第7話 2003年12月25日 画帖山二合目公園

 午後15時30分を超えて。希望静夜教会から持ち場の明石沿岸クラムチャウダーブースに戻った頃には早くもクリスマスコンサートを終えた託詩さんがおり、いきなりショルダータックルを食らった。


「絢文さ、君の友好関係広いな。あいつ見た目少年の美少女が、国木田さんだっけその伝手辿ってのこっち、キョン君いますかって来たぞ。もう暫くで来るかなって言っておいたけど、ほらあそこ、ありゃこの先光るぞ、どうするよ絢文さ」


 その視線の先には、シルバーのMA1コートにピンクのビッグマフラーの、見た目少年もらしからぬお洒落な女子だった。今の名前はそう家庭事情があって佐々木美瑠だったよな。そして俺を見つけるや小さく手を振り受け渡し所に歩み寄って来る。


「おお、キョン君本当に生きてるじゃない、しかもボランティアなんてどうしたの君はさ、」

「佐々木は一言多いな、これはだな彼の世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団事SOS団の団員ならば絶対参加なんだよ。まあ思う所はあるが存分にこの画帖山のクリスマス集会に堪能している、佐々木はどうなんだよ、」

「ああ、クリスマス集会はタイミングが合えばの参加だけど、凄く良いよねこの雰囲気」

「まあまあ、絢文も美瑠も上の画帖山二合目公園に言って一息して来いって、絢文待ちなんて健気で泣けて来るよ、ほらこれ熱々の二つ、美味しく召し上がれ」


 結局知り合いかのお人の悪い託詩さんから明石沿岸クラムチャウダーブース二つの容器の入った中手提げ袋を優しく渡されては、逡巡するも。


「ああでも、自由時間2時間のうち1時間は使ってますし、今日はまだ何か有りそうですよね」

「そうか、自由時間2時間なんてタイムカードなんて無いんだから、その決め事なんてああそうですね位で良いんだよ、良いから行って来いって、このブースで立ち話しようにも目立つ君達が何事かで不用意な行列出来るだろ、さあ」とんと絢文の両肩を取っては反転させ背中を軽く押し出す。



 まあ佐々木はこんな見た目少年の美少女で、これまでも照れる間柄では無い。久し振りに会った事を互いに労いながら画帖山二合目公園への勾配のきつい采女石階段を上がっては辿り着く。画帖山二合目公園には多くのベンチが用意されており、家族友達恋人が謹製スープに満喫しながら、白い息を吐きながら談笑に花が咲く。

 俺達は写生にも持って来いの眺望の中腹の取り分け大阪湾を望めるベンチを探し当て、まだ小雪の気配も無く霜の降りていないベンチに座った。託詩さんから渡された明石沿岸クラムチャウダーブースのカップを取り出しては分けて、ただ舌鼓打ちながら中食に進む。


「ふむ、3年前のレシピより旨味が強く出てるね、これはこれかな」

「佐々木、画帖山常連なのかよ、そう言うの一言言ってくれよ、」

「それ言ったところで、キョン君は内陸の画帖山迄足を運ぶものなのかな、僕はそう言うの察しちゃうからね」


 まあ、それもそうだ。この寒空にお山でクリスマスあるよと言っても足取りはかなり重かった筈だ。だがしかし、思いの外来るとこの雰囲気は独特で、敬虔で無くてもクリスマスの雰囲気に浸れる。そしてただホクホクとスプーンは進み、ほぼ同じタイミングで完食し、佐々木と俺は満面の笑みでご馳走様を言った。

 俺はカップとスプーンを中手提げ袋に片付けては、佐々木にふと尋ねる。


「俺待ちとは、佐々木どうした。同窓会開くとかそれか、まだ1年も経ってないのに早く無いか」

「ああそれね、キョン君確かに死んだ筈だよね。背後から女子にかなり深く刺されてさ、それなのに何故生きてるの」

「美瑠何故、それを知ってる。それが現在の時間軸上では俺達以外知らない筈だ」

「ふふん、キョン君は私の予知夢知ってる筈でしょう。一回救ってるよね、冬の小雪まじりの下校時に松泊中学校の正門前のセブンイレブンに寄るとダンプカーに押し潰されて死ぬよって。まあ現実ではその時間は然る筋の指導のメンテナンスタイムに入って死傷者ゼロだったのだけどね」


