第4話 2003年12月25日 希望静夜教会前広場

 また画帖山大町に来てしまったのか。自転車で来ようかと思ったが、夕方から降雪注意報が出ていたので、画帖山一帯は麓でもややなだらかな丘陵地帯が広がってて、うっかり滑り転げ様ものなら貴重な冬休みが台無しになる。まあそれで冬休みの宿題が出来ませんでしたの言い訳にもなるだろうがそんな代償は願い下げだ。

 堪らず吐く息が白いのは現在午前7時21分。iPodから流れる音楽は【2001 No More War concert】からのLFO and TM Network - Self Controlで気分は上々。そしてハルヒの相変わらずスケジュールすっ飛ばしから、長門から午前9時集合はきちんと聞いていた。まああいつの事だから1時間前に着いたところで、捲し立てられるだろうから、かなり繰り上げては来てみた。一昨日に車で上がるとああ登ってるなの感覚しか無かったが、いざ徒歩でこの急勾配の階段を上るとなると結構なものだ。これをハルヒは毎日往復している基礎体力となると、あのクリーンヒットとダッシュ力からオリックス・ブルーウェーブに5位指名来てもおかしく無いだろう。そうただでは結婚しそうに無いから、その間でも良いからオリックス・ブルーウェーブのスカウトさんどうかお誘いお願いします。

 幅広の石階段を、いつの間にか左の木製手すりを借りて一合目の踊り場に到着した。そこから伸びる一合目沿道を希望静夜教会への案内板を尻目に進む。もう佇まいは大正建築教の純教会もアイボリーの漆喰外壁で丁寧に改築され、その温もりの深さがどうしても伝わって来る。ただそれも近くづく程に俺は打ちのめされる事になる。


「キョン、遅い、あなたボランティア甘くみてるでしょう、」


 現在午前7時48分。午前9時集合でも軽く1時間前に俺は現地に来た。ハルヒは頂上の画帖山御殿から降りてくるだけだろと、ただ単に言えない状況がここにある。7つものテント骨組みと只ならぬ什器群が既に設営され、多くの方が忙しげに働いている。いや、炊き出しするにしても昼頃なのにこの臨戦体制は何なのか、流石は摂津有力豪族多田一族の統率力なのか。と、一応定型文で返してみた。


「ハルヒよ、9時集合と聞いてるぞ、今から炊き出しして早く無いか、これが多田一族の仕掛かりの速さなのか」

「一般枠は9時集合。ただ私にゆかりがあるなら、いち早く来てお手伝いして察するに余りあるのが敬虔な信徒の嗜みでは無いかしら。現にSOS団員準団員は7時に到着してるわ。そもそもね、希望静夜教会のクリスマス集会の累計来場者は3,000人、来客は一日通して繁忙帯は一回も二回あるけど、ほぼ炊き出しに向かってくれるから、もう人手は多ければ多い方が良いの。それをまあ良いわ、今日は慎ましいクリスマスだから、お小言もここまでにしましょう。良い、手が空いたらすぐ何かお手伝い出来る事が有りませんと聞くの、ここ絶対なんだからね」


 もはやボランティアと言うより即応部隊の勢いじゃ無いか。この勢いはもう波乱を超えて既に何かが始まってる。ここは言うのが憚るがこの頭数なら逃げても分かるまい。後ずさりした瞬間に何かの壁にどんとぶつかった。振り返った先には、皆と同じ軽装に涼宮家の家紋の入った割烹着に三角巾の女中頭の畠山順希さんだった。


「あらキョン君、残念ね、もう仲間に加わった以上、逃れることは出来ないから。麓の武家屋敷群も商人街も、それはもう目ざといから連れ戻されちゃうわよ。右足に足錠を繋がれたまま仕事するなんて本意じゃ無いでしょう。もっともご当主様が深く悲しまれるわね。キョン君は客人の中でも今尤も一目置かれてるから期待に応えて欲しいわね。いやむしろ応えて、そうでもしないとご当主の悋気が飛ぶから、ここを宥めるのが一苦労なのよ、さあ男手は弾正様のところに行って貰おうかしら」



 午前8時00分。俺は畠山さんに手を引かれるまま、涼宮班の白い背文字を染められた漆黒の法被姿の気難しい宮大工衆に、一昨日の昇殿で既に知られてるので紹介そこそこに引き渡された。そこから瞬く間に拵え同じの互助の黄色い背文字に漆黒の法被を着せられては何かスイッチが入った音がした。いやこういう集まりは苦手では無いが職人さん満載は如何も一切の御構い無しに叱咤激励が飛び交っては、昨日土台が組まれた設備の組み上げと点検、各テント骨組みには祝い幕が貼られて行く。希望静夜教会の広場は既に炊き出しの設備と共に、あの阪神淡路大震災の即席集会所を凌ぐ途轍もない充実ぶりを示している。一体何が起こるかの思いも巡らす中、弾正さんがいつもの朗らかさで近づいてくる。


