第5話 2003年12月25日 明石沿岸クラムチャウダーブース

 午後13時00分。希望静夜教会の鐘がまたも大いに鳴り響く。賄い休憩の帰り掛けに聖堂内をちらり覗いたが、高山司祭による厳粛なミサが敬虔深く執り行われていた。この醸し出す雰囲気があってこその今日のクリスマス集会なのだが、初参加の俺はこの繁忙で何処か地に足が着いておらずも、恐らく夜までに何とかクリスマスを実感出来る筈と思う。

 持ち場に戻って来たところで広場は次の段階に入っていた。主品の画帖山特性昭和焼き飯と三種の香味野菜の味覇スープ野菜は残り僅かで、ご当主了承の元次の主品白玉ぜんざいに移行支度中であった。

 俺は新たな持ち場として、好評な明石沿岸クラムチャウダーに配置された。そう朝から気になってはいたのだが、いるのである。そのままのNo.105公光次元の弩級五号さんと弩級月花さんが。最もNo.21新珠次元の今並行次元の人物ではあろうが、どうしてもつい見てしまう。あのプロセスバンドは腕には無く、まあ現並行次元の人物であればそれはそうだろうと。察した鶴屋さんが兄者とその同士だよと紹介されるも。


「初めましてキョン君。その兄者の鶴屋託詩だよ、見た目チャラいけど一応財務省職員、よろしくな。紗矢香から面白おかしく聞いてるけど意外と凛々しいんだな、ひょっとして緊張してる系かな。こっちはもろ鶴屋班だけど気張らず行こうよ」

「なるほど如何にもキョン君してますね。私は花苑里歌です。同じく財務省の職員ですけど、託詩さんにギターのセンスを引き抜かれての、なんと無くの関係です。何卒よしなに」

「里歌さ、なんと無くって何だよ、来年には婚約の儀だろ、俺に落ち度ある系」

「託詩さんも。自ら富豪とは聞いてましたけど、ここ迄とんとんだと、何か疑心暗鬼になってしまいますよ、本当に私達は婚約するんですかね」

「ああ、いや待って、それとなく喧嘩は無しでお願いします。託詩さんも里歌さんもかなりお似合いですよ。この縁は全宇宙全次元を超えて必然だと思います」


 何故か鶴屋ブースから大爆笑を貰った。いや狙いに行った訳では無いのだが、先日の次元解放は涼宮家と鶴屋家の緊密具合でも生半に共有は憚る事もあるという事か。

 託詩さんが必死に腹筋を抑えながら、前説を続ける。


「ほら、画帖山はこのクリスマスは毎度の盛り上がりだから、鶴屋筋も黙っては見てられないで、鶴屋商会グループのエース級が毎年手伝いに来てるしそんな感じ。希望静夜教会の支度並びに炊き出し並びにスープ系レシピ提出と、改めてかなりがっつり噛んでるよな。と言うか俺だよ、各名店のスープ系のレシピ解析する為に霞が関にいるようなものさ。富豪ってのべつくまなく働かせるよな」

「兄者は、本当に家に戻って来ないから、そこで十分貢献すべきにょろ」


 ここのタイミングしかないなで。所謂五号さんが言い残していった言葉、鶴屋さんとの距離を推し量ってみる。


「お義兄さんも大変なんですね、もし東京に行く事があったら美味しいお店紹介して下さいよ。いやそのメニューが広場で食べれましたから満足ではあるかな、はは」


 一気にこの場の空気が張り詰めた。しまった。最後にごめんなさいつい紗矢香さんが兄者と言うから、その雰囲気そのままで言ってしまいましたと言うべきだった。


「お義兄さんか、いや良い響きだよ、いいじゃない絢文さ。何か実に良いよ、実家に滅多に帰ってこないから、こう肩身が狭くて、貴重な味方見つけて、今日凄いラッキーだよ、よっしゃー」

「託詩さん、長男なのにどれだけ押されてるのですか、全く、」

「そう言うなって、長男言うなって。どうせ鶴屋は観察眼のある紗矢香が取り仕切るだから随意にどうぞだ。まあそこだよな、まさしくそこだよな、よくも切り出してくれたものだよ。ありがとう絢文、やっぱり紗矢香は見る目がある、ようこそ鶴屋にだ」強引に両手を掴まれては抱き寄せられた。

「絢文さん、私はお義姉さんで良いですからね」

「きゃあー何か、非常に照れますわ」


 これはまさかのまずい展開だ。このNo.21新珠次元でも、俺と鶴屋さんは結ばれる縁なのか、いやもう十分踏み込んでる。ここから覆そうにも、全並行次元の原理原則を明日の朝迄掛かっても正直に話すしかない。いやどうしても無理だ、あの高説大好きな古泉でさえも結局は懐疑的なのだから、どう考えても俺がSF大好き愉快人に結論づけられる。それはそれで興味が惹かれるだろ鶴屋家は。全く鶴屋紗矢香さんは、普段から俺をどんな好印象で語ってるんだよ、まずそこにいる鶴屋紗矢香像で抜かったのか、実に深い鶴屋紗矢香。いやこの瞬間も俺を離そうとしない託詩さんは普段からどんな肩身が狭いのだよ、ここで同情に転じたら猛禽類の檻行きだ。どうする。


