涼宮ハルヒの誘拐 -Christmas, Baby Please Come Home-

判家悠久

第1話 2003年12月22日 北高校 職員室

 長門が朴訥に言った。


「クリスマスパーティーの全会費は有りません、涼宮さんが帳簿を管理して全て預かっています」


 消失事件の一切合切でこの俺としては詳細は不明だが、変遷を経たクリスマス集会後のSOS団のクリマスパーティーはハルヒが益々盛り上がって、折角俺達も乗って来たと言うのに、1000円の会費を集めておいてまさかバックれるのか。いやこの1000円徴収記憶は無いのだが取られっぱなしは実に癪に障る。そのバックれはいや有り得るのだよ、ハルヒの事だあれこれ追加プランを練り過ぎて予算10倍の高校生の身の丈に合わぬクリスマスパーティにする気だろ。俺・ハルヒ・朝比奈さん・長門・古泉・鶴屋さん・谷口・国木田から集めた会費の合計8000円でケータリングは何とか滑り込める。がしかし、そこはハルヒだ。その8000円を元手に良からぬタイアップをして自滅したか、おじゃんか、やっぱりバックれたな。


「涼宮さんの帳簿を眺めたけど、オードブルにシャンメリーとお菓子の明細で二時間は歓談に入れると思う」


 何故擁護するんだ長門。俺は文芸部室を飛び出し憤慨しながら職員室に向かう廊下で着いて来る長門にやたら視線を送るが俺達への気遣いはないのか。俺は心が寒いぞ長門。さぞや楽しいであろうのクリスマスパーティーを聞いて、この一瞬でも高まったハートが失意の底だ、せめて癒してくれないものか、なあ長門。

 横並びの長門は足を止め、まじまじと。


「キョン君、涼宮さんは健康そのもの、仮病で学校をお休みで無ければ家庭の事情に大いなる問題があると思われます。それを追求したら、いつもの世界の改変がうっかり進みクリスマスパーティーどころでは無いと推察は出来ます。会費の是非を追求するより、人類が歓喜すべきクリスマスシーズンをまず優先し、後程涼宮さんが学校に出て来てからその経緯を口頭で聞くのが、キョン君の望むべき代替えパーティーであり或いは間に合えあえばのクリスマスパーティーそのものであると言い切ります」


 長門の口元が微かに上がった。長門も長門でクリスマスパーティーを楽しみにしていたのかと俺はただ察した。それならば尚更散財したハルヒの家に乗り込んで集めた会費8000円の幾ばくかでも巻き上げねばならない。そうやるよ俺は、昭和のヤクザ映画でチンピラの借金の取り立ては見ている。俺はアレンジして暴力は一切無しに、女性を嫋やかに言葉で捲し立てれば良いのだろう。ハルヒ、金が無いのなら大人の風呂に沈めて上げますよ。いや女子高生にそれは無い、うっかり興奮して口を滑らせても、ハルヒはそれを上回る常套文句を言い放つだろう。結局負けてるじゃないか。そもそもだ。SOS団主要メンバーの長門・朝比奈さん・古泉の談話が過ぎる。


「涼宮ハルヒの実家はあらゆるアドレスから抹消されており、私は伺い知れません」

「涼宮さんのお家は禁則事項です」

「キョン君、機関ではハルヒさんの直視は禁止されています。何より本人の口から言えないのは何かご事情があるのでしょう」


 そもそも、ハルヒは何処に住んでいるか謎だ。水くさい。それをハルヒの地元でクリスマス集会を行うと言うが、改めて考えると俺達はハルヒとやや融和しつつあるのだろうか。しかしSOS団の談話を伺う限りの素っ気無さは何だ。いや実際のところは皆がそこまで深入りしたく無いのが信条での今日なのか。だが俺は皆が笑顔になるであろうのSOS団のクリスマスパーティーの為に頑張ってみる。その為にこの廊下を進み職員室を潜っては、岡部先生にハルヒの見舞いに行きたいので実家の住所を教えて下さいと聞けばあとはトントンだろ。

 いや実はそこが気にかかる。俺は学校が気になって退院のその日の午後登校だったのだが。谷口曰く、朝礼で岡部先生が唇を震わしながら、涼宮ハルヒは冬風邪で欠席だで足早に戻っては、何故か一限から七限迄自習と相成ったそうだ。それもうちの1年5組だけかと思いきや、全学年全クラスが自習らしく。各先生宣わくクリスマス前だで口裏合わせた様に手短に職員室に戻って行ったとか。退院から駆け付けてこれはだが、北高の学風はまあクリスマスだしなと、自習三割にいつもの手紙回し七割でそことなくクリスマスの雰囲気作りに入る。

 そして今辿り着いたのが職員室前。重要会議中立ち入り禁止の大きな真っ赤なコーン標識が俺達を塞ぐ。テストの採点でも無いのにいつ迄立ち入り禁止なんだで、ただ途方に暮れるが。そこは長門なのだ。



「県立高校が公費を存分に使っておきながら、一日中会議しているのは公僕の風上に置けません。キョン君入りますよ」


 長門は実に頼もしい。大きく豪快に開けた職員室の扉を開けるも、誰も俺達を振り返る事無く、一様に目が血走りながら机のかなり分厚いマニュアルを読み進めている。この殺伐さは何事なのだ。いや俺は小さい声から徐々に声を大きくして岡部先生を手招いた。すっかり怒られると思いきや岡部先生は得心しては。


