第6話 2003年12月25日 希望静夜教会内

 午後14時00分。まず鶴屋託詩さんと花苑里歌さんが、希望静夜教会で2003画帖山クリスマスコンサートがあるからと足早に抜けていった。咄嗟にお二人出るのですかと叫んでしまったが、笑顔のまま過ぎ去っていった。そう言えば朝比奈さんハルヒ長門のユニットWonder Flowerがいつ出るか聞きそびれている、これを見るためにも来たのであって、チーフの鶴屋さんに聞いては空読みのままに。


「ああ2003画帖山クリスマスコンサートは、15分進行で開会セレモニーとWonder Flowerは3番手にょろから、14時45分に頃よ、ボランティアは自由時間2時間設けられてるから、14時30分で区切って行ってきて大丈夫にょろ」


 思いを巡らそうにも、明石沿岸クラムチャウダーブースは昼を過ぎても大賑わいで、俺は配膳と盛り付けにただ汗を流し時間が流れようかのその時、古泉がブースに来ては俺に希望静夜教会内に一緒に行こうかで、持ち場を離れるタイミングを得た。

 希望静夜教会に行く道すがらで、繁忙ですっかりになったがSOS団員準団員はどうなってるのかになって、半ば総務役の古泉が淡々と語った。


「キョン君は何かあるといけないので、通称双肩と呼ばれる花房昌道さんと鶴屋託詩さんの強者に預けられました。後のサポートは追々のですが、何かありましたか。あった、大人朝比奈さんが来た、この総本山に来ますかね、まあそこは後で聞きましょう。私古泉は物腰の柔らかさから画帖山御殿の寄進の大蔵に配置されました、大番頭萬屋孝則さんの指導の元に膨大な進物を未だ整理中です。ハルヒさんは役職付けると面倒らしいので遊撃隊です、さぞやご活躍の事でしょう。長門さんは序盤の下拵えから飛ばしていますので、即戦力のまま調理班に固定らしいです。朝比奈さんは何でしょうね、そこはかとなく気を付けろと聞くので、女中頭畠山順希の元でスパルタらしいです、朝比奈さんはちょっと遅めですから止む得ませんね。そうじゃないだろうは大勢の前ではそう言う事にしましょう。鶴屋さんは鶴屋商会筋も一致協力していますのでブースのチーフ拝命です。ここは語らせてくれは、長そうなので後にしましょう。国木田さんは女子力が高いので女子グループと意気投合融和し饗応係で評判が上々です、忙しい鶴屋ユニットに行きたいの希望も既にキョン君がいるので却下されています。最後は谷口さんですか、ハルヒさんと同じ東中出身故の地元基盤に即してクリスマス集会の全般を知っているようなので重用されていますよ、形振りでは分からない事も有りますね。総じてSOS団張り切ってますねの、ご当主が嬉しそうに綻んでいますので、クリスマス集会後半ですが今年も成功の和やかな雰囲気でただ推移中です」


 まああれもこれもあるが、高校生人足としては活躍してると言うことか。気掛かりはあの畠山さんのスパルタで朝比奈さんがボロを出さないかなのだが、まあ五号さんの有り難い忠告を一同胸に刻んでるなら、尻尾を掴みたいがご所望だろう。

 そんな感じのまま。俺達は希望静夜教会入り口で記帳しては見開きのプログラムリストを丁重に貰っては、機材撤収再セッティング中で暫し休憩中の聖堂に、案内係の女性が中程で席を詰めましょうと会場整備して促されては音場がベストそうな席を得た。SOS準団員も漏れ無くいる。鶴屋さんはチーフだからと言って責任感も強く欠席も後日記録映像で模様は見るらしい。国木田は女子グループと連れ立っては後方席の中心にいた、もてもてで良いこった。前方席には谷口、俺に気付いては一瞥してこれ以上見るなの視線なのは、明らかな彼女らしきがいるからだ。その彼女は長門に通づる傍目おきゃんさを持っており、何故か俺を暫く凝視された。谷口よ、俺を餌に話を盛り上げるのは良くないぞ。

 そして、俺には一切この2003画帖山クリスマスコンサートの予備知識が無い。無いが思いが募るアーティーストもいて談義に入る。


「古泉よ、ENOZは出ないのか。所縁あるんじゃないのか」

「今日はアコースティック主体とお見受けしますので、低音部が盤石なENOZはお声が掛からないと思いますよ。それにENOZの彼女達は祝日の12月23日の西宮クリスマスアフェアで応援しましたよ。北高祭以上いや北高祭があったから更に盛り上がりましたね。そうですよ、キョン君知りませんか。ロックにジャズにクラシックの三会場を横断出来る神戸市主催フェスですよ。3,500円でスタンプカード持っていれば往来は自由のお得感です」