「実に良いよね、現場は。そうキョン君、君の夢は聞いてなかったけど、四年制大学卒業したら進路はどうするの。何れの専門職で多田一族繋がりで滑り込ませるから何でも言ってよ」

「そこはですけど。勉強自体に魅力感じないし、それで大学進んでも時間と学費が無駄になりますから。そう、阪神淡路大震災を具に体験してますから、人間の生死に関わる職に就きたいので、高校卒業したら保険の外交員が合ってるかなと、今の第一志望はそれです」

「そうか、そうなんだね。若いのに立派だね。私も立場上ご当主に近いから一門の弔意に万全に立ち振る舞うけど、知れずに記憶の積み重ねになってるのがまだまだ至らないね。人を敬う仕事は確かに尊いけど、青春を何処までも謳歌するのもキョン君の年齢では非常に大切な事なんだよ。良いかい、キョン君は是非進学しなさい。ここで何よりなんだけど、まさか、そう来るとはね、いやそれも込みで実に良い。いやねキョン君、君はうちの家族と御殿一同に気に入られてるから、ここは良い関係をより築こうよ、そうハルヒと一緒の摂津敬虔大学にちょっと頑張って進学してみなさい。キョン君の身上書は逐一上がってくるがその熱さに論理を学べば一角の人材になるよ。何よりね、ハルヒがこのまま多田一族の進路通りに進むとしたら、家格最優先の神戸アレクサンドリア女子学校で日々お叱りを受けて何度も呼び出されるからね。いやね怒られるのは慣れてるけど、今後多田一族の入学お断りになろうものなら、孫に詰められちゃうからね。親の責任終えても祖父の責任は終わらないものだよ。キョン君、君ならこの兼ね合い分かるよね。あとは保険の外交員の就職の件は私だけにしておきなさい。話そうものなら、うち以外でエージェント契約する寄合いがきっといるから、ここはくれぐれもだよ」


 何かが押し切られてる。ですから俺はハルヒのお付きでは無いのに、その明らかに全無茶振りは怒りを越えて悪寒がひた走る。最も弾正さんの察してくれの切は、ハルヒと大学終えて会社勤めてしても付き合わにゃいかん。付き合えませんと、俺は表情で瞳と口を真一文字にするのだが言葉以上に伝わりますかね。

 不意に希望静夜教会の広場にハンドベル二つ程の音が響く。


「まあちょっと込み入っちゃったね、これは必ずいつか続きを話そうね。この集合のハンドベルは、希望静夜教会内でスタッフ先立って、司祭様の無事祈念会のお祈りに入るから、一緒に行こうよ、さあ、」



 午前9時00分。希望静夜教会の聖堂内。以前にご当主から聞いた大正以来の建築は広く300名余りを収容出来ようかに現在は1/3程埋まり前に詰めて説話を聞いている。外装内装全体に華美さは無いもの、内部はその一品一品が当時のままで静謐さにただ浸れる。旧名不落城御殿がご当主のお籠りで、その危険度合いから不落城全体が不入の地になったら、それはうっかりも日本陸軍が施設徴用もままならないのが幸いしたのだろう。ご当主復帰で昭和最後から改修され再び入場できるなんて、俺は早く来るべきだったかもな。

 祭壇前の司祭の高山優一さんはまだ若く長身で声も清々しく通り、老若男女問わず通ってしまうかなの印象の中。俺達以外でも希望静夜教会の初ボランティアへも配慮して、この希望静夜教会のあらましを説いてくれた。


「希望静夜教会は関東大震災後より、キリシタン士族が多く統治するこの摂津での、この画帖山にもより敬虔な施設としてから1926年7月1日に完成し、多田一族一門のより心の拠り所になりました。しかしそれも太平洋戦争が勃発し、1942年10月1日即日施行畿内不敬取締りのお達しでカトリック教は一旦封じられ、希望静夜教会は圧政の下で一地域の集会所に止む無しの対応となったのは切ない限りです。