「まあ、お前らなら気付くのも道理だよな、この通り涼宮ハルヒの稀にあるお隠れでこの有り様だ。おっとこれは言うなよ、表向きは冬風邪だから、事を荒立てるな。良いか警察に失踪したとかも通報するなよ。これは丁寧に対処しないとこれまでの9事案も明るみになって収拾が付かなくなるからな」


 言葉を無くす俺達。涼宮ハルヒの失踪癖はここまで世間を騒がすものなのか。流石は、いやどうしてもの涼宮ハルヒなのか。

 そこに何故か緊迫をもたらす職員室のIP電話が鳴り響く。先生達が目配せしては、岡部先生がのどを鳴らしながら受話器を取る。


「おお、おお、涼宮か、涼宮なんだな、元気か、いや何処にいる、場所を教えろ、いや拐かしだったら拗れる、それとなく囁け、そっちは大丈夫って。それよりキョンを出せって、ああ分かった丁度いるから変わるな」


 俺は文脈を読みながらも呆れ果てては岡部先生から渡された受話器を握る。お前は高校生になっても拐かされるなんて、どう嗾しかけたんだ。ここは兎に角場所を聞き出しての救出なのかで、ぐっと飲み込む。ハルヒはただ弱々しい声で。


「助けて、キョン」の声と強烈なパルス音で短く切れた。


 思わず耳が痛くて受話器を放り投げてしまった。岡部先生は受話器を取り上げては不通になった向こう側に、涼宮は何処にいるとと金切り声で叫び、職員室がざわめき始め困惑の様子に入る。何がどうしてものいつもの難解な展開に入るものだ。ここはハルヒですから落ち着いて下さいを言おうとも思ったが、その時長門が俺の制服の右肘裾を掴みながらどんどん職員室奥に進んでゆく。どうした長門も辿り着いた一角は、管理者以外操作禁止卓上札の上がってるPCの前だ。


「これはIP電話の管理サーバー。今の涼宮さんの着信番号を調べます」


 だから長門、管理者以外操作禁止も一向に手を緩めず、野放図なノンログインノンパスワードのIP電話の管理サーバーでも初めて操作している筈なのにIP電話のホストアプリケーションを高速で展開してはたどり着く端末の着信番号。いや着信番号の桁である筈の番号が常軌を逸している。一体何のバグなんだ。それを高速でスクロールしては長門が淡々と。


「着信番号は14641桁の素数です、電話を掛けてみます」


 長門は懐から出した携帯を右手で隠しながら高速タイピングに入る。そう辛うじて右の五指は見える、多分これは俺が目眩しない様にの最大配慮なのだろうが、その14641桁の素数とやらを高速スクロールで記憶出来るものなのか、いやしているのだよ長門は。いや待てよ仮にも拐かされているハルヒに携帯で電話を掛けたら、そのあれだ警察の誘拐犯対策に支障をきたさないものでは無いか。いや先生達は分厚いマニュアルを読んで対処しても、見知らぬ強面の刑事さん達はいないのだから、どう言う勢力が今動いていると言うのだ。と3分も逡巡しないうちに長門が振り向く。


「通話します。涼宮さん出てくれません」


 おい長門、その囁きと同時に既に発信してるじゃ無いか。いや待てそのやたら長ったらしい14641桁の素数の電話番号宛に繋がるものなのか、何処の国の電話番号なんだよ。ペンタゴンかクレムリンなのかよ。いやハルヒは昨日俺の退院迄付き添って、帰宅した後もキャンキャンと電話をくれたから、時系列を読み解くと、今日の登校時に拐かされただろうからどうしても国内に違いないだろうが。いや失礼隣に宇宙人がいたからそう言う一般常識は一先ず置いておこう。


「再タイピングして電話をしようとしましたが、情報統合思念体から禁止されました」


 長門はの前に、情報統合思念体からも拒絶されるなんてどんな状態何だ、やはり宇宙にいるのか、ここは宇宙ステーションに探して貰わないと駄目なのか、そんな伝手は古泉の機関しかないのか。慌てて歩みを進めようとした時またも制服の右肘裾を引かれ。


「待って。涼宮さんは少なくてもこの宇宙と地球と時空に存在しません。情報統合思念体の議事録を読みましたが謎との開示です。私達及びSOS団付属組織では現段階で何れの対処も出来ません。キョン君、ここは冷静になりましょう」


 俺は安易に口に出してしまった。

「長門、ハルヒはあの世に行ってしまったのか」

「キョン君それは無い筈です。53秒呼び出しをしましたが、私の携帯履歴では0秒00コンマのままです。何かしらの閉鎖空間が派生したであろうと、私のコプロが現在確率18%です」


 翳された長門の赤い携帯は0秒00コンマの表示。横に居て確かに呼び出し音も漏れ聞こえた。まあ確かにこれでは先生方のマル秘涼宮ハルヒ対処マニュアルも分厚くなるか。その傍らで長門がIP電話の管理サーバーを既に手慣れた手付きで操作する。


「諸団体が抹消に走るかもしれませんので、高速複合機のプリンタに印刷出力を掛けました。順調にいけば30分で終わります」


 俺は今後も出会う事の無いその14641桁の素数に目眩を感じながらも、その待ち時間として才媛の各務原笙子校長と一緒にお茶の給仕に入る長門を見ては、まあこれがSOS団の日常なのかと妙な安堵に入ってしまった。

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