「そう言えばか、西宮クリスマスアフェアは知っているけど何か毎年そんな感じじゃ無いしな。それでも俺を誘えばは、あの帰還日の一昨日でそれはどうしても無いか」

「年間通じて私達SOS団べったりも如何ですよ。私もクラスメイトの誘いもあるのでここも大切にしたいです」

「もっともだな、まあ俺達も非日常に境目にいる境遇なら、尚更日常を楽しむべきなんだがな、それで良いさ」


 俺は思いも深くプログラムリストに目を通す。アコースティック仕様でもセッティング有りきで15分進行はあっという間じゃ無いかと思いは巡る。


 ・ 14:00 開会宣言 司会:本宮アツノ&天宮ルナ


 ・ 14:15 本宮アツノ -One Cello Christmas-

 サクラさんのお母様の名前だけどチェロを弾けるのか。


 ・ 14:30 The Mood Waltz Dance -JAZZ. JAZZ. JAZZ.-

 神戸の地元ジャズバンドで地元放送局で何度かは見た。

 ボーカルさんの細川舞凛さんは、普段はガレットパティシエで細川ガラシャさんが先祖とかの件もあったり。


 ・14:45 Wonder Flower -Special Medley-

 我らの朝比奈さんハルヒ長門のアルティメットユニット。いざとなって披露して良いものかどうかは、いやライブだから、頑張ってくれだ。


 ・15:00大繁盛 - Acoustic Guitar Duo-

 知らないユニットだな。


 ・ 15:15 迫水菜穂 - Piano Fever-

 神戸出身のピアニスト且つプロデューサー且つ俺の先生。まさかこの枠で会えようなんて。

 古泉にはこの枠までは見ようとは釘を刺しておいた。


 ・ 15:30 Reiji Talisman Unit -World wide Song-

 レイジさんは地元神戸のミクスチャーロックバンドThe Pleasant Tractorのフロントで鶴全運送の配送員。鶴全運送の夏のアルバイトでわいわいしたけどそれはもう気さくで。ただ何故今もインディーズになると笑顔で躱される。


 ・ 15:45 Transparent Butterflies - Acoustic Guitar Trio-

 こちらも知らないユニットだな。いや鶴屋商会の鶴縁貿易に顔出した時に、重役の大河原春花さんがTransparent Butterfliesと言うユニット組んでるとお茶飲み話を聞いたからそれかな。


 ・ 16:00 田端名和姫 -Soprano Saxophone party-

 田端名和姫さんは、地元放送局のガーリーガール特集で案内してくれるWhite Swanのマヌカンさん。確かに密着ドキュメントではサックス吹いては上手かった。


 ・ 16:15 古柴景品 -Delicious Violin Song-

 古柴景品さんは馴染みの西宮の中古レコード店温故堂の店主だけど、ヴァイオリン弾けるのか。


 ・ 16:30 宇喜多美喜 -Star of Bethlehem Ⅶ-

 宇喜多美喜さんはビルボードチャートにも乗る国内外越えたシンガーでもあって。何故には弾正さんの実家が宇喜多家だからその繋がりなのかと。


 ・16:45 閉会宣言 司会:本宮アツノ&天宮ルナ


 改めて濃過ぎる。確かにやや半分知ってるが何れも本格派だ。何故にこの画帖山に集ってしまうのか、ただ謎が深まる。俺達は入り口で入場料払い忘れたのかと思い悩むが、古泉がプログラムリストの最終ページの一枠を指す。【各アーティストの活動支援を通じて、神戸の復興の輪をただ強くしましょう。】。つまりは年度の画帖山クリスマスコンサートは入り口作りなのかと。いや待て、いつかの宇喜多美喜さんのロングインタビュー記事を読んだけど、下積みは確かに長く岡山と神戸のファンに支えられたの件があって。何故に神戸なのかはお隣さんだからと思っていたが、まさかこの画帖山も絡んでいるのかと察するしかない。


 そして、マイクセッティングの幾つかが修正し終えると、朝比奈さんハルヒ長門のWonder Flowerが袖より進み寄り、三者三様の純白のワンピースで着飾っては、それぞれの機材を手に持ち出音の確認し終えると。朝比奈さんが和やかなMCを始める。


