第2話 2003年12月23日 画帖山御殿

 12月の貴重な祝日なのに朝6時00分に俺は叩き起こされた。起こしたのは壮年の男女二人。眠い目も擦れず手際良く制服に着替えさせられては、軽すぎる紹介と名刺をはたと見せては制服の右と左のポケットにねじ込まれた。男性は厚労省乙種能力分科会室室長:香宗我部盛胤、女性は兵庫県教育委員会学童保安室主幹:佐竹隼人。むずがる俺を社用車に乗せては3分で出発した。ここからは成り行き任せの会話がビシバシと響き、俺は兎に角まずい連中に捕まったものかと途方に暮れた。


「キョン君、君の手綱捌きは聞くに聞くほど感に堪えない、君は実に出来ている、SOS団は聞きしに勝る非公認同好会だね」

「キョン君、あなたはね、IQ152なのに、勉学が進まないのはどうかしてるわ。良いこの先も言われると思うけど才能の無駄遣いよ。いえ、その才能すらも探し当てて無いのは非常に残念過ぎるわ。そうね良い私塾があるからそこに通いなさい。塾費は松邑無類先生が良心的な価格を提示してくれるから親御さんに負担は掛けないわ、後で紹介状渡すわね」


 俺は自分がIQ152と初めて知って驚いている。あんなよく分からないテストの瞬間風速で俺の也を語られて良いかどうかは言い返す暇すらなく北への進路は進む。

 このルートはあの画帖山付近か。もっともその画帖山も噂の半官半民の私有地でその名さえも地元の精密地図にすら表記されない。所以を辿れば地元住民を巡る言い伝えで近代の昭和最後辺りまで兎に角不入の地だかららしい。

 その画帖山の名も地元の巨匠画家黛定春が市民美術館に寄贈した水彩画の連作タイトルから来たものであり。そう黛先生のワークショップは半年に一遍開催され、俺は絵画のセンスがまるで無いのに構図が良いねと褒められる。そう定期的にアトリエに足を運ばないと矍鑠たるも御老体だからなと思いは巡る。

 そしてファミリーマート画帖山麓店を今横切った。コンビニ店の割には必要以上に画材が充実しているのは画帖山の写生会がもっぱら故にだろう。ああそうじゃなく、ファミリーマート画帖山麓店の心象が良いのは、谷口に凄い美人店長がいるとつい引き込まれてのそれだ。今も鮮明なのは本宮サクラ店長、その何となく字面がハルヒと近い苦々しさと、手慣れた麗人相応対応の挨拶から微笑ましい談笑故にか。その麗しさは目元の涼しさに目がいきがちだが、たまに大爆笑した時の破顔があ奴に似てるのが、ハルヒも大人になったらこうなれと言いたいがサクラさんを大惨事に招きたくないので抑えてる。そこからファミリーマート画帖山麓店とそれとなくやや疎遠気味なのは、二度程付き合う度に見る谷口のつまらない顔だ。何でキョンが気に入られるは、そう見えるのはせわしげない男の嫉妬だよなんて、冗談でも言えないのが男同士の深淵故にだ。

 そして社用車は進む。何故かあろう事に画帖山に登る綺麗に舗装された車道を上がり始めた。どうしたのですかと俺は前のめりにになる。


「意外だね、ハルヒさんの実家を知らないなんて、君達の普段の活動は意外と付き合いがかなり浅いものだね」

「ハルヒさんの実家は、この頂上の画帖山御殿よ、麓からでも絢爛な作りで見惚れるのに、そう、地元の方ってそう言う事伝えを大切にするものなのね」


 俺が呆れて仏頂面になったのかそこからは暫しの休話になった。勾配のきつい一直線の石階段を尻目に、舗装された車道を画帖山を五週しては頂上の正門前の画帖山御殿に目を見張った。確かに御殿ではあるが成りは完全な平城で、やや平積みの石垣伝いに厳つい正門を潜っては辿り着いた。いや連れて来られた。

 社用車と到着と共にどこかしらとなく半鐘が5回なったのは大所帯故なのかで、せっせと飛び出して来た女中さん達に御殿に導かれた。御殿内部は確かな平城の作りのそれであり、まさか戦国時代からそのまま引き継いだのかと感嘆しかない。そして導かれた先はお台所と近代的なダイニングが調和された賄場であった。そうなのだ、朝早く拉致されたのにコンビニおにぎり二つにお茶のペットボトル500mlが出てこないのは、どこかでやはり悪人かと思っていたが、この早速のおもてなしはいや限りなく常識人であろうかで、やや胸のつかえが取れた。


 朝食の配膳は淡々と大所帯の平机に進み、同席するのは来客の俺と香宗我部さんと佐竹さん。そこに御殿で初対面の挨拶を貰った闊達な女中頭畠山順希さんに、堅実な大番頭萬屋孝則さんに、身長185cmはあろうかの書生花房昌道さんが対面に座り。朗らかな談話と共に食膳に箸を運んだ。その食膳は在り来たりな米飯・川魚・味噌汁・納豆・味付け海苔・お新香・諸味漬けなのだが、俺の今迄経験した事の無い舌のセンサーが即座に反応して顔に出てしまった。香宗我部さんと佐竹さんは朗らかにも箸を進めるが、そこに合いの手を入れて来たのが画帖山御殿接待係の3人であった。饗応初めての方はほぼそのお顔なので直に慣れますよ。毎朝忙しげに家臣団が吟味した食材を運んでくれるので高級旅館には決して負けませんよ。いっそ洋食の方が喜んでくれたかなも。俺はあまりの美味さに瞳が潤んでしまった。思わずハルヒは毎朝こんな豪華な食事を食べるのですか、そりゃあ破天荒になりますよの率直な感想が皆のツボに入ったのか懸命に胸を撫でていた。

 そこからは話がどうしても弾む。拐かされたハルヒの事はすっかり忘れて、あいつの普段はそうそうそれになって、核心に入る。何で俺はここにいるのですか。一つはSOS団の重要メンバー且つ日頃からお世話になっている友人代表の接待。一つはご当主がどうしてもお話ししたき事の大事の旨。最後の一つは何よりも拐かされたハルヒの最後の通話相手が俺で検証させて貰いたいと。そうか実質審問なのだろうが過る。そして画帖山御殿接待係の3人から注意事項がもたらされた。


「キョン君、決してご当主に気圧され無いように、ご当主の勘気はやや懐かしい気質なので、決して臆さない様に。もっともハルヒお嬢様で日々慣れているなら心配は無用ですかな」