 そう知ってる。現佐々木美瑠はたまに不思議な事を言い出すが、8割の確率で当たる。佐々木曰く全て当ててるらしいが、その然る筋の手回しで回避されてるらしい。まあ思春期の霊感ならままあるで俺は何と無く流していた。

 だが、俺が死んだ事は宇宙人と未来人の共同仕事で回避された筈なのに、何故それを知り得るのだ。まあ佐々木は賢いし予知夢も見るから、俺は北高に進んでからのハルヒを巡るSOS団の具と概略を挟みながら消失事件とハルヒ誘拐事件迄を30分位淡々と語ってみた。

 佐々木曰く。


「あれだね、涼宮ハルヒの超常神は、消失事件を起こした長門さんに上手くオーサライズされて、ハルヒがいなくても成立する世界になったって事だよ。つまり2003年12月18日に全並行次元で革新とは、ハルヒに纏っていた創造と存在と概念が分枝されて、あるべき姿に返った事で良いんじゃないかな。私としては長門さんが望むままの世界で良かったと思うけど、キョン君の正義感ならそう簡単に許容出来ないものかな。素直じゃ無いなキョン君はさ」


 待て、俺の簡単な説明だけで、古泉も長門も朝比奈さん等が答えを出せなかった事をこうもスラッと言えるものなのか。あの国木田が嫉妬を覚える程の佐々木の頭脳明晰さとは超常物理学をもカテゴライズ出来るものか。

 俺は問う。


「その説では受領し難いな、ハルヒがいてこそのこの世界なんだろ、俺達はあるべき姿に戻したのだが、何か間違ってるのか」

「色々前提が異なるね、既に超常神の創造と存在と概念が分枝は終えており、通説のハルヒの存在を戻したところで変革は変わらないよ。現にハルヒが存在たりえないこのNo.21新珠次元の時間軸は次元の闇に沈む事なく存在した。これを一次解とするならば、存在は誰かに分枝されたって事。ここからは信じ難いお話をするけど良いかな。ハルヒが完全消失しない事で創造は未だに彼女に残ってる筈だよ。分枝された概念は長門さんも過るけど現状伺うとそれは誰か不明かな。そして分枝された存在なのだけど、ここがかなり大事、良い、その分枝された存在はキョン君あなたなのよ、弩級五号さんは恐らく端折って帰っていたと思うけど全2578次元にキョン君はキョン君として完全存在としている筈なのよ。ここ難しいよね、敢えて例えるならば主に仕える身分、つまり御神体なのよ。更に言えば死ぬに死ぬ無い生業そのもの。何故そうなったかは件の使徒長門さんの願い、いえそのメカニズムはハルヒを体良く解析再構築する筈が願いが乗り過ぎてアンエラーを起こし近親者に拡散してしまったと思ったのが自然かな。だからね、キョン君は自分を救おうと再び時間遡行しようとしてるけど、無駄無駄だよ、放っておいても自らナイフを抜いても立ち上がれる程の凄い力を備わってる筈なのよね。そう考えると私の予知夢も全てが見通せないって事か、まあここは私も至らないよね」


 佐々木はか、俺の存在とやらは一先ず置くとして。この宇宙論に神学で解明を求めるなんて、この世界にそんな学者がいる筈も無い。一体どんな頭脳なんだよ佐々木は。

 そして俺はある仮説に思いが巡る、分枝された概念は誰か不明ではなく、隣の佐々木美瑠に宿ったのでは無いかと。

 その確証はある。あの通称エンドレスエイトの15532ループ目からやっと抜け出たか珈琲屋ドリームのガラスに張り付いて爆笑していたのは正しく佐々木美瑠であった。俺と古泉と長門と朝比奈さんは一瞬戦慄した。この15532ループ目にして佐々木が現れたのかが謎だった。俺が兎に角飛び出し佐々木に食らいついた。何故佐々木がここにいると。お買い物で惣菜の唐揚げを買いに来たけど予知夢通りの既視感だったから寄り道したら、うんざり顔の皆が揃っているんだものと。その時佐々木には一切の所属をマスキングしては軽く概略を話したがそんな白昼夢もあるよねとあの夏に軽く流され帰って行った。古泉と時々話し合うのだが、佐々木は何のトリガーなのかになるが、そこは予知夢能力者故にでどうしても落ち着く。ただその違和感は今確信に近づく。あの時佐々木美瑠の持つべき概念の一端が発揮され、ハルヒの忘れがちであったiPodのキーオプションを凌いでは正常化したのでは無いかと。この総括世界が如何なる形を持ってるか俺は佐々木に深く問うてみた。


