第3話 2003年12月24日 北高校 文芸部室

 文芸部室前で俺は立ち止まる。未だ感触が掴めないからだ。


 始業式早朝へと古泉を呼び出して、先日の並行次元の話をどうかと談義は進んだ。古泉はただ言葉に詰まりがらも少ない言葉で有りえるかもだった。当然だろうな。突如圧倒的な一大勢力が現れ、言葉も無くすのは能力を持っていても常識人である良い傾向だ。相変わらずの信頼はして良いだろう。

 だが古泉は忠告した。宇宙人にも未来人にも伏せておいた方が良いでしょうと。2578次元もあったら各組織のアドバンテージを打ち消し涼宮ハルヒに拘ってる場合ではなく混沌を招くと。所謂恐れてていた破綻がもう既に迫っていた。俺は話し合いで仲良くやってくれと投げ出すも、まんざらでも無かったのは古泉だ。まあ仲良しは良い傾向だ。

 あとは始業式後のクリスマスパーティでお会いしましょうになって、俺は首を傾げた。消失事件でクリスマスパーティは明日のクリスマス集会後になった筈なのだが、何故に元に戻る。何でも古泉はSOS団の連絡網でハルヒがえらい剣幕で繰り上がったと聞いたらしいが、何故俺には入らん。何のサプライズなのやら。

 その後ハルヒが登校して今日のクリスマスパーティをそれとなく聞いたが、今日は闇鍋にまつわる準備と買い出しに出なくて良いからと不機嫌に閉じられた。これでも俺が入院してた事に気を使ってくれてるらしいがそんな態度で伝わるものか。さて、クリスマスイブで何で不機嫌なのか謙って聞いたが、お母さんに明日のクリスマス集会でのプレゼント配布がバレて例年通り画帖山のクリスマス集会を手伝いなさいですって、そんな地味な仕事が名プロデューサーのお仕事と言えるのかしら、でもその代わり始業式後の闇鍋パーティはするからとで膨れっ面のままになった。このあどけなさは実質13歳なら受け入れるさ。なあハルヒちゃん。俺の余裕を察しては背後の席より背中を二度叩かれた。


 詰まるところ時間の改変は揺り返しがあって、似たような事象がどうしても起こりえるものらしい。俺が文芸部室のドアを開けそびれるのはそんな躊躇い故だ。

 しかしおかしい。どうにも廊下に漂うご馳走の匂いは鼻で追っているがそれはクリスマスチキンで、各部室が労いクリスマスパーティーやってるからと思う。一向に闇鍋の出汁のにおいが無いのが逆に不気味だ。ここは、早朝の件から携帯電話を持ったまま引っ切り無しに誰かに捕まったままの古泉を待って文芸部室に入った方が何となく良い気がする。こういう小さな気遣いは古泉が喜ぶ。今日はクリスマスイブだから一人でも多く優しくしたいそんな感じだ。

 俺はドアノブに手を掛けて押した筈だった。だが思いの外にドアが軽過ぎる。それはご丁寧にも、察し過ぎる程の長門が文芸部室のドアが開き、淡々も珍しく自慢顔で語りかける。


「キョン君、珠玉の音楽メドレーだから聞いて貰える」


 闇鍋前に余興か。しかし古泉を待ってるのだが一向に来ない。顔は廊下を伺ったままで長門に手を引かれ中に文芸部室に招かれた。長門の規格サイズの手が女子の柔らかさだ。長門は…出そうになったが止めた。長門は長門だからな。

 文芸部室の正面は、クリスマスイブとは無関係な鍋を囲む会のそれではなく、何故か何らかのライブリハーサル風景である。向かって左の椅子付近には長門が弾くであろうのガットギター一式。向かって右はハルヒがアコースティックギターを抱えて譜面台に向かっては何となく悩ましげに譜面を捲って行く。正面には何故か目をきつく結んだ朝比奈さんが強烈すぎるオフビートでタンバリンをかき鳴らす。俺は生まれて初めてリードタンバリンのユニット編成を見てしまった。いやそもそも朝比奈さん、タンバリンはその可愛い声で“えいっつ”と叫ばなくても鳴る楽器なのですよ。とは、その必死さを見て声を掛けようが無い。思わず後ずさりしてしまったが、どんと長門に弾かれた。