「キョン君、客間に通されるお客人はおしなべて長いから、用を足したくなったら、話が途切れたら説明無しに腰を上げて良いからね。何せこの平城造りだから、無礼無き様にで皆我慢しちゃうんだよ。ご当主は兎に角話しが長いから朝から夕方迄はざらで、まあ下の悲劇はどうして起こってしまうのがややで。そもそもは出城だから、そこらに垂れ流しても良いのが籠城戦の常であったり、ああごめん食事中だったね」

「キョン君、ご当主はごく稀に昼食を忘れて熱を帯びるので、朝食はどんどんお代わりして掻き込んでね。夕方前に討ち死にしたら、もう二度とご当主に呼ばれないから。そう言うの折角馴染みになったのに実に切ないじゃ無い」


 この画帖山御殿の融和性は何だ。すっかり俺は取り込まれてるじゃ無いか、これが家風と言うやつなのか。それなのにハルヒは何故ああなる。いやそれは今更だから置いとく。それを遥かに上回るのはこの画帖山御殿のご当主とは何者なのか、この聞くに聞けない、いやこれ以上は聞くなの雰囲気を穏やかにしようと、つい身内話に入る。


「そう言えば、ハルヒは自分の地元で12月25日にクリスマス集会の際に、子供達にプレゼントを配ると聞きましたけど。この御殿全部で行うとしたら何千人集まるんでしょうね。サンタは朝比奈さんと聞いてますけど、一人で足りるのかな。トナカイの俺がプレゼントを仕分けするサポートに入ったら子供達の夢が薄れませんかね。そう勿論一連の人足は皆さんも協力して出して貰えるのですよね」


 俺が朗らかに言い終えると、それとは裏腹に萬屋さん花房さん畠山さんが鬼の形相になった。それは正しく歴戦の武士そのもので、一斉に懐から携帯を取り出しては、叱咤と共にどんどん通話を重ねて行く。ハルヒ、あ奴は何かまずい事をしたのか、間違いなくしたんだろうな。俺はそれとなくお代わりのお茶碗を畠山さんに差し出すも、もはや修羅場のそれで、俺のお代わりは2杯で終わった。まあそれとなく昼食は出るそうなのでこれはこれで楽しみにしておこう。



 そしていよいよご当主との会談に至る。長い程の廊下は全てが鶯張りでおやと思ったが、花房さんが気付き苦笑交じりに、平城なのに凝ってるのは油断すると忍びが来るからこれらしい。俺は命か情報かと思わず聞き返すも。それはご当主のお話を聞くと分かるから素直にリアクションしてくれよで途切れた。

 やや頃合いな客間二部屋を射抜かれた会談場に、俺は中心に香宗我部さんと佐竹さんが並んで下座に収まる。廊下には雪見ガラスのはまった障子越しに花房さんが居住い正しく座り難事に挑んでいる。ただ目に入ってくるのは正面の刀掛けだ。ただそこに掛けられてるのは模造刀では無く乗馬用の長鞭と短鞭でやや察した。ハルヒの折檻部屋何だろうな。児童虐待と言うよりは明らかにしつけであろうしあ奴を養育するのは途轍もない事なのかと。その由縁からやはりのっぴきならぬ審問かと思いを連ねて間も無く。壮年の男女二人が上手の奥の棟らしきより一礼しては客間に踏み込み、そのまま上座に収まった。ただ見とれたのは共に和服に紫の羽織の袖には黄金の朱雀を編み込んだ鮮やかさで格式が格別だったからであり、制服で出席したのは限りなく正解だったのだろう。ただ上座二番席に座り込んだのはご当主であろうの男性で、上座一番席に座り込んだのは女性であった。推察出来るのはどう考えてもハルヒのご両親の筈なのだが、その違和感はどうして付き纏った。

 俺の不思議顔を察してか、上座一番席の女性が初めましてキョン君からの幾つかの掛け言葉が如何にも慣れた口調で言葉が滑らかに染み入る。上座の自己紹介が始まる。

 二番席の男性は涼宮弾正と名乗りハルヒの父親であった。その物腰の深さは戦国大名宇喜多家からの入り婿で、画帖山御殿の現存改築を手掛けた所、その運命的なご縁で女房と結納を交わしての今日ですと。ハルヒの父らしからぬ純愛さは本当に父親かと一瞬疑ってしまった。

 次は上座一番席ご当主席に座る女性だ。この流れからハルヒの母親なのだろうが果てしなく若すぎる。見た目は32歳で粧し込めば27歳に見えなくもなり姉なのかと過ぎったが、そんな常識が通じるのがハルヒの家族である筈も無かった。

 ご当主席の女性は涼宮可憐と名乗りハルヒの母親であった。確かにその遠くからも見透かせる眼差しはハルヒにつながる眼力で納得せざる得ない。俺の頭が如何にも沸騰するのはこの先だ。


「キョン君に多大なご迷惑をお掛けしている娘涼宮ハルヒの間違い無く母親ですが、私は戸籍上では76歳なので、お話しが深くなります。何卒最後迄お付き合い下さいませ」


 俺はよく分からなかった。さっぱりだ。その年であればやや祖母なのだが俺は図らずも聞き返した。76歳のお年は聞き間違いですよねと。しかしご当主は神妙な顔つきで親娘共々のその眼差しの深い視線を投げ掛けてきた。


「私は間違い無く76歳で有り、来年の喜寿の宴は麓迄賑やかになりそうです。そうでは有りませんね。実質は39歳なのですが、その神技を受け継いだハルヒと同等に、太平洋戦争末期にこの旧不落城本殿毎私と父母共々閉鎖空間に長らく止まってしまい、戻って来れたの昭和後期の1980年のクリスマスでありました。それこそお伽話の浦島太郎の状態で有りましたが、麓が不落城で鳴り響いた巨大な雷鳴音に驚き厳重な柵を超えては頂上迄駆け付けてくれました。ここはどう考えても私達は不審者しか有りませんよね。ただ唯一の救いは太平洋戦争時の奉公人が立会い、そのままの旧不落城本殿と私を見て泣き崩れてしまいました。本殿も父母も可憐お嬢様もお戻りになったと。そこからは私達多田一族及び家臣団による麓一帯の厳戒態勢が敷かれ、私達涼宮親子は大評定の場で太平洋戦争末期以降のお話を具に聞く事になります。多田一族は勿論家臣団も日本国に徴兵されたのと空襲が頻繁に行われ1/3が戦争で死にましたと。私達も閉鎖空間に入らなければ太平洋戦争中に何かしら施し助けられた生命もあったのではと胸を掻き毟りましたが、皆から悉く励まされました。皆子孫に思いを託し多田一族家臣団家中は今や太平洋戦争を軽く凌ぐ一大勢力になり、今こそ厳命をお遣わし下さいと。ただここからなのです。西宮市役所には多田一族の神技の件は一級資料で十分に知っており、戸籍の再登録も程なく現世へと復帰しましたが、どう頼み込んでも出生年齢迄修正したら新たな戸籍になってしまうで丁重に却下されました。多田一族には最大の配慮をして貰えるものの、私の婚姻は全く考えてませんよね。見た目青年でも誰がおばあさんの元に嫁いで来るやらです。まあそれも夫の弾正の寛容さがあればの今日なのですけど、ふふ。とここ迄は大切な前置きなのですが、キョン君、ご理解して貰えましたか」