「こんにちは皆さん、Wonder Flowerです。今日はクリスマスですね、画帖山は一日いても楽しみが尽きませんよね。それでは短いお時間ですが、メドレーをどうかご堪能ください」


 朝比奈さんが緊張したままタンバリンでカウントを放つも、フレーズで出てきたのはテンポの早まった難解なグルーブである。朝比奈さんは平常営業過ぎる、過ぎるどころかテンポが上がった分音符が一つや二つではなく三つ迄増えてる。これに長門もハルヒも最後迄乗り切れるのかと、いざ文芸部室で視聴したものの俺は手に汗を握らざる得ない。


 メドレーは俺のiPodにも落とし込んだ、あの【2001 No More War concert】のGenesis and The Policeの演目。

 ・Sting - Shape of My Heart

 ・Phil Collins - Against All Odds

 ・The Police - Every Breath You Take

 ・Genesis - Invisible Touch

 ・The Police - Message in a Bottle

 昨晩から今朝迄にiPodで確かに何度も聞き込んだ、だがグルーブが全く違い過ぎる。


 朝比奈さんがはち切れんばかりにリードタンバリンを叩く事で。フィーリングの申し子のハルヒはアコースティックギターを存分にかき鳴らし、ボーカルのタイミングも巧みに揺らしながら大ノリに参加する。ただ問題は長門だ、その朝比奈さんのグルーブの解が出ないのか序盤こそ音符の増えた箇所をガットギターがミュートする。止む得ないか、この地球上のスパコンを凌駕する長門の頭脳であっても譜面への注釈を書ききれないグルーブにはついて行けまい。ただそれも長門は方針転換してかリードを取るフレーズに至った時に明らか過ぎる程にテンポを正確に誘導し、朝比奈さんが繰り出そうとする難解なグルーブの可範囲域を狭め、完遂演奏演算領域を我が物にした。長門、本当にお前は最高の頭脳のバンマスだよ。

 そして観客の折々の拍手も熱を帯びて行く中、メドレー5曲はNo.307氷切次元で行われたGenesis and The Policeの合同バンド演奏を凌ごうかの名演で見事を終える。

 観客の熱い声援が改めて送られる中、大ノリに選りに選って加担したハルヒがマイク越しに締めのMCに入る。


「皆さん、ご声援ありがとうございました。メンバー紹介します、中央リードタンバリン朝比奈みくると、向かって左ガットギター長門有希と、向かって右アコースティックギター私涼宮ハルヒ、以上に三人よるWonder Flowerがお届けしました。結成程ないユニットでしたが御満足して貰って嬉しいです。また来年お会いしましょう。メリークリスマス!」


 軽やかに手を振りながら袖に下がって行くWonder Flowerだが。おい、早くもメンバー固定しての来年もまた参加しての発表して良いのかよ、ハルヒよ。まあどうせやるんだろうよ、あのThe Beatles and U2のダブルアンコールメドレーを、どうせ朝比奈さんの難解なグルーブに縛られて煽りフレーズも出ないだろうから、今から精進する事だな。


 暫し幕間。俺と小泉は【2001 No More War concert】関連の単語をミュートしながらもやれやれの談義に入る。今日はこのクリスマスだから明日にはCDを回覧出来る旨のその時。マイクセッティング修正の進む聖壇前に4番手の大繁盛のユニットが現れる。まさかの恋人ユニット鶴屋託詩さんと花苑里歌さんがここなのか。まあそう言う雰囲気も必要かなも、俺の思惑は大きく逸脱する事になる。

 勝手知ったる観客から拍手で迎えられる中、託詩さんがアットホームなMCを始める。


「ええ、託詩です、早速の拍手ありがとうございます。今年もまた別名ユニットでの大繁盛での参加になりますけど、毎年参加を容認されるのも皆さんの応援があればこそです。今年の相棒は同じ財務省の職員の里歌になります。結成のきっかけは省内の夕涼みの会でのバンド演奏で最高のギターを弾くので強引に引き抜いての今日です。里歌も何か言ってみる」

「ほぼ初めまして、里歌です。託詩さんも私も基本ロック音量ですので、アコースティックユニット大繁盛のお披露目ともなると何か照れますね。ああ勿論激しい選曲していませんので、肩の力はお抜き下さって結構ですからね」