「佐々木の考え方だったら、全並行次元の捉え方ってどうなる。俺達のこのやや平和な世界はNo.21新珠次元。次元探査局のお二人のいる高度技術のビッグバンがあったのはNo.105公光次元人。ハルヒが誘拐されて時間遡行が失敗して辿り着いたNo.307氷切次元は借りた【2001 No More War concert】のCDのブックレットを読んだら世界封建主義と強固な結託の末にクウェートの石油高度生成技術伸長望ましく新石油エネルギーを巡って延々戦争してる。こんな多様性のある全2578次元の概念を持つ者とは本当に存在するのか」

「そこね、全2578次元もあったら何事も有り得ると思うよ。このやや平和なNo.21新珠次元だって、仮にだけど世襲制封建主義がもっと長らく続いたらもっと学術の推敲が進んで技術のビッグバンはあった筈と思うよ 。それってSFのスチームパンクって言うだろうは無しね。その古からあるべき過程が成立してないとその超常神の片鱗であるハルヒの家系に繋がらないし、或いはその亜流としてもそう言う概念を持ってる方はいても何らおかしく無いって事。まあそれを持って古式の学術体系を持つ家系の方の然るべき方がこの全2578次元の概念をつかさどってるって事だね。それを持ってQ.E.D.としておくね」

「それでも聞くが、佐々木の中では、悲惨な戦争を承諾出来る事なのか」

「それは止む得ないよ、どの次元もそうだろうけど、仕掛けられた事を無かった事に出来る絶対法典なんて有りはしないよ、私なら傷の深さを覚えてるし、糧にして前に進むね。平和の深淵ってそんな感じじゃ無いかな」

「それは違うよ佐々木、どんな過ちを許し合えるのが人の繋がりだろ。ここは佐々木にも絶対分かって欲しい」

「はいはい、キョン君の正義感は重々承知してるから。私も成長に従って大人の仲間入りだろうから、許し合うは許容出来るかもね」

「流すな、佐々木、これは約束だ、絶対だ、どんな事されても許し合うんだよ、同級生からかっこつけるなって言われたら、俺達SOS団が乗り込んで仕切りなおしてやる、良いか、分かったな」ただ右手を差し出す。

 佐々木、差し出された右手を一握りしては

「そのお話は、限りなく遵守するよ、はい、お約束もしたから、お小言はここ迄にしようよ」


 この握手で、佐々木の与え続ける概念は全並行次元の平常化するか分からない。ただ俺はそれを深く望む。それはそうだ、【2001 No More War concert】のCDの分厚いブックレットの文面もそうだし、差し込まれた写真があまりにも酷すぎる。銃弾一発は打ち所の悪い限り以外死なない。その狩りの場とした中東では、確かな致命傷を求め続けた先に殺傷力の強いライフルと機関銃が右肩上がりに開発され続けると共に、防弾力の強い戦闘服も開発され続け、その無情さも何処かに吹き飛び、No.307氷切次元ではこの瞬間も延々戦争が続いている。閉ざされた闘争本能に目覚めた人には滅びしかないが、そこに報酬も生まれてる以上営みは続けられる。余りにも儚い。佐々木に必要なのは何か俺はただ巡らす。


「佐々木もここ迄的を得た答えを出せるならば、科学者になれよ、世界に羽ばたいてみせろよ」

「それもね、どうかなって。アルベルト・アインシュタインが存命なら、お継父さんに強請って弟子入りに飛ぶのだけどね。今の最高頭脳は理論物理学者スティーヴン・ウィリアム・ホーキング博士で特異点定理関連は確かに興味深いけど、何かミニマム過ぎて喧嘩しちゃうかなって。裸の特異点が存在しないなら誰かの受肉を経て存在してる可能性はあると思うよ。それって神学の領域なんだけど、どうしても認めてくれないだろうね。まあ満遍なく有る世界で生きてるのに、どうして無い向きで体系付けて行くんだろうね。学問とは本当難しいよ」