 そして1944年7月25日に頂上の御殿消失から、日本陸軍のただ危険極まるの独断で麓は残されたものの画帖山は完全閉鎖となります。ここが腑に落ちないのですが、日本陸軍の独断の筈なのに敗戦後の日本政府に至っても以前と不入の地になってしまいます。敗戦前の極秘資料が焼却処分されず継承されたのが本当阿保かと言いたい程です。これによって尾鰭が完全に付いてしまい、画帖山界隈は危険だ、日本陸軍の武器が未だ眠っている、謎の新型兵器の実験場だから近づくなくで、麓の武家屋敷群と商人街の一帯の商いが長らく停滞して行商に勤しむ事になるのですが、ここはさぞやご苦労された事でしょう。このまま時が流れるかに至った時、昭和後期に画帖山御殿が帰還そして復元改修へと歩み、その画帖山改修の先駆けとして1983年7月21日にこの希望静夜教会が近代改修開所の運びとなりました。

 信徒一同に光明が差し、画帖山一帯に徐々に活気が戻り始め、これも主のお導きかと日々を暮らし続ける中で、あの運命の日がやってきます。1995年1月17日阪神淡路大震災。やっと8年前のお話でまだ鮮明の方が大方かと思います。あの西宮が一変し皆さんの心も途方に暮れた事でしょう。ですがご当主涼宮可憐様が気丈にも言いました。この画帖山の明かりを消してはなりません、ここから発し遍く畿内を灯しなさいと。そこから皆さん形振り構わずでしたね。遅すぎる程の日本政府の復興の手が伸びる迄に、御殿の兵糧庫を全て開き、足りなければ昼夜を問わず回送したあの日々。私はそこで確信しました。主の数々のお言葉は確かに皆さんの心に宿り存分に発揮されました。人は食料で生きるのみあらず、その施しと感謝によって支え合って生きて行けると実感された筈です。これは画帖山に関わらず畿内全てに言えますので、いま少し思い出して見て下さい。私達は支え合ってる、今日、この瞬間、その先の未来もです。未だ復興道半ばですがこういう事も有りました。この正面に見えますステンドグラスも実は阪神淡路大震災で割れ落ち、絵姿そのまま再現し強度を上げ復刻されてはその陽光を浴びています。二度とは戻れない事もまま有りますが、その思いを持ち寄れば何らかの形になる事をここで証明させて貰います。そして今日のクリスマス集会の為に多くの方々集って下さいます。今日迄逞ましく生き抜いて来た何れもその一人一人が光で有り、この集いを機により多くの方の支えになれると私は信じてやみません。この機会を下さった多田一族、いいえご当主自らヴァチカンを訪れ私を丁重も半ば強引にこの希望静夜教会に引き取って貰った事に感謝せずいられません。いや皆さん、ここはクスではなく大爆笑で構いません。今帰って来ないと奨学金全てトイチで全額返上して貰います、もし無いなら親戚一同から一切合切残らず取り立てますですよ。こんな脅迫されたらハイしか言えませんよね。そう皆さん非常に良い笑顔です。通期としては、クリスマスイブは礼拝だけになります、今日このクリスマスこそが画帖山ここに有りきの大本番です、皆さんの奮迅の振る舞いを大いに期待させて貰います。今年も是非大成功させましょう。以上で無事祈念会事決起集会を終えさせ貰います」


 希望静夜教会内のそれは咆哮しかなかった、しかも男女残らずの雄叫び。正しく多田一門衆のそれだよ。画帖山のクリスマス集会はこの乗りで合ってるのか、周りに合ってるか聞こうにももうやる気満々で、俺も兎に角付き合いライブの様に右拳だけは掲げては見たが、何か火に油を注いでしまったようだ。ご当主が目ざとくも俺を見つけ、若い助っ人さんがここまで熱いのは長らく有りません皆さん今年は格別なクリスマス集会になりましょうで、自ら鬨の声を上げては教会内はますます勢いが上がってしまった。これで良いのか多田一族、良いから続いているんだろうな画帖山のクリスマス集会。



 午前9時30分。希望静夜教会内でのボランティアの無事祈念会事決起集会が終わるや否や、外の広場に戻っては賄い婦さんが手際良く何かを作り始めた。どうやら初炊き上げとかでご当主自ら試食会で承諾を貰う慣わしらしい。堪らず書生の花房さんに近寄っては、もし了承出なかったらどうするんですかと聞いた。


「そこは脇を固める御殿女中連でも万が一はあるよ。多くて三度作り直し。但し11時30分の3,000人分の炊き出しは遅らせられないからボランティア一同が丁寧に2倍スピード上げるだけなんだけどな」