 俺は漸く我に返った。涼宮可憐さん76歳の衝撃でこの先のお話が頭に入らない所であったが、先に聞いて良かったと思う。いや何よりはあの涼宮ハルヒの家族なら何でも有り得るとここで漸く悟ったからだ。半分ヤケになりながらもこの際語られるお話を聞いておこうと身構えた。いや待てよ、この流れはお見合いの流れかで涼宮家を良しなにだったら、俺も入り婿になるのか。そう待って下さいだ、このままのお話の流れではまるでお見合いですねと、適切な爆笑ギャグを言おうと脣が開きかけたが、ハルヒのこれ迄の大凡を察し冗談がどうしても通じない家族であろうと必死に口を閉じた。ご当主の話は淀みなく続く。


「多田一族は律令制の御代より摂津の有力豪族で有り、現在の体制に至ったのは戦国時代に起因します。信長公の奮闘から摂津は一向宗がのさばり、この不落城も元は一向宗のその名の通り難攻不落の要害の城でした。しかし先の中国への兵站を確保する為にはどうしても摂取しなければならない要衝で有り、苛烈な厳命が摂津豪族に下されます、不落城を早々に落とせ。籠城戦しかないだろうが摂津各諸侯の見立てで有りましたが、時の多田大蔵卿は奇策を練り夜駆けを仕掛けます。この不落城を一気に胆力のある精鋭騎馬31騎で漏らさず駆け上がり、頂上の粗忽な出城を蹴破り阿鼻叫喚の一向宗を一気に蹴散らし漏れなく下山させ中腹での挟撃に至り降伏させます。そこから信長公と秀吉の感状が引っ切り無しに届きそのまま切り取り次第のこの要害の城を大幅に改修しては近代迄の不落城そのものに至ります。標高は101mも、不落城唯一の弱点麓の整備は武家屋敷群と町人街で豪胆に広範囲に固めました。その上の一合目は各時代の変節あれどカトリック教会を定め。二合目は衝突の緩衝地帯として公園に定め。三合目頂上の本殿はほぼ佇まいそのままに至りより以上の難攻不落の要害の城に至ってます。この要地から発し多田一族は時の政権にも一目を置かれ、涼宮家・本宮家・天宮家で代々本家筋を切り盛りしては近代に至ります。涼宮家は主家筋で領地の巡回と行事に終始し。本宮家分家は商業の促進、現在の主たる所を言えば西宮市のファミリーマートの3/4の運営と、武士を廃した家臣団の商業教育を指導しています。天宮家分家は文化事業の促進、力を入れているのは湾岸の風雅彩色美術館と、地元若手芸術家育成の為のアトリエ業務に特化しています」


 オーマイガー。いや一合目のカトリックの希望静夜教会も運営しているなら、下品な言い回しは無しか。いや寄りによってだ、あの本宮サクラさんと天宮ルイさんはハルヒの親戚なのか、いやあの眼差しの深い視線は一族の恩寵そのもなのか。思わず両手を頭に持ってきた所で察された。


「キョン君。ハルヒ繋がりでご縁は広がるものですね。御殿懇談会はSOS団よりキョン君の事で誰なのその反応面白じゃないで否が応にも盛り上がっていますよ。サクラはキョン君が画帖山麓店にとうとう来たって仕事そっちのけで上がって来て、爆笑したし頭が確かに回るでまた来ないかなで気もそぞろですよ。ルイはキョン君の接点が無いからって、北高に風雅彩色美術館の社会見学の直談判しては、ハルヒを除外してキョン君のグループの直接の説明員になりましたよね、それとなく出る視点が目利きのそれでいい感性してるわでかなりイチャイチャしたとか。どうしても多田一族一丸でご迷惑お掛けしてますよね」


 何てこった。俺の美女ランカーに、続々と多田一族とやや含めてあ奴一人が入るなんて。俺はあの微笑みに弱いのか、ああいっそ大人朝比奈さんに頼んで時間遡行してやり直したい。いやそれもせめて遡って3年しかないのなら思春期の俺には火の油だ。ここは朝比奈さんにのめり込むか、そうあのデートに持ってこいの風雅彩色美術館に持ち込めればかは、いやそこは谷口に言われたな。ここは本命同士が来るデートスポットだから一回めのデートで来館したらドン引きだからなって。それもルイさんの見事なプロデュースの美術館だよ、俺はどうしても引きが強いのか。いやそう、ハルヒを置いといて、サクラさんルイさんは何れの恋愛対象のラインにギリギリ滑り込めるんじゃないか。ここで弾正さんに窺われた。