「キョン君、明日クリスマスに希望静夜教会でこのWonder Flowerのユニットでライブを行うので見に来て下さい。尚SOS団及び予備隊員は残らずクリスマス集会へのボランティアに招聘されましたので如何なる拒絶は許されません」


 だから鍋は、いや鍋に拘る事はない。そもそもで言えば明日のクリスマスはハルヒの地元のクリスマス集会に行く予定だったから、スケジュールは空いているのだが。しかし何故この音楽ユニット結成に至ったのが謎だ。北高祭でENOZのサポートに入って大好評を得て味をしめたのかハルヒも、その気難しい顔は何だで、やれやれとばかりに漸く声を掛けてみる。


「やれ、何でアコースティック編成のユニットが様になってるんだよ。どうしたハルヒ。と言うべきか鍋を囲む会はどうなったんだよ」

「キョン、まあそれもね。ご当主が私のやや誘拐騒動でご丁寧にも身辺を見回りしてくれて、闇鍋の買い出しで麓の商店街に出向いたら、まさしくうちの真っ白なトヨタ・クラウンがすかさず滑り込んできて血相変えて言われたのよ。明日の希望静夜教会のクリスマス集会前に調子に乗って食あたりさせようものなら、3年間の公務停止ですと。もう闇鍋でどうにかなる面子でも無いのに、何をそんなに必死やら。そう言えばキョンはご当主と会ったのよね、ふん、どこをどうを気に入ったやらね。まあそんな流れで、クリスマス集会のお子様達へのプレゼント手渡しは全力で阻止されたけど、そんなご当主の思いから、うちのSOS団一行はそのまま画帖山及び希望静夜教会のボランティアに一方的に招聘されたから宜しくね。あとWonder Flowerのユニットがやや説明不足よね。そう北高祭のENOZの一件がご当主にも伝わっちゃってね。評判が評判を呼んでクリスマスコンサートに参加出来ないかで希望静夜教会がてんやわんやだから、私にENOZの台座を借りずにきちんと音楽隊として仕上げなさいですって、それがついさっきのお達し。今日の明日でセットリストを組み上げようも何だから、取り敢えず席を置いてる軽音楽部に行って二つ返事でギター借りれて、コンサートCDをコピーしてそれで行こうかなって。ああでも有希がね、耳コピーして採譜してくれたけど、あまりにガットギターとアコースティックギターが棲み分けられてるから、ガツンのロックじゃないのよね。まあ希望静夜教会で爆音出せる訳もないから、まあなんだけど。あと私はこの後、ご当主からどうしても希望静夜教会でクリスマスコンサートの顔合わせに参加しなさいと言われてるから、通しリハーサルあと一回で終わらせるわね、キョン率直な感想聞かせてね」


 ハルヒ・長門・朝比奈さんが阿吽の呼吸で定位置に入ると、長門がガットギターでフレーズをつまみ引き始める。朝比奈さんのタンバリンのオフビートはもう立派な味なので己に慣れさせる。その曲はSting - Shape of My Heartだった。ハルヒはアコースティックギターをカッティングしながら落ち着いた声で歌い掛ける。Shape of My Heartか。夏休みにSOS団での映画のはしごで見たLeonを思い出す。そう無邪気な地獄に俺達を突き落とすかの不気味な予感がした。

 次の楽曲はスムーズに、これはメドレーなのかと得心した。ピアノ曲なのに長門は輪郭の立つアルペジオを奏で、ハルヒの英語発音が自然な繰り出しを見せ、Phil Collins - Against All Oddsは劇的に進む。強いて言えばコーラスが入ればは長門と朝比奈さんに無理なお願いもしようもなく。いや素直に良いバラードだと思う。

 次の曲は長門の凛としたリードが続く。ここにThe Police - Every Breath You Takeを持ってくるか。ハルヒがアコースティックギターでアクションの大きいカッティングを引き倒すと、こう言う能動さも今のThe Policeなら有り得なく無い解釈かなと。長門にそこまでアレンジ能力あるのかと、ふと凝視してしまった。終盤のハルヒのメロディーの畳みかけから一転。