「それではMCの和気藹々から、クリスマスソングを続けて行きます」


 託詩さんと里歌さんのアイコンタクトから、裏拍の強いコードストロークの1曲目が流れ行く。


 ・佐野元春- CHRISTMAS TIME IN BLUE


 希望静夜教会の音場が明らかに変わったのは、託詩さんのドンシャリの強いグレッチのアコースティックギターと里歌さんの張りのあるギブソンのアコースティックギターの響きではない。まるでCHAR&石田長生を彷彿させるノリノリと、技術を凌駕したただ二人の阿吽の響きだ。ただ惚れ合ってるとかの下衆さではなく、どうしても惹かれざる得ない確かな二人から奏でる響きが呼応してだ。託詩さんの張りのあるボーカルに、里歌さんの柔らかいコーラスが重なり和やかな雰囲気のまま進む。

 2曲目は、攻守交互空ピックの響きを奏でてのスイートなR&B曲。


 ・大沢誉志幸 & Dance To Christmas All Stars - Dance To Christmas


 俺が辛うじて知ってるのは、夏のアルバイトでお世話になった鶴屋商会の大番頭渡海純蔵さんから貰った段ボール箱目一杯に入ったカセットテープの中のクリスマスコンピレーションアルバム【Dance To Christmas】のダビングテープの中の一曲だからだ。キョン君音楽好きならこれ引き取ってよ、もう時代はデジタルでしょう、もう聞かないなら新たな聞き手に行くべきだよで。メーカーメンテナンスされたソニーウォークマンWM-EX1も一緒に受け取ってしまった。俺の音楽ライフは加速度的に充実したものになった。曲はファンク要素を存分織り交ぜて本来の尺より畳んでしめやかに終わる、筈だった。

 託詩さんと里歌さんが面と向かってインプロビゼーションのリフの掛け合いがそれでも続き、とうとう奏でられるのはあの名曲のイントロのフレーズ。


 ・The Beatles - Birthday


 もうツインボーカルも存分に、リフを思う存分に掛け合いする様は…やっちまったよ託詩さん里歌さん。アコースティックでもロックだよ。イエス様の近親者全てががパーティーに来そうだよ。どうするんだよ。まあ誰も止めず突っ走ってしまうのが託詩さんのユニットなんだろうな。エンディングはブレイクやや多めに締められ、堪らず教会で聞ける筈も無いイエーが飛び交い、熱狂のままに終える。まあWonder Flowerがダークホースだろうなとは思っていたが、演奏は奥深い。もう人柄と連携が如実に現れれば何処迄も抜き去って行く。あ奴ハルヒが何処かで歯噛みしている顔が見えそうだ。

 また来年にお会いしましょう。と挨拶しては託詩さん里歌さんが袖に下がっていった。


 俺達が最後に見るべき演目の前の幕間。キョン君は何故迫水菜穂に拘るのですかとの話題になった。古泉は阿倍野からの転校生なのに畿内のNHK見たことないものかも、まあ古泉にそれを問うたところで虚実入り混じりの話が長くなるだけなので、俺は概略を始める。

 迫水先生は地元神戸からの神戸アレクサンドリア女子学校音楽科卒業のプロピアニスト。ソロピアノアルバムはコンスタントに発売され、各クラシックチャートにもきっちり現れる。迫水先生が普通のピアニストと違うのは大学卒業後にリサイタルを重ねるも、どうしても皆と同じく運命を辿る阪神淡路大震災被災者で、自宅兼練習場は半壊しグランドピアノも擱座してしまった。それでも迫水先生のバイタリティーは凄まじく、各避難所を巡っては慰問コンサートを休む暇なく開催し感動の渦が生まれる。そして慰問コンサートの風景の撮影に立ち会ったNHK神戸美須磨放送局からある無謀な企画を持ちかけられる。NHK神戸美須磨放送局制作:阪神淡路大震災震災復興ピアノ町シリーズの演奏家兼プロデューサーとしての永続就任。その阪神淡路大震災震災復興ピアノ町シリーズのドキュメンタリーは震災の翌年1996年より早くも放送スタートし、土地土地でのピアノコンサート迄の密着ドキュメントで涙と笑いと感動有りで、どういてもピアノコンサートは無事成功に終わり、毎年1月17日慰霊祭のその日に90分の番組としてゴールデン枠で放送されるのが慣わしになっている。畿内のローカル放送なので関東枠で週遅れの深夜枠で放送されているのが言葉では言い尽くせない何かもどかしさがある。日本国の中枢とはそんなものか。とは言え1996-2003年の通期で日本の放送文化に貢献したギャラクシー賞入賞を三度果たしている。その入賞作には俺も出ていた1998年の西宮第三小学校体育館篇も受賞した。