「キョン君、今のただ察してしまうよ。私の経験をちょっとだけ言わせて貰えれば、年上の彼女には大層、いやそれなりに気を使ってしまうものなのだよ。そうだね思い起こせば可憐との出会いも確かに運命的なものだったよ。本家の宇喜多家からもう80年代好景気の建設で手一杯だから、三男の弾正なら今手が空いてるだろうから摂津の不落城に行って35億円の請負成功させて来いって。まあそこそこのプロジェクトで何より平城の改修だからまあ乗ったね。だがねいざ不落城に来てみたら原生林間近の造営で微かに覗ける平城を一からとなったら目眩がしたよ。街の噂聞く限りで不落城は太平洋戦時に日本陸軍が接収したままで手付かず、軍属研究所があったとか、決戦兵器が今も眠ってるとか。まあ噂は得てしてそんなものだよね。とは言え密林も整備して平城の改修の公共施設化でそこそこに仕上げられるかと思ったら、若当主の可憐が言うんだよ。私は本殿に住みますしこの麓迄いっそ隈無く整備してくれって。もう1年で帰れる仕事じゃなくて5カ年計画に毎日徹夜で分厚い提案書を書き上げるも悉く却下。毎度全部一からやり直し本当に泣いたね。やっと通ったのが18案目で、概ね結構ですと。ここは感極まって泣いたね。これがいざ改修されたら俺の代表作になるって。まあ人足は地元の有志も集いに集って順調かと思いきや。若当主が言うのだよ、このまま不落城の地名では物騒だから市民美術館に二合目の公園からの風景をモチーフに勇壮に飾られていた黛定春先生の連作タイトルから画帖山にしましょうって。いやもう不落城の名で大方拵えてるし今から変更は何より市役所が町名変更の要請書を受け取るものかと頑と張り合ったものの、次の日には受理だよ。まあそこの張りの強うさもね、日々のお茶飲み話で現世の事を知らないお嬢さんだなって、日々レクチャーしていたら徐々に距離が近くなって。そして1986年に最終総額77億円の画帖山の竣工式がド派手に行われて、可憐さんこのまま後にするのは寂しいですねと仄かな恋心を吐露したらビシって言われたね。弾正さんは実家の荷物を取りに行くだけなのに大袈裟ですねって。そこからがもう可憐の独断場で、もう宇喜多家からの弾正さんの婿入りの承諾は貰ってますし、私も戸籍上では58歳なので結納限界のお年頃ですのでよろしくお願いしますと。俺も何もかもが上の空でドギマギしては二つ返事だったね。今時の娘では無いからが斬新であったし、俺の手綱を手際良く捌いてくれるかなで細かい事は良いやになって。そうキョン君、戸籍上年上と長らく付き添うとは取捨選択が必要なのだよ。己を一旦置く場面はどうしても巡るね。サクラもルイの美貌だけに囚われては行けないよ」


 弾正さんを見つめる可憐さんの視線が、正しくハルヒの悋気のそれだ。成る程あ奴は大人になるとその眼差しだけで全てを語れてしまうものか。とは言えサクラさんとの会話は弾むし、ルイさんのニューヨーク帰りのよりフランクさも心がほぐれるし、大人の世界はつくづく分からないものだ。と言うより俺は今迄女性と付き合った事が無くスタートラインが何処さえも分からないのがウイークポイントで有りたた耳年増になり過ぎるも如何である。いや、俺のそれを全て込み込みで、可憐さんの吹き込まないのの手厳しい視線の配慮なのかと。


「まあキョン君も、夫弾正の話は程々にしておきなさい。いつも一つ言葉が多いですけど、画帖山の繁栄を見届け早世した両親の面倒を良く見てくれましたし、阪神淡路大震災の復興の指揮を手際良く取ってくれた徳の厚い方で有ります。これも主のはからいでございましょう」


 丁寧に十字を切る上座に、下座も十字を切って行く。その家族のハルヒの敬虔さは何処には止めておこう。あいつはあいつの良さがそこはかとなくある。

 そのハルヒなのだがここ迄の話の中に推定誘拐の話が出てこないのはどうしても進展無しなのか。俺は堪らず振り向いては香宗我部さんと佐竹さんに視線を送るも、佐竹さんに前を向いてと小さく手を差し出された。正面の可憐さんに向き直るも戸惑い後溜め息をゆっくりした困惑顔が見て取れる。そして繰り出されるハルヒの真の一面。


「キョン君、私の閉鎖空間への転移の旨はお話しました。これは多田一族の書簡を読み解く程に稀にある神技で有り、私に続いてその子供で有るハルヒに直ちに受け継がれるのは初めての事なのです。その特異性故に自制する事もままなりません。ハルヒの閉鎖空間への転移は夥しい限りで、戸籍上は16歳ですが実年齢年齢は数えて13歳の幼子そのものです。故に皆さんに数々の失礼を働いていますがここは改めてお詫び申します」


 可憐さんと弾正さんが深々と下げては。俺達下座も礼に倣った。ただハルヒが13歳なのはどうした事やらだ。俺はつい口からそのまま出てしまった


「いや、ハルヒのあの明晰過ぎる頭脳の飛び級でも十分過ぎますけど、ハルヒ本人からその事を仄めかす事も、いや微塵すら無い仕草はどうにもなのですが」

「キョン君はごもっともです。閉鎖空間は幾つかの発現状況が有りますが、ほぼ時間が停止したままです。私の様に太平洋戦争の過負荷が強過ぎると長らく停留する事になるので、ハルヒには何ら教唆が出来ません。そして多少賢くても自制する事が出来なければひた隠す事しか出来ません。ハルヒには乗馬中に打ちどころの悪い落下をしたと済ませて納得させています。実際、どんなに言い聞かせても苛烈な乗馬特訓しかしませんので呆れるものです」

「ご当主様。ハルヒさんのお休みは、教育委員会も熟慮の上に万全の配慮しておりますで、この先もお任せ下さいませ」


 俺はつい舌打ちするところだった。このままで良い訳もあるまい、古泉曰くの閉鎖空間はややになってきたがあんなデカブツの神人とやらと人類が戦い続けなくちゃいけないのか。いやこの議論は何度となく聞かされた。でも言わざる得なかった。


「ハルヒのらしさって何なのです。あの無邪気は何れ止むとお思いでしょうが、鬱憤が溜まっての閉鎖空間とは一生付き合わないといけないのですよ。そう現にハルヒは閉鎖空間いや、長門曰くこの宇宙と地球と時空に存在しないのですよ。同じ神技を持つ可憐さんならば何処にいるかお分かりになりますよね。俺はハルヒをこのまま忘却の彼方に置きたくは有りません、どうにかしてここに戻すべきなのですよ」