「いやですわ、絢文さんたら、お兄様とここ迄打ち溶け合えるなんて」


 紗矢香さん何故敢えて照れに走る。分かっててこれなんでしょう。ここで過ぎった、実は朝比奈さんが、実は長門が、実はハルヒがと述べようものなら、俺は確かに知ってるこの弩級コンピの抜群のチームワークが畳み掛ける筈だ。今次元来訪の時点で既にアウトだったのか、それはそもそもハルヒの誘拐がは、いや弩級コンビの誠意で送り届けてくれたのだから不義理は出来ない。いや待て、思いが最高逆走でプレイバックした。端を発したのは夏休みのiPod目当てのアルバイトを鶴屋さんに話した時点で運命は回っていたのか。鶴屋商会グループでのアルバイトの一貫性の無さは俺の要注意観察なのか。一日三回の巡視におやつの差し入れ等々は、早くも婿入り候補探しの一環だったのか。この状況を覆す為に俺は敢えて将来の俺の奥さんに助けての視線を送った。


「そうにょろ。年越しの冬の山荘合宿はハルにゃん達に文芸部室で詰めたけど、確かキョン君いなかったよね。また聞いて無い筈だよね。そうこれしおりね」事務ポシェットから丁重に折り畳まれたしおりを差し出しながら「ちょっと、兄者そろそろ離れなさいよ、キョン君、読めないでしょう」


 俺はやっと熱いハグから解放された。いや、紗矢香さん俺の思惑が通じるものなのか、ひょっとして超能力者なのか。いや違う。素直に縁と敢えて言えない俺がいる。だがそれもしおりを見て一気に吹き飛んだ。


「紗矢香さん、この冬の山荘合宿の参加費2,000円って何ですか、これは5%の消費税ですよね、本体価格はって、しっかりポッキリって書いてる。これはどんなタイアップが待ち受けてるのですか、是非断る理由も教えてくれませんか」 

「ふふんそこは鶴屋所有の別荘にょろ。また往復の旅費もツアーレビューを書く条件付きで、鶴立旅行の販促費からそこはかとなく引き出せたにょろ。キョン君お小遣い足りないと言えど、2,000円なら前借りの説得は出来るでしょう」 


 SOS団に最高に強烈な事務方が入ったらこうなるのか。どうせツアーレビュー長門が書くんだろ。果たしてそれが楽しいかどうに言及すると、俺が長門の接待係にならざる得ないって事になり、俺が心から楽しんで漸く長門に届くかどうかなのである。やるよ俺は大いにスキーを満喫しては白銀の虜になるさ。


「成る程、合コン合宿楽しそうですけど、絢文さんと紗矢香さんお二人のイベントはこの先あるのですか」


 俺は今、最強猛禽類のいる檻にいる。そう来るか里歌さん。あなたが踏み込むのですか。この笑みを湛えた静かな沈黙は何処に噛み付けば獲物を美味しくたいらげるの宴に他ならない。

 狙いすました託詩さんが、淡々と述べる。


「イベントって言ったら、あそこだろルイのところ、風雅彩色美術館。良いじゃん、何かとカップル優待チケット送りつけるから、荷物置き場から取ってこようか」

「ああ、そのカップル優待チケット私持ってます、取り敢えず1セットで良いですね。デートの感想を是非聞いてから、他のチケットも分捕って来ますから、あら不思議なお楽しみが増えてしまいましたね」これでもかと里歌さんがカップル優待チケットを翳す。

「もう今から照れますわ、毎年1月3日ならルイ館長さんいませんからその日にしましょうね。きゃっつ絢文さんとのデートが決まってしまいました。もう恥ずかしい、広場にゴミが落ちてないか見回って来ますね」恥じらいながら少女が走り抜けてゆく。

「そう、毎年1月3日は馴染みの同窓会か。今年婚約の儀では正月は実家に戻らないといけないし、丁度良いな。ルイとサクラは同窓会でへばり付かすから大切なイベントに一切問題無し。ほら絢文さ、何となく知ってるだろうけど、ルイのあいつって一々面倒くさいよな。大丈夫、そこはお義兄さんが防いでおくから、紗矢香に踏み込んじゃいないよ」


 牙で噛み砕かれた。あまりの痛さで雄叫びも出来ずに、俺は今日の収穫になったさ。誰かを好きになる手順ってこれで良いのか、何事にも動機は必要じゃないのか。いやミレニアムよりの恋愛小説って、そこを軽くスキップしての後半の捲りであって。実に有りなのか。そもそも俺の良さって何と口を滑らそうものなら、目も当てられない説得工作が上乗せられてはの…先々の事はここ迄にしておこう。俺は挑むよ、風雅彩色美術館と言う恋人の聖地にさ。しっかり見届けて来るさ。

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