第8話 【ルーク】冒険者の日常

(ゴーーン ゴーーン ゴーーン)


 朝を告げる鐘が響き渡る。


 いつもなら、鐘が鳴るより早く起きるのだが、昨日は久しぶりに会ったこの町の神父と夜遅くまで話し込んでしまったせいか、寝坊だ。


 俺は、ベッドから起き上がり、身支度をする。


 洗面台で顔を洗おうと蛇口をひねる。


(じゃーーーー……)


「ん?」


 水が止まってしまった。


 脇をみると、輝きを失い真っ黒になった石がある。


「チッ。もう使い切っちまったのか」


 俺はカバンから予備の魔石を取り出し、真っ黒になった石と交換する。

 再び流れ始めた冷たい水で顔を洗い、身支度を済ませ、1階へと向かう。


「この宿は安いのはいいが、魔石は自前ってのが面倒だな……」


 この宿では、生活に使う魔石は自分で用意してこなくてはならない。

 だが、自分で魔石を調達してくることのできる俺ら冒険者にとっては、魔石代を払うより安く済む。


「オヤジ!朝食よろしく!」


「あいよー」


 厨房の奥から威勢のいい声が聞こえる。

 俺は置いてある新聞をとって、空いてる席に腰掛ける。


「おっ、またダンジョンが見つかったのか」


 ギアス帝国でダンジョンが見つかったらしい。


「俺も行ってみるかな~。てか、あの森、ダンジョン化しないかねぇ」


「そんな簡単にダンジョン化なんてしないでしょ。だいたい私らにとってはいい迷惑だよ!」


 朝食を持ってきた恰幅のいい宿のおばちゃんからツッコミを受ける。

 今日の朝食はトースト、サラダ、オークのベーコン、目玉焼きだ。


「おっ、今日の目玉焼きはでかいな。もしかしてヒクイドリの?」


「そうさ。昨日、泊まりに来た冒険者からおすそ分けをもらったのさ。誰かさんも見習ってほしいもんだね」


 上機嫌でおばちゃんが話す。

 こないだ俺もオーク肉分けてやったろうに……。


「でも、ダンジョンができれば、冒険者も増えるだろ?宿にとってはいいことなんじゃないのか?」


「そりゃ、最初はそうだろうけど、セレンの町から行くにはあの森はちょっと遠いだろ?きっと近くに新しく街ができちまうよ。そしたら、何の取り柄もないセレンなんかみんな素通りさ」


 確かにな。

 魔獣のでる森はこの町から1日以上かかる。

 ダンジョンがあると分かれば、領主は喜んで、新しい街をつくるだろう。


「しかも、ダンジョンができるってことは魔族がいるってことだろ?おっかないったらありゃしない」


「でも、魔族っていっても、攻めてくるとも限らないらしいじゃないか。」


「そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれないだろ。とにかくダンジョンなんてゴメンだね」


「俺はダンジョン化してくれた方が嬉しいけどねぇ。でもま、そんな幸運そうそう起きないか」


「そんな不運そうそう起きないよ」


 手をひらひらとさせて、おばちゃんが厨房の方へ戻っていく。


 そこまで毛嫌いしなくてもいいのにな。

 ダンジョンができれば、魔石の値段だって下がるだろうし。

 こないだ『コンロに使う魔石が高くついてしょうがない』って文句言ってたし……。


「ごちそうさま~」


 朝食を食べ終えた俺は部屋に戻って、準備をする。


「一応、ギルドにも寄っておくかな」


 宿を出て、町の中心部にある冒険者ギルドへと向かう。


 冒険者ギルドは、冒険者の取りまとめを行う機関だ。基本的にどんな町にもあり、主に魔獣関係の仕事の仲介を行っている。

「一角ウサギの肉が欲しい」とか「ゴブリンの魔石を10個欲しい」などといった依頼を冒険者ギルドが取りまとめ、それを冒険者が受けるわけだ。基本的には各町で仕事は完結するが、ギルドは国を超えた広域のネットワークを持っているため、腐ったりしない魔石などであれば、他の地域でしか得られないような物でも取り寄せてくれるらしい。そういう意味ではギルドは魔獣に関する商社で、俺ら冒険者はその労働者だ。