 俺が迫水菜穂さんを先生と呼ぶのは理由がある。ピアノ町シリーズのロケハン中に俺のクラスメートの女子等が、うちの小学校に連れてきてはそのまま全校生徒が合唱隊として、積極的に西宮第三小学校体育館でのピアノコンサートになったからである。無論小学生なので規律もへったくれも無く、「翼を下さい」を一曲歌うために膨大な練習量を要した。小学生当時の俺はやや無頼派なので、音楽で何が出来るかだったのだが、次第に迫水先生の丁寧過ぎる熱意に打たれ、俺はどうしても不真面目な奴を容赦無く断罪していった。その都度迫水先生優しい顔で諭されるのは、キョン君理由があっても手を出してはいけませんよ。今の俺の正義感に暴力が出ないのは、迫水先生の多大な影響だからである。もし迫水先生の教えがなかったらハルヒの後頭部は張っ倒されぱなしで正真正銘の阿呆になっていたのだから、段階的に感謝するんだぞ、ハルヒよ。

 これは愉快で古泉との話に花が咲き、聖壇前にNord Electroの電子ピアノとマイクがセッティングされると。袖より長身で180cmに届こうかの凛とした迫水菜穂先生が白のステージドレスに紅のショールで現れ一礼する。そのままセッティングされた椅子に座り、軽妙なトークが続く。


「皆さんこんにちは迫水菜穂です。画帖山のお呼ばれは阪神淡路大震災を挟んで11回目になりますね。このご縁も、鶴屋商会さんと画帖山さんのステージ衣装の惜しみない協力があればこそであります。毎年出演出来ないのは、ご存知の方も多いかと思いますがドキュメント阪神淡路大震災震災復興ピアノ町シリーズの撮影がつい押してしまうからでも有りまして、ピアノ町シリーズの収録もプロデュースとはで本当に嬉しい悲鳴しか有りません。ああ嬉しい悲鳴は心からですよ、本当に良い出会いがいくつも有りました。この希望静夜教会にお集まりの方々の中にも何人もの知己の方がいますのでお話を咲かせたいのですがは長くなりますね。ピアノ町シリーズのお話が出たので少々告知をさせて貰います、もう告知番組を見た方もいらっしゃると思いますがが、2003年度は淡路島が舞台で、阪神芸術大学助教授の天然パーマのヴァイオリニスト葉隠惣太郎さんも駆けつけ珍道中さながらの共演になります。放送日はあの日1月17日になりますので是非ご覧になって下さいね。さてお話が長くてはここでも押してしまいますので、早速演奏に入ります」

 迫水先生の物腰の柔らかさのまま演奏に入る。


 ・Debussy - Arabesque No. 1


 1曲目から名演曲である。迫水菜穂名義のソロアルバムは3作。

 1stアルバム【passion】は神戸アレクサンドリア女子学校卒業後の1993年5月に発表され、全国都道県ツアーで着実な評価を得て毎年のツアーの礎となる。

 2ndアルバム【play】阪神淡路大震災を挟んでのスタジオレコーディングで1997年12月に発表。東京阪神のスタジオの幾つかのレコーディンを経ても命題に沿った演奏が中々出来ずに、ピアノ町シリーズの収録で経た体験を生かし難産の末に「Debussy - Arabesque No. 1」は誰にも真似の出来ない演奏曲としてCDに収録された。その名演は極上の評判で発売前より全国ラジオ局でのヘヴィー・ローテーションに選ばれ席巻していった。

 今この演奏で聴けると「Debussy - Arabesque No. 1」のトレモロは、迫水先生の繊細なタッチでしか弾けないめまぐるしい世間の移り変わりでも記憶の底に程なく残る仕上がりになっている。その打鍵の先のハンマーを撫でる様なタッチは不思議とどのピアノも選ばない。これは震災後の数々の復興ピアノで演奏して体得したものですと、【play】発表時の月刊カドカワの特集記事で何度も読み返した。ベーゼンドルファーからコルグの電子ピアノ迄均一にその出音が出るのか、ピアノ町シリーズで演奏するそれは有りえるのかとどうしても信じられないものがある。しかし目の前で演奏しているは正しく正伝「Debussy - Arabesque No. 1」そのものだ。ただ心が救われる。そして緩やかに閉じられての2曲目。誰でも知ってるイントロが高らかに。