 全く、俺を存在と定義しておきながら、佐々木自らを概念に定義しないのは医者の不養生という奴なのか。それでも勧めては見るさ。


「ホーキング博士はケンブリッジ大学だろ、行ってみろよロンドンさ、文化発信基点だぞ」

「この僕にホーキング博士に嫌われても弟子になれって、酷いものだよキョン君は、その薄情さに泣けてくるよ。何よりロンドンのケンブリッジ大学でしょう。物価は高いし美味しいもの食べられないなら日本でも良いんじゃ無いかな。とは言え糸川英夫博士もお亡くなりだから人生の目標がね。どうしようかね。キョン君から頂いたお題目の多次元存在定理の研究で、ノーベル物理学賞なんて貰える筈もないし、どこの研究機関でも援助してくれる訳もないし、まあぼちぼち畿内で甘えちゃおうかなが僕のライフスタイルかな。そういうの良く無い、ねえ良いよね」

「やれやれだ」

「それは僕がやれやれだよ、こんなお題目、この普遍が続くなら10数世紀先でも証明出来ないのに、頑張れだなんて、まあやり甲斐はあるよ」



 話も一区切り付いて全平行次元の重大会議は終わった。俺は勾配のきつい采女石階段を下りながらも想いは巡る。いつもの討論で、男子と女子になりきれないのはこれが友情って事なのか。この後の佐々木は厳格な門限とかで帰り支度に入り一合目踊り場で別れる事になった。手を振って別れようも。


「キョン君、何か非常に面倒なお話になったね。明石沿岸クラムチャウダーと画帖山二合目公園でのデート以外無かった事にしようよ。そういうリセットも大切だよ」

「それが無難だな、そもそも佐々木が俺を存在と定義するから、複雑になったんだろ。各次元大変だろうが、そんなの世界に俺を含めた善人が溢れているんだから、きっと何とかなるさ。それで合ってるんだろ、佐々木はさ、」

「そうなのよ、へへ。キョン君、メリークリスマス」

「ああ、美瑠、メリークリスマス」


 佐々木は嬉々と麓への勾配のきつい階段を降りて行く。佐々木美瑠の後ろ姿は華奢な少年かの絵姿だ。せめてショートカットを伸ばせば整った輪郭も良い塩梅で隠れ女子の御姿になるというのに、そこをすっ飛ばしてデートなんて雰囲気も何もあったものじゃ無い。何となく声を張ってみた。


「なあ、美瑠。女の子っぽく、髪伸ばしてみろよ、」


 佐々木は下りながら振り返らずもせず、右拳を三度を振り上げては応えてみせる。その乗りは男子のそれで、やれやれなのか。



 午後16時25分。佐々木との談義は俺なりに捲ったつもりだったが、明石沿岸クラムチャウダーブースには鬼の形相の鶴屋紗矢香さんが構えていらっしゃる。察してしまうが、ここは敢えて思いの丈を存分に聞いた方が良いに決まってる。


「鶴屋チーフ、すいません、佐々木との久しぶりの再会でつい会話が弾んでしまいました。自由時間ほぼ一杯使ってしましたけど、ここからは一層頑張ります」

「絢文さん、殊勝な心掛けは素直に受け取りましょう。だがしかし忠告しましょう。一つ、佐々木美瑠さんあんな危険な少年女子の身なりにはどうしても油断してしますので、今後私の断りも無しに近づかない事。二つ、所謂デートタイムなアフェアは1時間に満たないので生涯カウントしません、即刻忘れる様に。最後三つ、私鶴屋紗矢香とのデート決行日迄は私だけを考え抜いて、未来設計を描く様に。以上、私は優しいにょろね、貞淑な私と目が合ったらめっさ目で会話出来る様に。そんなところにしておきましょう。キョン君、後の時間は追い上げで釜を移し替えたから、麓に降りて右30m進んだ涼宮第三洗車場に行って、兄者達と大鍋の洗浄に入るにょろよ。日没迄に出来る事はやって、明日の後片付けはさらっと少人数で終えたいにょろからね、さあ、もうちょいで暮れるから急いで急いで、」