 セレンの町にも冒険者ギルドはあるが、そもそもこの町の規模からして、さほど大きくはない。

 入ってみると、1つのパーティが併設の酒場でだべっているだけで、他に人はいないようだ。


 10代後半くらいの、ほんわかとした雰囲気の受付嬢に話しかける。


「おはよう、リリィちゃん。なんかいい依頼出てるかな?」


「おはようございます~、ルークさん。いつもと変わりないですよ~。」


 そう言って、リリィちゃんが2枚の依頼書をピラピラさせる。

 1枚はオーク肉の調達、もう1枚が魔石の調達の依頼だ。要は食料と燃料。


「どっちも制限ないので、受けていかなくても、現物持ってきてくれればオッケ~ですよ。」


 まぁそうだろう。いくらでも需要はあるだろうし、冒険者も多くないから、モノが溢れることはないはずだ。


「特に森の異変とかも聞いてない?」


「ないですよ~。そういえば、帝国の方でダンジョンができたらしいですね~。当分新しいダンジョンはできないんじゃないですかぁ?」


 どうやら、ダンジョン化を期待しているのを見抜かれたらしい。ちょっと恥ずかしい。


「いやいや、そうじゃないよ。魔獣が増えてたりしないかな~ってね」


「あぁそっちですか?そんな話も聞いてないですよ~」


 ごまかせたかどうかは知らないが、とにかく森はいつもと変わらないらしい。


「んじゃ、また何日か出掛けてくるわ。」


「は~い。あ、そうだ。酒場にいるダットンさんのパーティも森に行くみたいだから、相乗りしたらいいんじゃないですかねぇ?あんまりお行儀の良い方々でもないですし、ランクに差があるので、一緒に探索するのはオススメしないですけど~」


「おっ、そりゃいいな。声かけてみるわ~」


 安上がりバンザイ。

 森に行くのに馬車は使えない。馬が魔獣に襲われてしまうからだ。森の中に入っていくのに馬を連れて行くなんてできないし、外に置いておいたら、帰ってくるまでにまず確実に魔獣の餌になってしまう。

 だから、森に行くには歩いていくか、魔導車が使われる。そして魔導車はかなり高い!動かすのに大量の魔石を食うのだ。

 こっちは1人だし、相乗りできるならそれに越したことはない。


 酒場の方でリリィちゃんが言っていたパーティらしき4人組を見つけ、声をかけに行く。


「こんにちは。今日、森に行くって聞いたんだが、相乗りさせてもらえないかな?」


 4人がギョッとした表情でこっちに振り向く。

 別にこっそり近づいたわけでもないんだが、こっちに気づいてなかったらしい。

 だが、そんなに驚くことないだろうに。


「おぉぉう!?なんだてめーは!」


「いや、森に行くなら相乗りさせてもらえないかなって。こっちは1人だし、その分、ちゃんと魔石も払うよ?」


 ちゃんと聞こえてなかったのか、それとも無賃乗車を疑われたのか知らないが、もう一度、今度は丁寧に説明する。


「ダメだダメだ!うちはパーティでしか行動しねーんだよ!」


 リーダーらしき男にさっさとあっちへ行けとばかりにシッシッとやられる。


 相乗りくらいでそこまで邪険にしなくてもいいのにな。

 こんな小さな町で活動してる冒険者だから、よそ者の扱いに慣れてないのかねぇ?


 仕方ない、のんびり歩いていくとしよう。


 俺はギルドを出て、町の北門に向かう。北門といっても、門番がいるわけでもない。森への道に続いているだけだ。


「なんか楽しい事起きないかねぇ」


 なんの変哲もない平凡な日常。何か刺激的なことがひょっこり出てこないかと、ちょっとだけ期待しながら、今日も森へ冒険おしごとに向かう。

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