 朝比奈さんが猛烈にタンバリンを振り乱し始めた。確かにオフビートの速い曲。ハルヒがアコースティックギターで熱量のあるカッティングを引き倒しては、長門のガットギターでリフが忽ちカットイン。何とか知ってるGenesis - Invisible Touchのニューウェーブ曲だ。このユニットで原曲に肉薄出来るのが謎だ。まあ朝比奈さんの“えいっつえいっつえいっつえいっつ”は聞き慣れれば有りのコールアレンジだ。

 暫しのブレイクアクションで、長門が信じ難いフレーズを醸し出す。ガットギターで中音部のリフを爪弾くと同時に、自らシェイクハンドで握ったネックを低音部でベース音の領域を爪弾き始める。The Police - Message in a Bottleのメインギターとベースの譜割りを自ら引き倒すか、どうなってるんだ長門。ハルヒは益々興が乗り始めアコースティックギターで豪快にカッティングを引き倒す。その割には長門のハルヒの音の分離が良すぎるのは長門の起こした採譜には一体何が描かれているのだ。いやすいませんがあった。ここに至って、リードタンバリンの朝比奈さんが髪を振り乱してタンバリンをシャカリキに鳴らしている。この熱狂のグルーブに敢えてハマりに行ってる長門とハルヒはどんなミュージシャン体質なんだよ。ピアノバーのピアニストでもここまで自然に合わせに行くことも出来ない筈なのに、お前ら本物かよ。

 かくしてメドレーは終わった。早いが見事に聞かせどころを聞かせて9分そこそこに終わった。俺は漸く我に返って拍手を惜しみなく文芸部室に響かせた。いや、もう一つ拍手があるのは、振り返ったらいつの間にか古泉が俺と同じ満面の笑みになっていた。これはいける。4ピースバンドでなくても十分ロックのそれだ。俺が大手レコード会社のスカウトだったらWonder Flowerを青田買いする。だがだ。


「おいハルヒ、このメドレーは一体どのコンサートCDからコピーしたと言うんだよ。俺の一般音楽知識ではThe PoliceとGenesisが共演した事はないぞ」

「キョン君、あるわ。Live Aid 1985でPhil Collins & Stingで共演して、Against All OddsとEvery Breath You Takeを披露している。1985年の音楽雑誌Playerにも載ってる」

「長門は詳しいな。でも今の演奏は明らかに、長門のコピーじゃなくて編曲だろ、お前は凄い才能だよ、明日のクリスマスコンサートも褒めてやるが、今日も褒めてやる、どう言う褒め方が良い、コード展開か、譜割りか、その持てるテクニック全てか」

「全然違う。このCDを涼宮さんから借りて93%をコピー、7%を本人演奏遵守し小編成に採譜改定した」徐に机の上の3枚組CDをキョンに手渡す。


 何だコンサートCDは本当にあるのか。いや。【2001 No More War concert】のこのタイトルとは何だ。今から2年前にこんなコンサートがあったのか、次の衝撃は裏面の収録曲タイトルだ。新旧のバンド単体も見紛うほど無い豪華ぶりに、何より合体バンドが秀逸過ぎる。一際目を引き血が引くのはBob Dylan and The Rolling Stones/LFO and TM Network/George Michael and Underworld/ Genesis and The Police/The Beatles and U2。確かにあったよGenesis and The Police、そしてメドレーもそのまま5曲、どうしても聞き比べたくなった。そこはかとなく長門が北高後夜祭のビンゴ大会でゲットした自前のCDウォークマンを差し出す。しかしハルヒが鼻息荒く間に割って入る。


「ちょっとちょっとキョン、このコンサートCDは私が本当に苦労して買った成果物よ。そもそもからが長いけど言うわね、良いわね。と言うかこの私の苦労をどうにも褒めちぎりなさい、分かったわね。22日の朝の通学中に畿内の熱心なヴィッセルファンに道を聞かれたのだけど、その場で貧血を起こしちゃって、気が付いたら大衆車の中よ。そのヴィッセルファンが何をあせちゃってるのかすっかりマシンボイスで、近くの病院探していたら迷子になったとかで、見渡すと何故かあの懐かしい阪神淡路大震災前の神戸の街並みな訳よ。何処をどう迷子になったら神戸に迄行くのが不思議だけど。そうそこなのよ、新星堂のクラシックな五階建てビルを過ぎたら。聞いてよキョン。店頭の告知ビデオであのThe BeatlesとU2の熱いステージを繰り広げている訳なのよ、ダブルアンコールでジョンのImagineが淑やかに終わると思いきやマーチングなバンドアレンジが割って入っては観衆も大熱唱、フロントのジョンとボノが“No More War”を何度と無く訴えては、もう歴史的ステージよね。ねえ凄いでしょう有り得ないでしょう、もう大衆車を強引に停めさせて、ショーウインドーに釘付けは大正解よね、もうこれは【2001 No More War concert】のコンサートCD買うしか無いでしょう」