「ここは私佐竹隼人で宜しいですね。涼宮ハルヒ誘拐事件(推定)対策室の現状報告に入ります。ハルヒさんは先日の2003年12月22日水曜日7時15分にこの画帖山御殿より県立北高校に定刻通りに1時間10分かけての徒歩通学に入ります。しかし7時28分麓の通称武家屋敷群のギリギリの境界線を越えた所で態々印象的なヴィッセル神戸の白黒ストライプのマフラータオルを巻いた20代後半の男に声を掛けられた所を目視されています。一帯の住民はハルヒお嬢様のいつものお節介が出たかの一見微笑ましい光景でしたが、それも束の間劈くパルス音と共にハルヒさんが倒れては日産の黒いマーチに手際良く放り込まれます。これはまずいと思いカーナンバーを確認しようとするも上部に捲れており誰一人目視は出来ませんでした。ここは急ぎ警察に通報でしょうが第一報は多田一族の大番頭萬屋孝則さんに統率良く報告され精査されます。難事の為に隈なく配置された画帖山一帯の監視カメラは、その不審者はその日だけの芦屋市からの往来で、近くのファミリーマート色彩呉服通り店に辛うじて映った映像では、20代後半の男は軽装からフリーター風情で読唇術から的確な標準語の会話らしく、女子高生を狙った行き摩りの犯行なのかが初動の推論に至ります。しかし連動している兵庫県教育委員会と兵庫県警が共同調査に加わったところ、Nシステムを丹念に辿って、9時18分に忽然と日産の黒いマーチが夙川公園下手の方で忽然とフレームから消えます。Nシステムのエラーかとバグを調べましたが本当に消え失せた様です。そこから手掛かりも失せて、誘拐及び怪異類いで対策室は推移し厚労省乙種能力分科会室にある上申を行います。日本全国に及ぶ交通機関の全面停止。飛行機船舶列車及び高速道も止め国道県道の重点地域にはきつめの検問を入れました。それで揺さぶっても足が出なかったので追加対策として、改めて日本全国の銀行ATMとクレジット端末を全て停止して貰いました。マスコミ報道ではレガシーシステムの入れ替え作業でのシステムエラーと大本営発表を丁寧に説明し、現段階で疑う方は出ていません。ただこれでもかの八方塞がりの時に、ハルヒさん自らの着信が入ります。北高のIP電話サーバーのログも閲覧しました。15時38分県立北高の職員室に謎の着信番号で最初に岡部先生が出ては、次にキョン君が代わり「助けて、キョン」の紛れもないハルヒさんの声を聞きます。そこで先方の何らかの電話端末が破壊したのか間も無く通話が切れます。電話の中継局も探索に入りましたが、受信した西宮市郊外中継局が過電流で火災を起こした為、ここでまた行き詰っています。翻ってのここはハルヒさんの通話を待つと共に、香宗我部さんの特別内定に縋るしか有りません」


 ハルヒ、消えてもそれかよ。日本をブラックアウトさせた上にこの状況を日本国政府主導で暫く続けさせるのかよ。頼むから出てきてくれ。いや、謎の着信で終わってるのは長門の呼び出しがばれていないって事か。そうだろうな、あの14641桁の素数の番号に掛けれる通信機器がこの現代である筈も無く、流石は長門なのか。そう佐竹さんが言ってた香宗我部さんの特別内定とは何なのだ。


「恐れながら、乙種能力保持者は私の千里眼で隈なく手掛かりを得れる筈なのですが、ハルヒさんは兵庫県及び畿内及び日本国そして東アジアにも網を広げましたが探信が届きません。ただその過程で、東アジアで捕虜及び失踪した23名を見つけれましたが、どうにも上手く事が進みません。米国にそのまま流したベトナム北部の寒村の5人の捕虜情報で、シールズも是非ハルヒさん奪還を協力させてくれと言ってますがノリが良すぎるのは困りますね」


 俺は、いる世界に沿う人種になったので、一見与太話の香宗我部さんの話はすんなり聞けた。何とは無しに香宗我部さんに機関の人間かの視線を送るも。


「そうお話が初めてのキョン君もいましたね。私の千里眼が発言要項を要せずとも、絞れば発揮出来ます。その成果はハルヒさんの閉鎖空間を全て当ててますので、改めて全幅の信頼を貰いたい限りです。ですが今回思いの外手間取っているのは思いっきりの叱責も貰いたい所です。これは長年の勘ですが、ハルヒさんは近くても遠い摂津にいる筈なのですが、この感覚の感触が掴めないのは私もまだ若輩者の至りなのですね」


 思案の為の貴重な沈黙が訪れる。俺が思った以上に大人達は全力を投入してくれている。ただこの世界にハルヒがいる前提で皆は動いている。しかしSOS団の見解としては長門の貴重な意見を取る、この世界に現在ハルヒはいない。だがそれでもこの世界は恙無く普段の生活を送れている。有り得ないがハルヒの存在とこの世界が剥離していても変調が見えないのがSOS団の暗黙の了解なのだが、ここでその概念を披露しようにも、どうしても現体制では仮説で終わり、キョン君は面白いのねと知ってて言われてしまう事だろう。大人は面倒というより、あらゆる概念の先にいるのがハルヒなのは、まあ関係者全員知りうる所で、アルベルト・アインシュタインクラスの有識者が出て来て講義してくれないものかと俺はただ馳せてしまう。

 可憐さんが重い空気を読みきっては愉快話を切り出す。


「そう言えばですが、キョン君は初画帖山になるのですよね。このままのクリスマスは評議に入るものの、そうハルヒも必ずや正月の神事:御馬烈走登りは戻ると思います。何せ日々汗水涙を流しているのですから、戻らない道理は無いでしょう。いいえ、この反応は、キョン君はまさか御馬烈走登りを知らないのですか、そうですか、海側の方達は未だ昭和由来の不落城に近寄るべからずの言い伝えが残っているのですね。そう言えばニュースも、再開時に面白可笑しく断念下馬のシーンばかりの偏った原稿映像で激怒した経緯があったので、未だ撮影不可の不文律になってるのかしら。でも地元のZAXNES-CATVは3時間ダイジェスト放送してくれてる筈なのに、ご存知ないのかしら」


 いえ、そもそも俺の家はBS放送迄で満喫してますので、ザクネスのケーブルテレビ迄には加入してないですし。いやここは鶴屋さんに爆笑されたか。ザクネスは外資系じゃなくうちの鶴屋商会グループにょろ、地元ニュースも音楽も映画も網羅してるからケーブルめがっさ引いちゃいなよと。成る程画帖山一帯は閉じている訳でなく普通の町並みなのかと。また鶴屋さんにパンフレット貰ってみようかな。いや待て、あのハルヒが汗水涙を流す神事:御馬烈走登りとは何なのだ。俺は正月に優雅にテレビで見てる場合じゃないだろう。堪らず姿勢が前のめりになったのを可憐さんは見逃さない。