 ちょっと待った、その仕込みの材料が全然見当たらない。あるのは野積みにされた原材料のそれかそのままなのか。あと2時間で一から3,000人分炊き上げるなんてどうかしてる。だから試食会次第でメニューが変わるのか、信じられない丁場に来てしまった。ご当主お願いですから了承して下さい。その願いが通じたのかご当主が食べ終わったナプキンをテーブルにパサとただ置いた。


「何れも十分な出来です。今日はお昼でも気温は上がらないですから、この塩梅と温度は維持して下さい」


 女中頭の畠山さんが雄叫ぶ

「本日の品書きです。主品:画帖山特性昭和焼き飯200g/三種の香味野菜の味覇スープ200gです。特製スープは飯盒空き次第も3種:明石沿岸クラムチャウダー200g/イタリアンパセリミネストローネ200g/メークインカレースープ200gです。熱々も煮崩れしない様に素材は決して小さく刻まないで下さい。味付けはご高齢の方も多いので、塩分は塩大振りではなく旨味で出して下さい。手分けをお願いします」

「了解」の一同の声が寒空に劈いて行く。


 そこからはこれが戦場なのかの勢いだ。俺は皆と猛然と並ぶ台所12箇所で延々材料を刻み、剥き刻むと次々に夏の出会ったバイト先の先輩から次々声を掛けられては何がどう出来上がるか皆目見当がつかない。その中でも一際歓声の上がった台所は長門であろうだ、きっと人間離れした離れ業をとても困難過ぎる到達目標の為にリミッターを外してるに違いない。それと同時に19台の大火力大型野外コンロにも火が入り下拵えが続く。何より目を引いたのは阪神淡路大震災の避難所でも見た陸上自衛隊の野外炊具如しの3基がもくもくと美味しい煙を出してるところだ。花房さん曰く頂上の画帖山御殿の御蔵にはあと野外炊具2基あるらしいから、もし万が一また被災があってもは考えるのは止めておこう。そうこうで品書きは見事に出来上がっては徐々に提供品が出来る様を見て行く。



 午前11時00分。教会の鐘が鳴ると同時に徐々に希望静夜教会に信徒が入って行く。画帖山のクリスマス集会の宣誓が高山司祭から述べられるそうだが、ボランティアでは一層の緊張が高まる。花房さん曰く。ここからが本当のピーク、まあ分かるよと。



 午前11時30分。ご当主自らのハンドベルが高らかに鳴ると、台所を瞬く間に畳んだ配膳所窓口24箇所が出来上がり開かれた。枠を取っているのは主品の画帖山特性昭和焼き飯と三種の香味野菜の味覇スープ野菜で、そこに整然と教会に立ち寄った信徒の列が出来上がる。花房さん曰くいつも感じなら車道沿道をぐるりと並んで麓まで辛うじて並ぶからしく、だから予めよそっては忽ち冷たくなるから受け取りと同時によそい、若人は上の画帖山二合目公園へ老人は麓の各家の臨時軒先で美味しく召し上がるらしい。その光景を想像してはただ感嘆しか無い。

 現在配膳係の俺は、その引っ切り無し紙折りとカップと箸の入った手提げ袋を渡して行くのだが、ありがとうまたしてもありがとうって、いや一日にここまで感謝される事あるのか。俺が笑顔になってるかどうかは分からないが花房さんの視線の微笑みで返されるから、そこそこ善人の顔にはなってるらしい。ただ配膳所最後尾でやたら威勢の良いあ奴ハルヒの声が轟くとビクとっするのは、いつもの事でも今日位上品にしろと言いに行きたいがただ堪えた。

 そして、列もややなだらかになって来たところで、タイトスカートと白い襟立てスーツの大人朝比奈さんが満面の笑みで現れた。


「頑張ってるわねキョン君。私もお祈りして来たから主品頂けるかしら、うふ。そんな感じじゃ無いわ、そうこちらも対策班出来て調査中なのよ。既にみくるから涼宮さんの接種網膜スキャンデータ転送して貰ったけど、誘拐犯はそこはかとなくねハンドメイド判定して現在推移中。推定誘拐犯ヴィッセルファンのお兄さん事合田一郎は接種網膜スキャンから全方位検索したわ。現代で戸籍はあるも勿論偽装戸籍、これは現代の日本政府天下り団体模範治安羅針盤が常に用意した131の戸籍の一つで有り大掛かりになりそうね。今は未来の心当たりのある5つの組織かは不明も、推定閉鎖空間の圧迫に耐え切れずメタルフレームだけを残しシャットダウンなんて地上配備型アンドロイドなのでしょうね、その転がったメタルフレームの襟元は慇懃のメーカーマークだから先時代は大凡察しがつくけど、乱入した首謀者が自ら吐くかしらね。 何れにせよ地上配備型のアンドロイドも日産マーチも敢え無く解体なんて凄い重圧よね。キョン君は無事な涼宮さんからぽつり何か聞いてるかしら、ねえ」