 余りに的確な突っ込みを入れると、この瞬間にもハルヒの意思によって全並行次元が統合されかねないので止めた。これは古泉の英邁な推論なので必ずや遵守する。霞める視線は古泉の分かってますよねの口元が硬い表情だ。俺は手持ち無沙汰に何と無く古泉に3枚組みのコンサートCDをパスした

 口では言わないが、俺に縁のあるNo.105公光次元の鶴屋さん(俺の奥さん)のお義兄さん曰く。ハルヒが未来人そのままアンドロイドに拐かされた先に辿り着いたのはNo.307氷切次元の神戸の街並み何だよ。そうかその次元では阪神淡路大震災が無かったのか、それは本当何よりだ。もうあの突き上げる震動で決して目を覚ましたく無いからな。と言うべきか突っ込みどころ満載なのに、ハルヒは何故正常運行なのだ。神戸に未だかって新星堂のクラシックな五階建て自社ビルなんて無いからな。それとにジョン・レノンが生きてるのはここも許容しよう。まあ【2001 No More War concert】の話を聞きたいから、取り敢えず前のめりになってみた。


「もうここからよ、ごった返す店内に入ってど正面の【2001 No More War concert】の分厚いCDを手に取っては猛ダッシュでカウンター迄突っ走ったわ。新星堂さんいつも感動ありがとうございます。表のThe BeatlesとU2のセッション最高でした。このCD是非下さいって元気一杯に言ったもの。女子店員さんも只管頷いたわ、2001年の世界一斉放映から待ちに待っての先々週発売でもう3度目の入荷だけど堅調に売れています、お買い上げ下さってありがとうございますですよって。ねえキョン、この世界一斉放映って深夜枠なのかしらね。私の家って夜早いじゃ無い、そう言うの早くキョンは言いなさいよ」


 だからそれはNo.307氷切次元の話であって、この豪華なお歴々で世界一斉放映なんて預かりしれん、そもそも深夜枠で収まり切れる尺なのかよ。それより3年前にハルヒと接近遭遇したが何より厳密に言えば俺達の出会いは今年2003年の話だからな。それもまあだから、無難にも話の腰を折らない様に俺も拝見してないが何れの深夜枠にしておくか。不意に古泉に視線を送ると、岩波文庫の薄い小説はあろうかの【2001 No More War concert】をブックレットの最後辺りを神妙に捲っていた。古泉は本当にそつがない。そして小泉の立て板に水が鮮やかに流れる。


「涼宮さん、2001 No More War concertは2001年9月22日土曜日 12:00-20:00にロンドンのウェンブリー・スタジアムのan endlessメインステージで行われましたから、日本の放映では途中合流の深夜枠放送ですので、僕達朝早い組にとってはとても見れませんよ。そんな経緯も有りますからCD化は本当に切望されましたね。ビデオ化もDVD化も膨大な演奏な時間と著作関係が動きますから今後も発売は難しいものでしょう。何より1990年より未だ続くイラク・クウェート戦争事中東戦争反対に望まぬ利益が動こうものなら、共同主催者のジョン・レノンとボノも望まぬところですよ。この間の3年に及ぶマスタリング作業は必聴の価値が有りますね。27組メドレーを含めた77曲はタイトルを見ただけでもグッと来ますね。涼宮さんのセンスは抜群過ぎます」