「ふふキョン君、やはり興味が湧いて来ますよね。良いでしょう、神事:御馬烈走登りとは冒頭でお話した不落城を一気に胆力のある精鋭騎馬31騎で駆け上がった奇襲戦に由来し武運長久を押し計ってはいましたが、やや安寧の時を経て無病息災に落ち着きました。しかし、実際に頂上迄の野駆けを行うのは生半な事では有りませんでした。それは頭数馬数さえ揃えれば2、3騎位には上がれましょうが、騎馬は財産です。無茶をして多々の殺処分になる開催年も有り、如何なる生命も貴ぼうから、近代では乗り手と騎馬選抜の12騎に落ち着きました。ただ選抜と言えど通常年では多くて5騎で有り、そこではたと思うのですよ。先代の31騎は有り得ないの先代への畏敬の念です。そして近代の画帖山として山開きすると同時に神事:御馬烈走登りも再開され、蹄鉄の荒さにも対応した石階段250を駆け抜ける、それはもう熱き神事の様相になっています。勿論無病息災の側面は大いに有りきですけどね。そして感ずるべきは、近年では馬上技術も騎馬育成も進み、先代に近付こうかの5年前に最高9騎が駆け上り大興奮になりました。来年の1月4日の日曜日神事は、選抜は当主の私涼宮可憐が選抜し、より以上の戦績を残せる感触は得ています。さて、乗り手と騎馬はお祝い行列を経て当日発表となりますので、ここは画帖山関係者共々しばしのお楽しみにして下さい。キョン君」

「ハルヒは、いやハルヒが騎馬を操れるなんて想像出来ないけど、そんな荒技出来るものですか、いやだから汗水涙を流すのか、あいつはそういうの言えよ。ああ、それで、ハルヒはどうなんですか」

「それではごもっともでしょう、ハルヒは今迄に7回参加し、頂上まで登ったのは1回限りです。過去先代もの感状備忘録を辿る限り11歳での到達は最年少ですが、このままでは神童の異名のままで終わるのがハルヒの才やもしれません。神童とは如何にのよくあるお話ですので、キョン君もハルヒに過度な期待をしない事です」


 俺は何故かぐっと堪えた。可憐さんそれは普通も結納に送り出す母親の願望ですよ。ハルヒは俺達に無い幾つもの閃きや行動力もある世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団事SOS団の団長なのです、窺う素顔もあいつの性分を知らなければ美少女の領域です。なのにあいつは俺達の知らないところで、泥まみれになって何度も騎乗してるのですよね。俺はそんなハルヒにもう一度会いたい。何れかに会えるのではなく今すぐに。


「その俺は、俺は、ハルヒに会いたいです。ええ、そんな自らの高い壁を乗り越えようとしてもがいてるハルヒに会いたい。俺に鬱憤晴らしたなら、全部じゃなくても2つ位は受け止めてみせます。大人になったらもう少し増やしても良いです。だから、ハルヒの騎乗した勇姿を見たい、それが例えもがき苦しむ形相であっても、俺は全然okです。ハルヒ!帰って来い。正月の前にまずクリスマスだ、俺は会いたいんだよ、ハルヒ、さ、」行き場の無い気まずさを畳に拳で押し付ける

「キョン君ありがとう。私はその御言葉を聞きたかったのです。その意志、ハルヒにもきっと届いている事でしょう」ただ溢れる涙を懐紙で拭う。


 時図らずも、不意に空間へと八角形のチューブが、上座と下座を分ける中間の敷居に現れ、八角形のチューブは回転しながらサイン波のメジャーの駆け上がりのアルペジオを奏でてゆく。何かの超能力の類なのか、こめかみに右手をめり込ませようかの香宗我部さんを見つめると同時に。


「皆さん後ろに離れて下さい、空間が整然と歪み始めてます」


 八角形のチューブは回転から間も無く大きくなり、その直径が最大化かに収まった刹那。サイン波が大きくベンドし駆け上がった切った瞬間に、その八角形のチューブはゲートなのかとばかりに、白い薄手のフードジャンパー着た青年の男女がよく知る制服を着た女子の両脇を抱えては客間の会談場に現れた。空間転移、機関の人間なのか。いや、気を失ったその制服を少女が背後からやっと垣間見えた。その山吹色の髪飾りはハルヒ、そうなのか。

 上座の可憐さんは、既に刀掛けに掛けた長鞭を大きく構え、声を張った。


「花房、出会え、身なりは御曹司ですが、曲者です」


 花房さんは豪快に雪見ガラスの入った障子を中庭に弾き飛ばし、穂先の無い短槍を豪快に構えては備えていた。雪見ガラスが割れないし障子も破けないのはかなりの防護膜を張っているのか、普段どんな執務をしているのだよと思いが先に進む前に、鶯張り廊下のこれでもかの音を鳴らしては退っ引きならない足音が幾重にも近ずく、正しく平城なのかと巻き込まれた俺でも戦慄を覚えざる得ない。

 現れた青年男女の二人が、気を失っている推定ハルヒを畳に置いては、何ら悪びれもせず切り出す。


「涼宮家一同の皆さんご心配なく。突然過ぎて何でしょうけど、ちょっと2分時間を下さい、この次元の探索の精度を上げますのでどうかお時間を下さい。月花、プロセスバンドの並列演算に入るからモード切り替えて」

「No.21新珠次元、西暦2003年12月23日火曜日、日本時間9時18分、五号さんと並列演算開始します」


 青年男女の二人が左腕の漆黒の螺鈿のプロセスバンドを右手で翳すと螺鈿が光源を回り始めた。未来人なのか。この状況で思わず出てしまった俺の一言は何故か常識人で有りたい願望そのものであった。


「あのう、五号さん、月花さん、土足でこの立派な御殿に上がるのは流石に失礼ですよ」


 緊迫の場が一気に砕けた。駆けつけた郎党の最後尾に伝わる程に爆笑の渦に包まれる。はっつしまった、先にハルヒ大丈夫かだろう、何故に戻って来て当然になってるんだ俺は。そこも可憐さんの存分に見入られたあの多田一族ならではの微笑みが俺に向けられ、さも構いませんは。大滑りなのに爆笑を得たのが非常に気まずい。ここは滑りに滑りを加えて一気に和ませ得る語句を探したが、どうにも専門用語が浮かんでしまう。最近は長門ばかりと話していたからなのか。そう全く浮かばん。ここは人頼みに未来人にコテコテの関西ローカルだけしか通用しないフレーズを放って良いのか、俺は新たな悩みを抱える。


