉なんて欲しがらない。ゴブリンの死体の大半が残ってないのは変よ」
まぁ死体については、人間にやられた後で、他の野良魔獣に食われた、という可能性もなくはないが。でも、ティナの言う通り、野良魔獣に襲われて噛みちぎられた、と考えるのが自然だろう。
「あっ見て!これ、野良魔獣の足跡じゃない?」
ティナが血で汚れた地面の一部を指差す。
「たぶん、ウルフ系の魔獣の仕業ね」
ゴブタロウが俺達の言葉をついてきた、ゴブリンに訳す。
するとそのゴブリンはビクっとした怯えたような表情をした後、なにやらゴブゴブとゴブタロウに話始めた。
それを聞いたゴブタロウの顔はみるみる青ざめていく。
「ゴブタロウ、どうした?そのゴブリンはなんと言ってるんだ?」
「……」
「ねぇゴブタロウってば!どうしたの?」
ティナの声を聞いて、やっと声をかけられていることに気づいたように、ハッと顔をこちらに上げるゴブタロウ。
「そのゴブリンはなんと言ってるんだ?」
俺はもう一度尋ねる。
「(……守ってくれるんじゃないのかって)」
ん?
「いや、おまえ、明確な敵がいて、それに対抗するような場合なら分かるが、普段は無理だぞ。俺がお前ら全員についているわけにもいかないんだから」
「(わかってる。言って聞かせる……)」
そう言って、ゴブタロウはなにやら、ゴブリンと話をする。
だが、そのゴブリンは興奮して喚き散らし、ついには一人で行ってしまった。
「う~ん……ゴブリンってそこまで知能高くないし、なかなか分かってもらえないのかしねぇ」
「だが、いくらなんでも野良魔獣からあの数のゴブリンを守るのは無理だ。そもそもダンジョンでゴブリンを抱えているのは、ゴブリンを守るためじゃない。ギブアンドテイクで共生していけないなら、ゴブリンを住まわせる意味がない」
俺の言葉を横で聞いていたゴブタロウはビクッとなって恐る恐るこちらを見る。
「(カイン、ちょっと待って。説得するから)」
怯えた……というより困惑した様子でこちらの様子を伺うゴブタロウ。
「あぁ分かってる。俺もすぐにおまえらを放逐するつもりなんてない。だが頼むぞ、ゴブタロウ。俺はおまえらといい関係を保っておきたいんだ」
「(任せて……)」
言葉だけはいつもと同じようなものだが、いつにもなく元気のない様子のゴブタロウだった。
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