「実に良いわ古泉君、どんどん私を褒めなさい。それにしてもクリスマスシーズンの新星堂神戸ニュータウン店よ。何で支払いがフィラデルフィアドル紙幣で17ドルなのかしら、お財布には必ず5,000円入れさせられてるけど、流石にドルはね。日本紙幣でお願いしますって食い下がったけど、帝国紙幣のお支払いは昭和で終わりましたのでご勘弁願えますですって。それならこれはで、完走した新星堂のスタンプカード二枚差し出したら、このお店の刻印は何処ですかになって、即座に店長が寄って来てはハルヒお嬢様いつもご贔屓にありがとうございますで何気に挨拶されてクリスマス仕様のお買い上げ袋を手渡されてお見送りされちゃったわよ。クリスマスは外国行事だからって告知なしで外国そのままのシーズンセールに入らないで欲しいものよね。そうとこれとで、その三枚組ライブCD【2001 No More War concert】は貴重な戦利品なのだから、分かったかしら、ふふん」


 さて、何処から突っ込むか、しかもハルヒと古泉の二人分。いや敢えて乗って来ない長門と朝比奈さんも文庫本ブックレットをしっかり読んでるであろうに何故乗っからない。まずいな宇宙人と未来人に半分でも並行次元の内容を知られては非常に気まずい。いや気になるのは未来人のアンドロイドだ。拐かしてその光景をただ見てるだけなのか。


「ハルヒも本当決めたらこうだよな、そんなの大衆車のヴィッセルファンのお兄さんに立て替えて貰えれば良いだろう」

「それもよ、何か鼻血が止まらないのかずっと鼻頭抑えてて凄い調子悪そうで大衆車から出てこれなかったのよ。まあ鼻からこぼれるのは銀色の体液だから難解な病気みたい、だからマシンボイスなのかしらね。まあ私も病院に行く迄もなく回復したから、取り敢えず西宮に針路を取って、馴染みの病院紹介しようかで、県道のトンネルを潜った瞬間に目の前真っ暗になっちゃって。ここ大番頭の萬屋さん曰く比較的浅い落石トンネル事故に巻き込まれたらしくて、今後一切知らない方の車に乗っちゃいけませんですって。まあヴィッセルファンのお兄さんは打ちどころ悪くて死んじゃったみたいなんだけど、本当そう言う運の悪さってあるものよね。まあ画帖山御殿にはお供えのお花が丁重に添えられてあったから無事天国に行くと良いわね」


 皆で改めて黙祷を送った。暫し後の古泉も同じ視線だろ。俺達は朝比奈さんを見ている。未来人にどんな団体があってどんな暗躍をしてるか知ったものじゃないが、ハルヒ直接の誘拐はまずいだろ。ハルヒは未来人のアンドロイドのTPDDのエラーとかでNo.307氷切次元の虚数空間に入ったままで物騒な特異点になったかもしれないのに危機管理対応マニュアルは存在しないのか。

 そんなまじまじな視線にも朝比奈さんは通常営業だ。高校生朝比奈さんには未来の各団体の情報が降りてないのか。純粋無垢に未来から送られて来た高校生朝比奈さんを見ると、どうしてもやり切れなさが残ってしまう。まあ朝比奈さんの話は何れかだ。閑話休題を再開する。


「ハルヒよ、そんなにThe Beatles and U2に感動したなら、Genesis and The Policeもかなりグッと来たが、ダブルアンコールのメドレー:Help!〜40〜Imagineの方をカバーしろよ」

「駄目よ。クリスマスコンサートで涼宮さんに扇動はさせられないの」

「有希の意固地には恐れ入るわ。私はThe Beatles and U2をどうしてもなのに政治的発言煽りは良くないで頑として首を振らず、頼みの朝比奈さんも怯んじゃうから、2対1の民主主義的評決を覆すなんて人道主義を最も尊ぶ私にはとてもね。それで3人でCD聞いては有希お勧めのGenesis and The Policeに至って満場一致。キョンと古泉君の万雷の拍手なら、まあ良しとするけど。でもね、そう聞いてね、ジョンは語るのよ。人類は2世紀以上戦争せずに封建社会で搾取されてもぬるま湯に浸らされて大切な信仰も何もかも吹っ飛んしまってる。そこに突発的なイラク・クウェート戦争が起こって、銃のトリガーを握りしめる興奮を知ってしまった。その興奮はテレビゲームのそれじゃない、相手は生身の人間だ、戦場の虐殺を今すぐ止めてくれ、全世界から中東に飛んで物見遊山でトリガーにしがみつくのは本当に愚かだ。人ならばその固い意志で戦争をいつでも止められる。戦争を止めて平和なクリスマスを一緒に迎えよう。ですって、幸せになれるクリスマスをほっといて戦争するなんてどうかしてるわ、私達は先達ジョン・レノンの言葉を語り継がないといけないのよ。私も言いたいの戦争を止めて平和なクリスマスを一緒に迎えようって。でしょう、そうでしょう」