「良いね絢文、良い助言だよ。ご当主及び方々、いきなりの訪問を改めて失礼致しました。ですがNo.21新珠次元の涼宮ハルヒさんを抱えて出城に臨もうものなら、どうしても戦闘になってしまいます。これは次元探査局が決して望む訳では無いので、ご納得の行く迄説明させて貰えればと思います」

「ちょっと待って下さい、推定別次元の次元探査局の方が、何故キョンではなく、俺のあやふみの名前を言えるのですか」

「そういう聡明さは好きだよ、旧姓八丈絢文或いは現在鶴屋絢文。もっともその話は、俺のいるNo.105公光次元では、絢文は紗矢香と結婚して碎けた入り婿として、俺をお義兄さんと呼んでるから、そっちの方がらしくて良いよ。どう」


 八丈絢文事キョン。誰も俺の下の名前が覚えられないアナグラムなのか、あの八丈島のキョンから由来してずっとずっとキョンと呼ばれている。俺は久し振りに名前を呼ばれて身悶えするが、悶絶するのは別の次元では鶴屋絢文として生きている事だ。そう鶴屋さんは紛れも無い面白美人女子鶴屋紗矢香。俺はあのより難解な人物とどうやって結婚したんだ、しかも入り婿なんて俺がそこまで堅っ苦しい事をする訳も無い。これは掴みの話なのか。いや必死に記憶を辿った。そう鶴屋さんには確かに一回り上のお兄さんがいるそうだ。兄者は霞ヶ関の財務省で忙殺の限りで一年に一度クリスマスに帰って来る位の人でなしにょろ、このままでは私が商会を継ぐ事になるにょろよ。そこか、いや登場人物の名前そのままの似たような次元あるなら極めて妥当な線か。あの鶴屋さんが女房、俺は背中に冷たい汗が流れるのをどうしても止められない。


「五号さん、プロセスバンドの並列演算終了。探索深度は95%ですから、27種情報開示迄は可能ですが、何せここは涼宮ハルヒさんの本丸になりますので並列次元の均衡の差異が生まれるかもしれません」

「いや良いよ、何より絢文もいるし何かと好都合だよ。」改めてはそのまま日本式の一礼をして「申し遅れました。私はNo.105公光次元の次元探査局次元整備菅CAPの弩級五号です。本名はこのちょっと前の談義で成り行きで出てしましましたが、似次元間で重複しては話が大袈裟になるので弩級五号でお見知り置き下さい。そして」

「同じくNo.105公光次元の次元探査局次元整備菅の弩級月花と申します」日本式の一礼を終えると「このNo.21新珠次元では宿縁が浅いと思いますので、もし似た者に出会ったらどうか温かい目で何卒良しなにと申し上げます」

「いきなり別次元から人間が訪れて、何を世迷言をとただお察しします。ですがこのまま概略を説明させて貰います。掛かる2003年12月18日に全並行次元で革新が起きました。それは掛かる人物に発して大小の何れかの副産物を生み出しました。私達のNo.105公光次元で言えば次元探査局の開設です。下準備は着々としていましたが、いざ開局をしてみれば全2578次元をどう管理すれば良いのですが、取り敢えず各次元間に付随する虚数空間の除去から始めました。この虚数空間を野放しにすると何れ特異点に固定化し、その次元に何らかの災厄が及ぶと多次元理論物理学者の■■■■■博士が緊急提言したからです。あっとここの大博士の名前は今は駄目なのか。名前はさしたる問題では無いので、いえちょっとお話を急ぎすぎましたかね」


 いきなり難解すぎる。ここは長門がいればは収集付かなくなるから、どうしても古泉か。今から呼ぼうにも、いやいっそ携帯の通話をオンにするか、いや止めておこう。そういう失礼で可憐さんを怒らせるのはただ想像を絶する。ただ気になる点がある。


「五号さん、そのNo.105公光次元では俺は何故か結婚しているのですが、並行次元は時間軸が同時進行では無いのですか、」

「ああ、ここ確かに言い足りない部分があったね。時間は共通の西暦と同時進行の同一時間軸。全次元の各国で細かい元号の違いはあれど、世界観は大きく逸脱はしていない。絢文の的確な質問は言わねばならないか。例外はあれど全次元には半々で各々が出生のタイミング違えど存在します。まあ次元が違うのだからそれこれ違うと思えど、確実な人生を歩んでいるので、口を挟む余地は一切無いけどな」


 何だろう、このNo.105公光次元人のスマートさは。未来人も宇宙人は細かく干渉して来ると言うのに。いやそれなら何故このNo.21新珠次元のハルヒを何処に消えたかも分からないのに連れて来れたのだ。信用して良いのだろうか。


「五号さん、そこに倒れるNo.21新珠次元のハルヒである確証が分かりません。別の次元のハルヒでは無いのですか。どんな思惑があるのですか」

「まあ一理有る。ハルヒさんをだしに取り入ろうとするのが、このNo.21新珠次元の駆け引きだろうしな。だが俺達別のNo.105公光次元人の次元探査局次元整備菅は限りなく慈善の財団さ。均衡の取れている全2578次元を些細な事で窮地に陥れたく無い。誠意はこのハルヒさんの帰還の手伝いを以って御理解貰いたい」


 善人の条件は俺の経験ではどうにも分かりようがない。ただ可憐さんからはハルヒ同様の、ガンガン行きなさいよキョン、の視線を預かったので思いのまま言いますよ。すっかりツーカーだよ涼宮家。


「五号さん、No.21新珠次元のハルヒは謎の空間に飛んだきりで、SOS団及び日本政府直轄機関でも分からなかったのです。一体ハルヒは何処にいたのですか、そこが無ければ点と点です」

「そうだな、No.21新珠次元のハルヒさんは確かに誘拐された。犯行はこの次元の未来人の何処かの機関だと思われる。思われるはTPDDの動作ログがあった事。また誘拐した男性がこの時代で生産出来ないアンドロイドであった事。もうバラバラで口を割らす事は出来ないが、何らかの事情でハルヒさんを未来に拐かす筈が、エラーが発生してNo.307氷切次元に飛び込んでしまった思われる。そして未来では無い何処かに飛び込んだ事に漸く気づき、再びTPDDを起動して遡行不干渉時間帯に飛ぼうも大失敗し、No.307氷切次元に衛星化する剥離虚数区間内に入ってしまって身動き取れなくなった思われる。ただここ迄で俺達次元探査局は全知全能では無いから込み入った経緯も何もかも預かり知れないのは納得して貰いたい。それならば何故救出出来たかは、ある発信番号がこちらの俺達次元探査局の探索端末にたまたま上がった事だ。そうこのNo.21新珠次元で演算の解もままならない、あの14641桁の素数だよ。こちらの世界の1次元数理式では素数の何れかで有るけど、俺達のNo.105公光次元人では11×11×11×11桁の優しい4次元数理式で、No.307氷切次元の剥離虚数区間の座標に問題無く飛べた。やや遅かったらアンドロメダ星人の管理領域に飛んでいたから引き渡しとどえらく長い手続きで超縮退光速航法でも25光年分掛かったかもか。まあこのNo.21新珠次元のハルヒさんと言うのは本当何でも有りだな。よくも付き合い…は失礼が過分に入るので止めておく」