 俺は何とは無しに、大人朝比奈さんの両中指に光る指輪を見つめていた。これはいつもだったかなと思いつつ。


「ああ、キョン君目ざといわね。この両中指のプラチナの指輪ね。そう右中指は超若手有望アレクサンダーから頂いたものに、左中指はおじ様キョン君から頂いたものよ。あら、ここで私が二重婚してみたいだけど、とても大切なボーイフレンドの方々よ。追々のチャペルは、そうアレクサンダーもおじ様キョン君も捨て難い訳なのよ。キョン君どうしよう、私困っちゃうな」


 おい先々の俺、仕事に没頭してとうとう結婚しないでこの大人朝比奈さんに振り回されてるのか。まあこの溢れる色香全開なら分からぬでも無いが。

 と、一方的に大人朝比奈さんに捲し立てられる訳だが、隣の花房さんが誰だこいつの厳しい視線を送る。俺は知ってるのに知らない素ぶりで両手を大仰に振っては、手提げ袋を痛々しく大人朝比奈さんに渡す。

 素直に未来人大人朝比奈さんとも言おうものなら、花房さんの胆力なら大人朝比奈さん襟首を引き寄せ締め上げ兼ねない。捕まるか捕まらないかではなく、俺が仄かに憧れる大人朝比奈さんが仮にもTPDDの改造手術による強化人間で、メタルフレームの入った首がボキッと折れても整然としようものなら、大人の女性への憧憬が萎むのでここは是非守っておきたい。花房さんが何か繰り出そうとしたその時、おキャンにも大人朝比奈さんが去りゆくその時微笑まれた。


「キョン君、今日はキョン君人生上最も大切な日だから、良い、覚悟しておきなさいよ。さてお食事お食事と」


 大人朝比奈さんのルンルン姿の背を見ながら、花房さんはうんざりするも。俺は付け足して置いた。


「何処かの推定未来人も、この画帖山のクリスマス集会だから浮かれもしますよ。花房さん、列もそこそこになりましたし俺達も初炊きの賄い飯食べに行きませんか」 

「まあ報告はしておくが、今日は良いか。初炊きは一回冷えた温め直した位が締まって程よい味加減なんだよ、食べてみれば分かるさ」


 花房さんは周りに食事休憩に行って来るの挨拶をしては、俺を奥手のボランティア休憩所へと誘った。その時不意に気になる軽快なフレーズが希望静夜教会前広場のスレテオスピーカーから流れた。


「このフレーズはハルヒが助けを求めた時の劈くパルス音、この曲って、恐らくU2ですよね、何か初めて聞きますね」

「いや、LIVE AIDやや後のコンピレーションアルバム:A Very Special Christmasの最初のアルバムに入ってる曲だよ。確かにU2のカバーでChristmas, Baby Please Comeのクリスマスソングなんだけど聞いた事無いのかな。とは言えクリスマス集会初参加だから止む得ないかな。そう長らく弾正様のお好みでクリスマス集会に掛かる音楽と言えば、このA Very Special Christmasシリーズなんだよ。もう音楽も秀逸だし、今迄のクリスマス集会の成功もあるから、画帖山御殿の音響室にはA Very Special Christmas 1/2/3/Live from Washington, D.C./5/Acoustic Christmas のキース・ヘリングがデザインしたCDが弾正様お手製の木製飾り台の中に飾られててさ、それはもう音響室に入る度に自然と和む訳さ」


 つまりは多田一門のお気に入りのクリスマス音楽ってところか。それはハルヒのご機嫌の一曲にもなってあのノイズにも自ずと乗ってしまう訳なのか。と言うべきかハルヒは取っ捕まっても、ずっとどれだけクリスマスが待ち遠しいんだよ。そう考えればよくも滑り込みで帰って来れたものだよ。やや憐もうとも思ったが、U2のご機嫌の一曲Christmas, Baby Please Comeが掛かる中、あちらからのハルヒの声が轟きどこまでもテンションが上がっては、どうしてもやれやれだ。クリスマスだから大目に見るさ。ハルヒはハルヒのままで今日は頼むから目一杯頑張ってくれ。

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