「涼宮さんの件は、ロンドンのウェンブリー・スタジアムのan endlessメインステージでの2001 No More War concertの共同主催者のジョン・レノンの開催宣言の一節ですね。実にこのブックレットはコンサートを見ていないものの頷き共感を得るのも分かります。そしてボノも促されてこう快活に言います。ここから世界を変えよう、憎しみがないのなら人を殺めてはいけない、戦争はいらない、もっと隣人を深く愛し合おう。私も生涯で一度は言ってみたいジョン・レノンとボノ達のお言葉です」


 古泉はで心の中で舌打ちした。このままでは駄目だ、ハルヒは平和熱に浮かされてる。それは悪くない事だが、延々ゲームの様に殺しあう最悪なイラク・クウェート戦争を片隅に置かれては、この世界が濁る。俺は余裕をかましながら宣ってみせる。


「全くハルヒもあれだな、落石事故に巻き込まれて打ち所悪かったか。ハルヒそれはな、やや長い明晰夢の一つだよ。お前はまだ印象的な夢とこの世界がごっちゃになってる。子供じゃないんだから区切りはつけろ」

「言うじゃないキョン、この一式全て、どこが夢なのよ。私の知らない所で世界は動いているし、ジョンだって、確かに1980年12月8日にニューヨークのダコタ・ハウスで発砲されたかもしれないけど、実はセーフハウスで匿われてかもしれないのよ。何よりこれ私は星堂神戸ニュータウン店でこの【2001 No More War concert】の分厚い3枚組CDを手に入れたし、これはこの世界の事、これは2001年9月22日にあった歴史的なコンサートなの、もう観念しなさい」


 問題はコンサートCDか、並行次元を渡っても持ってこれるハルヒは何者なんだよ。俺はやや困り顔でハルヒ側についた古泉に視線を投げかけた。古泉の笑顔はふんだんに見せるお任せ下さいで、何を考えてるやがる。


「涼宮さん、皆さんが誤解する前にこのフィクションもそろそろにしましょう。この模様ですとハルヒさんは読み飛ばされたかもしれませんが、このブックレットの最後にこうありまして。【次回ライブコンピレーションアルバムは2004年春発売予定です。今後も東京洋楽サークルクラブに乞うご期待下さい。】。流石東京ですねこのコピーバンドの完成度はワールドクラスです。お分かりになりますかこれはコピーバンドの一コンピレーションアルバムなのです。フィクションと大きく打たないのは分かってるでしょうが前提ですね。この悪ノリ加減ですとメジャーレーベルでも持て余すのでどんな実力派バンドでの声も掛からない事でしょう。才能と行動は得てして一致しないものです。つまりですね、涼宮さんは記憶の順番が前後してると思いますが、落石事故の時にヴィッセルファンのお兄さんの私物が混ざって涼宮さんの荷物に仕分けされたと思います。ここは供養も込めて仲間内でこっそりダビングしてはご当主様に引き渡しするのが妥当かと思われます。そうしませんか」


 ハルヒは古泉の翳した文庫本ブックレットの最後の最後箇所を見ては首をかしげるも、瞬時に切り替えて納得の顔になった。


「そうよね、そうなのよね、本当何もかもよく出来ているから、そのまま信じてしまう所だったわ。読み過ごしたのもそんな感じね。でも東京って、魔の巣窟そのものよね、ふーん、そう言う事なんだ」


 古泉は最高のペテン師だ。一旦ハルヒに乗り上げて共感しては、念写で上書きしたであろうの新譜告知を信じ込ませてしまった。よくやるよ本当にだ。そもそも古泉の勝負への執着は只ならぬものがある。トランプを対面で勝負し、何故か有り得ない絵柄を引き出す事がたまたまあった。俺がそれに気付いたのは都合5度目の時で、カード全て調べ上げたら絵柄と数字を器用に足していやがった。古泉はと苦い顔をしたが言うに事欠く。キョン君なら早く気付くと思ってましたと。勿論二人の約束で滅多に使うなよで片棒を担ぐ事になるのだが、ここで使うか、ハルヒに2度目いや3度目は無いから貴重な手札を減らす事になる。実に勿体ない。


