第5話 【ティナ】うちのマスター

 アタシはティナ。深緑のダンジョンのマスターとなったカイン兄の幼馴染で、このダンジョンの唯一の配下。


 深緑のダンジョンはできたばかりだから、人間からすると格好の獲物。大急ぎで戦力を増強しなければならない。

 それなのに、カイン兄は……


《迷宮核強化》


 なんと、ダンジョンコアに残ってる魔力をちょっとだけ残してほとんど全部、ダンジョンコアの強化に使っちゃったの!

 ダンジョンコアはその魔力を使うことで、ランクアップに向けて成長させることができるから、長期的にみれば、強化はとっても大事なこと。


 でも、今じゃない!


 なんで今やるの!!


 ダンジョンコアを創ったときにある魔力は初期の防衛のために大事に使わなきゃならないもの。強化は防衛準備が落ち着いて、魔力に余裕がでてきてからやるもののはず。

 コアを強化してもなんかが強くなるわけでもないし、人間にやられちゃったら、コアの強化なんてなんの意味もないもの!


 だいたい、今の深緑のダンジョンの戦力は……

 ダンジョン:小さな洞穴に落とし穴が1個

 配下:アタシ


 これだけ。

 戦力なんて呼べるものはない!

 だいたいダンジョンがただの洞穴って!

 ダンジョン名乗るの100年早いんじゃないかな!?


 せめて、迷路みたくして時間稼ぐとか、罠だらけにして撃退するとか、戦える魔族がいないなりになんかあるでしょ!

 カイン兄はいつのまにか、おバカになっちゃったのかしら!?


 人型魔族で黒い短髪が似合うイケメンなのに、おつむが残念とか……


 外の世界にあこがれて、ついてきちゃったけど、失敗だったかなぁ。

 このままじゃ、さくっと人間にやられて、ダンジョンコア盗られちゃう……。


 これは……アタシがなんとかするしかない!


 アタシは森を駆け巡る。

 カイン兄に言いつけられたとおり、今はダンジョンコア周辺のマッピングをしている。


「あ、またいた」


 この森にはかなり魔獣が多い。今も野良のニードルビーがいた。


 ホントは、ダンジョンを創ったら、こういう野良の魔獣は排除して、言うことを聞く配下の魔獣だけにしておかないと、人間からの防衛には不便。

 野良の魔獣は人間だけに襲いかかるわけじゃないから、アタシたちにとっても危険。まぁAランクのアタシの敵じゃないけど。


 でもカイン兄が、


「野良の魔獣は倒さなくていいから。放っておいて」


 だって。


 今は配下の魔獣なんていないから、野良の魔獣と戦闘になることもないし、言うこと聞かないなりに人間相手の防衛に使おうってことなのかもしれない。


 地図と一緒に魔獣の種類と数もエリア別に数えておく。これもカイン兄の指示。


 確かに、自分のダンジョンエリアのことを知ることは大事だけど、もっと大事なことがあるはずなんだけどな~。せめて、アタシのレベル上げとか。


 ……とゆーか、アタシのレベル上げくらいしかやれることなくない?


 だってダンジョンコアの魔力ないんだから!


 ……だったら、野良魔獣狩って、少しでもアタシのレベル上げた方がよくないかな?


 そんな事を考えていたら、また魔獣を見つけた。


 ミノタウロスが1匹。


 当然、《無音の探索者》のスキルを持つアタシが気づかれるようなことはない。


「……ここは狩っとこうか」


 カイン兄は野良魔獣には手を出すなって言ってたけど、唯一の配下のアタシがレベルアップして戦えるようになっておくことはいいこと。


 ……それにミノタウロスなら、お肉も期待できる。この森、食べられる木の実とかいっぱいあるけど、お肉も欲しいよね?


 よし、ミノタウロス狩って、今夜のご飯にしよう!


 アタシはそう結論付けて、ナイフを構える。


 ミノタウロスはアタシの3倍はあろうかという大型の魔獣だけど、ランクはC。アタシより2つも下。レベルがいくつか知らないけど、奇襲すればアタシでも十分狩れる。


 ゆっくりと歩くミノタウロスの背後から、スキルを発動して、こっそりと近づく。


 あともう少し。


 ミノタウロスがこちらに気づく様子はない。


 あとちょっと近づいて……


 そう思ったとき、後ろの茂みからガサガサっと音がする。


 ヤバイ!そう思って、一気にミノタウロスとの距離を詰め、首を狙いにいく。


 でも、ミノタウロスも茂みの音に振り向きかけていて、ナイフを刺す前にこちら気づく。


 いける!!


 ミノタウロスが腕でナイフを守ろうとするけど、アタシの方が早かった。


 少しだけ狙いが外れたけど、正面からナイフを首に突き立てた。


 さきほど音がした方に目を向けると、鳥が茂みから飛び立った後だった。


「ブォォォーーー!!オオォォ……」


 ミノタウロスが最後の気力を振り絞り、刺さったナイフを抜いたようだ。

 だけど、ナイフは奥深くまで刺さっていたから、抜いた瞬間に血が溢れ出す。

 そのままミノタウロスはズシンという大きな音とともに倒れた。


「やった!」


 この時、アタシは格下相手とはいえ、ここに来て初めての戦闘が首尾よく終わったことに気分を良くしていて、自分が犯した大きなミスに気づいていなかった。


「レベルも上がったみたい!」


 体に力が湧いてくる。少しだけど、明らかに自分が強くなったことを感じた。


「やっぱり、野良魔獣狩ってった方がいいんじゃない?ご飯も確保できたし♪」


 そして、狩ったミノタウロスを見下ろして気づいた。


「あ、これどうしよ……」


 とても抱えられない大きさの獲物に、どうしていいか分からず頭を抱えた……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る