 もう駄目だ。ここに長門と古泉がいて二人の頭脳を一つにしても判読出来るかの推移だ。それにしても衝撃的なのは、消失事件に関与して直ちに未来人がハルヒに関わってくるかだ。何を考えているというより、大人朝比奈さん等の遥かであろう未来でどうにか牽制出来なかったのだろうか。

 所謂お義兄さんに具に見入られた。


「まあ絢文も思う所は有るだろう、幾つかの次元の何れの未来人は過去が安定すればそれで良いと考えがちだ。今は成り行きで良いよ。そんな感じでこちらの業務遂行した。ああ掛かる手付金なんだけど、No.105公光次元の絢文には散々お世話になっているから、ろはで良いよ。まあ機会があれば今後もなんだろうけどさ」

「ハルヒさんの延髄の循環パッチを外します。あと二時間後に完治して目を覚ます筈なので、投薬等の治療をせずに床に寝させて上げてください」月花がハルヒの首筋に右手を滑らすと白い突起物の付いた円形パッチをコンパクトケースに収納して畳む。


 ああまあ切り出しにくい。No.105公光次元の俺がどうしてもの人格者であっても誘拐事件のネゴシエーターの相場は身代金の相場の半額であろうし、ハルヒの涼宮家の実情を知っているならば7億円の半分の3.5億円相当の金塊を貰える筈なのに。それを、俺がああそうですかありがとうございますでただ額突いても誠意が伝わるものなのだろうか。

 そして花房さんが穂先の無い短槍を構えては勇猛に進み出る。


「ここ迄で弩級五号と弩級月花が、未来人の誘拐犯一派で無いと証明出来る旨は無い、さあ白を切り通せる決定的な証拠を出せ、」


 花房さんの上段からの打擲は一般人で辛うじて残像が見えるかだった。しかし向けられた五号さんはいつの間に勢いよく畳を叩いて一回転し、既にいつの間にか花房さんは五号事お義兄さんにぴたり背中合わせられ一切の技を封じられた。


「No.21新珠次元の花房昌道は甘いな。こちらの世界では鶴屋託詩と模範試合で三度に一度の分があるだろうが、No.105公光次元は常時PKO派遣で荒事は日常茶飯事なんだよ、お前に今すぐ必要なのは張りだ。何が仇敵か瞠目しろ、それが主家へ奉公になる」

「言わすか、俺はハルヒお嬢様を複雑怪奇に拐かしていない証拠を出せと言っている、話をちゃらけて逸らすな」

「花房さん、そこまで、五号さんと月花さんのプロセスバンドを千里眼で眼を凝らしましたが謎の積層平面構造で無数のクロックが走っています。クロックはプロセスバンドだけで人体には流れていません。これは未来人に共通する体に埋め込む非人道的なTPDDとは違う。ここはNo.105公光次元人を信じましょう」

「そんな感じだ。良いか、俺と昌道は親友だ。何れの次元でも多少の時間差があれど合流する、俺達は互いに裏切れない縁なんだよ。そういうのは通じ合えない筈ないだろう。現にこの背中同士が語っている。前にも後ろにも俺達二人がいれば最強だ」

「鶴屋託詩と花房昌道、ここ迄にしなさい。次元を遥々超えて禍根を残す事は断じて相成りなりません、当主涼宮可憐が命じます。今後一切何れに争う素ぶりを見せても、私自らが同罪で成敗しますから、両者くれぐれも肝に命ずる様に、お分かりになりましたね」

 二人、背中合わせのまま譲れず同時に

「御意、」


 大人の張りと言うべきか、格をまざまざと見た。何処でどう修練したらここ迄の胆力を得るのだろう。俺はあらゆる意味で優しい位置に立っているが本当にそれで良いのだろうかと、ちょっとだけ未来を憂いてみた。


「絢文、ご覧の通り八方塞がりで、ここから帰還する。最後に言っておく。全ては一度疑え、朝比奈みくるも然りだ。未来人はどうしても在るべき過去を変えたがらない。だが絢文は日々成長する、自らを信じろ、その一人一人の普遍が本当の平和を作り出す。進むんだ絢文。不恰好だけど、またな」


 再び八角形のチューブが現れ忽ち高速回転しては白く輝く。その輝きに押され、居並ぶ一行が目を覆うしかなかった。弩級五号と弩級月花が消えた。ただハルヒは健やかに眠りにはついている。今迄に出会った各団体はどうしてもエゴイストさが見えたが、今回突如として現れた並行次元人、いやNo.105公光次元人は理性的過ぎる。所謂俺のお義兄さんは手付金は無用だと言ってたけど、これは取らなないと仕事が殺到するから分捕っても取るべきなんだよな。

 一大仕置きも暫しになり、出合った郎党さん達からざわめきが強くなってきた。鶴屋と。そこか、俺の鞘当てか、俺も画帖山御殿に呼ばれた以上、ハルヒへの指折りに入ったのは成り行きなのだが、如何にもの反応は画帖山御一同に止む得ない事ではあるが実に悩ましい。

 ご当主が眠ったハルヒに寄り添いながらも、満面の笑みで微笑みかける。


「キョン君、ハルヒの成長を根気よく待たずとも、紗矢香さんであれば十分幸せに添い遂げられますよ。私はそれでも構わないと思います。そのお話は何れの宴でお話を重ねましょうね」


 そもそもはSOS団に関わってからどうにかなってしまった俺の人生だが、ここ一週間の消失事件も含めての今回の誘拐騒動でこうも動くものかと。それも出会う面々が更に強烈過ぎた。もうご当主可憐さんの仰る通りの人生でも良いと思うのだが、ハルヒの様に何処かで破天荒になって仲違い…は決して無いだろうな。多田一族の共通するあの瞳の奥の無邪気さで、俺はやれやれなのだから。


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