「まあ言いわ、この自ら汗して稼いだアルバイト代でこのiPodに入れたから、例えコピーバンドでも参考になるわ。あとはコピーバンドのCDはSOS団でダビングし終えたら返してね。そうここ迄ね、うちの真っ白なトヨタ・クラウンが待ってるからお先に上がるわね、また明日ね」


 ハルヒは翳したiPodを丁重にポケットにしまい、アコースティックギターをギターケースに淡々にしまい、ハンガーに掛けたコートを着ては、忘れ物がないか指差し確認し一巡りしては、ギターケースと学生鞄を提げて、足早に帰って行った。また明日も何もクリスマス集会の詳しい事一切俺は聞いていないからな。取り敢えず画帖山の希望静夜教会に現地集合すれば良いのだろうが、何時集合なんだよ。ここでまた遅いって言われたら、すっかりハルヒのペースで折角のクリスマスが心地良く終われるものかになる。何時かと尋ねようかと見渡すも、必要以上に皆に強張ってる。


「聞いていいか、画帖山の希望静夜教会集合だろうけど、明日何時集合かな、ハルヒから聞いてるよな。と、何で堅い、どうした」

「明日2003年12月25日午前8時に希望静夜教会集合。堅いのは涼宮ハルヒのiPodのせい」


 ハルヒのiPodは今年の夏休みに起こった8月17日から8月31日の15日間を15532ループした余りにも不毛過ぎる地球規模の厄災の通称エンドレスエイトに深く起因する。当時の俺はそれとして古泉・長門・朝比奈さんと談議に望んだがその原因は皆目見当がつかなかった。何故抜け出たは珈琲屋ドリームにおける俺の勇気かに畳まれてるも、それも9月1日始業式の朝に呆気なく覆された。背後のハルヒの席から背中をバンバン叩かれ振り返った先には、20003年5月に発売された白いのが只管眩しいアップル社製のiPodだった。俺は思い起こしハッとした。


「ふふん、キョンとお揃いだよ。本当は夏に一緒にアルバイトして貰ったお給料で、銀座のアップルストアに買い取りに行きたかったけど、まあご家族会議が長くてね。そんなに帝都東京の銀座に行きたければ、ハルヒの持ち出しでお付き二人は必ず連れて行きなさいだって。いやねその強行軍しようにも、私のお小遣い帳は家族管理だから出来る訳もないでしょう、それで泣く泣くネットのアップルストアで立会い人二人の元に購入なのよ。そうあの日よね8月17日。そこからくさくさしてはSOS団招集してずっと愉快放題だったわね。もうそれで家に戻ったらバタンキューでiPodが届いてるのは何となく覚えててもそう体が二度と起きないわけなのよ。まあ朝になったらすっかり忘れてる私もあれなのよね。そうキョンごめん。そうしてお互いの二台のiPodを出しては、おおSOS団やるじゃないの雰囲気作るの今日になっちゃたわ。ほら、キョンも出しなさいよiPod。えっつ、まだ買ってないって、一体全体どう言う事なのよ!!」


 俺はハルヒとiPodをお揃いにする約束はしていないのに怒声を浴びる覚えはまるで無い。そもそもだ俺がiPodを買った目的は何となく高校生になってアルバイトを解禁された成果が欲しかったに他ならない。とは言えiPodを買える分だけの給料欲しいなんて都合の良いアルバイト先はある筈もなく。それとなく富豪の鶴屋さんに良いところ無いですかねと伺ったところ鶴屋さんの実家の鶴屋商会グループのアルバイトの快諾を貰った。期間はお盆には田舎にも行かなくてはいけないので繁忙期全開では無い7月29日から8月12日の15日間の配慮を貰った。時給700円の6時間勤務1時間休憩で63,000円の給料をそのまま頂く事になる。俺が買いたいiPodは15GBの47,800円だから過分では無いかも。3,200曲も入るならお気に入りのCDも買わないといけないでしょうで、鶴屋さんは気配りの方だと感極まった。