 ・Beethoven - Symphony No.5-1


 その高らかな和音から転じて、イントロが終わるや否や。迫水先生がNord Electroから手を離しテンポの早い8拍子の表のハンドクラップを自ら嬉々と打ち鳴らす。希望静夜教会内一同が堪らずハンドクラップを打ち鳴らすと、迫水先生がokサインを出すと素早く、8ビートロックの「Beethoven - Symphony No.5-1」豪快に展開して行く。これは正直心から楽しい。ただ定型の音楽評論家から押し並べて言われるのが、迫水菜穂のピアノは決してクラシックではないとの文言の幾つか。時代が変わればビートも移り変わる、音楽は心から楽しんでこその心の癒しであると、この光景を見ればわかる筈なのだが、大人は何に拘るのだろうか。迫水先生が劇的に打ち鳴らしエンディングのサステインを敢えて伸ばした状態から、3曲目の演奏が始まる前に迫水先生が8ビートのスウィングのハンドクラップを促し、徐々に合い始めたその時一番のスマイルでグッドサインを翳し、そのスウィングに乗っては早いピアノロールの幕が開ける。


 ・Christmas Carol - The First Noel swing Jazz


 今日はあのアポロシアターのカルテット編成でないもの確かなグルーブはここにある。

 3rdアルバム【inspiration】は2001年3月に世界発売され、ビルボードクラシックチャートに最高7位迄に食い込んだ。その勢いを借りて所属レコード会社は事もあろうか、ニューヨークのアポロシアターでの単独公演を決定した。当然無謀な声も上がったが、いざ上演すると満員御礼で、Sakomizu Quartettoは全スタンディングオベーションを得た。

 日本は元よりあのニューヨーク・タイムズも熱狂を伝えた。Sakomizu Quartettoはフロントのピアノ:迫水菜穂/ベース・キーボード:安座間アラン/ドラム:若山希望/ヴァイオリン:葉隠惣太郎は掛かるドキュメント阪神淡路大震災震災復興ピアノ町シリーズで運命に引き寄せられる様に出会い、このニューヨークに復興の明かりを確かに灯して行った。我々の深く知らない海の向こうの畿内でSakomizu Quartettoの若者達はより多くの方に支援の手を差し伸べ心を穏やかにして行くのは到底出来ない施しだ。我々はSakomizu Quartettoを見習い、心からの復興とは何かを改めて心にとどめ置かないといけないと。

 Sakomizu Quartettoはニューヨークの各メディアから横並びに賞賛の評価を得た。そうアポロシアターは何も無謀な挑戦ではなかったのだ。アメリカのケーブルテレビでは幾度もドキュメント阪神淡路大震災震災復興ピアノ町シリーズがリピートされ、実の所ただ微笑ましく迎えられていたのである。そうなると俺もドキュメンタリーに出たので、ニューヨークに行くとハイタッチされるかどうかは、心の準備が出来てないので渡航は先の先のもっと先の話だろ。

 もう演奏と言えば、迫水先生はソウルジャズピアニストかとばかりにオブリも多くテンションも多く交えては、存分に引き倒す。そして一度目二度目のエンドブレイク。観客も堪らず声援が大きくなると三度目の大ブレイクに入り、ピアノロールは果て終えると、俺は居ても立っても居られず立ち上がってはスタンディングオベーションをしてしまった。それは古泉もよくも付き合い、その周りの席から波紋状に輪が広がりスタンディングオベーションが止む事は無かった。


 そして迫水先生が椅子より腰を上げてはカーテンコールし。照れもせずに、まじまじまと俺と3秒4秒5秒と俺と直接視線が合っては唇の動きがこう言った筈“キョン君ありがとう”。迫水先生は今も俺を知っている。小学生からの他人顔でまだ面影あるかなと頬をピシャリ叩くと、迫水先生が綻び、長い一礼しては袖に下がって行った。

 クリスマスには出会いと言う奇跡がままある。それも御心を心に寄せればこそなのだが、この未だ阪神淡路大震災で乾ききった皆の心にも、多くの明かりが灯って欲しいと、丹念に十字を切って目をつむってみた。瞬きの祈りを終えふと周りに目を配ると、まるで俺から発しのか敬虔な信徒達が手を組み祈りの中にいた。古泉がくすりと微笑む。


「キョン君、何か変わりましたよね」


 苦笑まじりで堪らず口角が下がる。変わるも何もこのSOS団の面子が欠けるのは寂しいだけだ。その願いを古泉に聞かせようにも、俺がただの善人で区切られて触れ回ってはあ奴ハルヒが調子に乗るだけだから決して言いはしなさいさ。朋輩よ雰囲気は伝わるだろ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る