 その感動も8月1日の朝に脆くも崩れ去る。何故かハルヒが俺のアルバイト先にどこをどう嗅ぎつけたか合流して来やがった。まあ今にして思えば、その日に派遣先に決まるのだが鶴屋商会グループの鶴全運送/鶴丸ストア/鶴友フラワー/仁鶴キッチン/鶴一ミート/鶴逹鮮魚/鶴栄陶器に行く運びで、ファミリーマートも本来はリストにあったのだがハルヒの合流でリストから外された。当時は何でだろうだったが、ここ最近の画帖山御殿の一件で商いを深く知る事になる。まあサクラさんとかサクラさんとかでハルヒの耳に入ったのだろうな。

 そう、俺も給料63,000円貰ったから、あのハルヒの呼び出しがなければ午後にゆったりとネットのアップルストアで購入の余韻に浸っていた筈なのだが、エンドレスエイトの深みハマってしまったので始業式の終わった午後迄持ち越される事になった。まあもう少し待てば改訂版で容量が15GBから20GBに増えたiPodを買えたのだが、ハルヒと合わせないと永劫キャンキャンされるので合わせたの正解だろう。たかがiPodされどiPod。そんな些細な事でハルヒの鬱積が溜まっては、二度目のエンドレスエイトに突入するからだ。俺達当事者にとってエンドレスエイトは既にトラウマだ。俺とハルヒの何れかiPodを所持してたら、エンドレスエイトは起こらなかっただろうが、口では言わずと表情に出ているのが古泉・長門・朝比奈さんの一致意見だろ。

 そんな事無言で問われても、いざハルヒと同じiPodを二台並べて日々このCD持ってる持ってない貸す貸しての談義は、傍目から見たら今でも非常に面倒くさいのでここ迄にしたい。と言うべきか古泉・長門・朝比奈さんも頼むからiPodを談義に乗ってきてくれ。古泉は親子共々レコード鑑賞派だから、長門はテレビと北高後夜祭のビンゴ大会でゲットしたCDウォークマンで十分だから、朝比奈さんは断然MD派ですからは、何故常識人ぽく振る舞うのが俺は至極納得がいかない。まあ古泉から再び丁重に渡されたこの前代未聞の【2001 No More War concert】の分厚い3枚組CDを回覧したら、そんな気も変わるだろ。先刻のハルヒの様に並行次元を渡れたら欲しいものどころか、とんでもない逸品に出会えるのだから、ハルヒに拘る意味が全く失せると言うものだ。などと古泉・長門・朝比奈さんに一言も言えないのだがここは各団体多いに悩むところだろう。

 と。そんな思惑とは他所に朝比奈さんがリードタンバリンの練習に入っている。譜面は朝比奈さんが奏でる様な途轍もない難解なグルーブになってない筈なのだが、ですから朝比奈さんてば。


「あの朝比奈さん。タンバリンは“えいっつ”と言わずとも音が出る打楽器ですので、長門やハルヒの音を聞いて鳴らす位が楽をさせて貰えますよ。」


 朝比奈さんが凛と潤みながら訴える。


「あのね、キョン君。私はセンターのリードタンバリンなのですよ。頑張らないといけません。そうキョン君。明日は聖なるクリスマスコンサートなのです。中には音楽を耳で楽しめない方もいるのですよ、目でも楽しませんといけません、私は与えられた以上大任を果たしたいのです。ねえキョン君、明日のクリスマスコンサートが素敵だったら是非盛り上げて下さいね。ねっつ」


 駄目だ、俺は泣き暮れて膝から崩れ落ちた。世の中には普通に与えられて生きてるばかりの連中だけではない。俺達非常識連中は一先ず置いといて。この世界で何かが一つ得られずとも一緒に生きてる方々はいる。俺に何が出来た、片隅でも思い浮かべたか、何か介添え出来たか。足りないのは配慮ではなく、一緒に生きて行く強さだろ。朝比奈さんはごく稀に俺の心をノックしてくる。朝比奈さんの直向きさは限りなく世界を平和に満たして行く。俺に何が出来る、出来る事はこのスペシャルなユニットWonder Flowerの齎す感動のステージに全身で受け止め惜しみない賞賛を送るしかない。頑張って朝比奈さん。いや頑張り過ぎて音符一つ二つ多くなって変拍子になってるけど、そこはハルヒと長門が即興演奏で何とかしてしまうだろ。何せ俺達は、世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団事SOS団なのだから。必ずやこの世界が平和で包まれます様に。

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