 鶴屋さんにただ背中を急かされ、俺は采女石階段を急ぎ下っては、それらしき涼宮第三洗車場に駆けつけた。大鍋は既に2/3が洗浄され出遅れた感しか無かった。


「すいません、託詩さん、自由時間目一杯使い過ぎました」

「絢文、気にするな、佐々木美瑠の立ち位置から優しく気遣いする位が丁度良いって、ただ紗矢香にも気を遣う事になるのが厄介だけどな、まあそれも青春だって事さ、」


 俺は託詩さんから大鍋を洗うたわしをぽんと渡され隣に来るように促された。思いの外真水は冷たく、堪らず身がすくんでしまい、洗車場の一同に微笑まれた、次第に慣れるとさと。そして託詩さんの隣に招かれ雰囲気を察しては切り出した。


「託詩さん、美瑠って瞬く間に姓が変わりましたよね。中学1年一学期まで小寺姓、やや短期間の愛原姓、中学2年三学期には佐々木姓。それって家庭の事情にしても、何か深い事情があるのですよね。いざ本人に聞こうにも流石に聞けず、控え目性格が幸いでいてか何故かそっとされてるのですけど、俺は知るべきなのでしょうか」

「周りはそっとで良いが、絢文は知るべきだろうな。同世代の包む眼差しは人格形成に大いに役立つ。まず小寺姓時代だな、実父の小寺准山さんは寄合い出身で外務省ではほぼ国際情報局職員だった。それも阪神淡路大震災を契機に外務省を表向き辞して、震災復興の為に地元神戸に戻って貿易商:愛情貿易を営みその辣腕振りから主に中東地域からの果物輸出入の商いを広げていった。一見志しのある話なんだけど、そこは大きな思惑があって。外務省は国際情報局職員のままだったら万事の内定に動き難いから個人で動いてくれとの内示さ。その内示とは中東の過激派組織の動向を報告しろとさ、外局も片道切符の無茶振りも良い加減にしろよな。果たして柔和で語学堪能な小寺准山は重要な情報を外務省に送り続けた。しかしそれも2000年7月にカブール出張中に過激派の爆破テロを受けラウンドクルーザー諸共確かな骨一片すら残さず吹き飛び無残に死んだ。小寺准山さんは体術では誰にも引けを取らない強者だったが、迫撃砲一発で死ぬものかが身内と知り合い含めての無念だった。当時は何を知り得て狙われたかが謎だったが、2001年9月11日アメリカ同時多発テロ事件当日を経てこれだったのかと察した。霞が関では噂が舞ったが、多くの被害者を出した以上そこで話は終えてしまう。ただ終えてはならない重要な問題がある、残った遺族さ。畿内は保護プログラム地域だから安全ではあるものの、逆恨みを避け追跡出来ない関連性の無い愛原姓を名乗った。周囲へは聞けない理由で離婚かの説明を徹底し母親姓愛原吉野さんに戻ってほぼ日常かも、実際は外局がセキュリティを24時間体制に敷いた。ただそれも何時迄もにはしておけないだろう。寄合い筋が集って、家格が盤石な佐々木導照さんに再婚させた。そう映画監督佐々木導照さんの名前聞いた事あるだろう。東京では散々浮名を流してたけど都会には飽きたって神戸に戻ってきては美須磨フィルムコミッションを立ち上げて、復興後もここ迄出来ますと頑張って収録招致してはどっちが本性なのかはついの鉄板ネタだよな。ああ継父佐々木導照は至って真摯だから、美瑠は心配しなくて良いからな。そこだよ、感動長編映画『柘榴便り』見てないかな、あれって美瑠が実父小寺准山さんの愛情貿易時代の手伝い中に輸入した柘榴の仕分け作業に添えられた日本語の便りの【おいしく食べてください】を度々見つけた事を、佐々木導照さんが一次プロットにして膨らませては神戸テヘランの二都物語になってるんだよな。佐々木導照監督青春描けるのかで配給会社も感動して、来月のアカデミー賞外国語映画賞ノミネートに滑り込めそうがも見込みだし、そこの過程は大人の事情有り有りでさっぱりだけど、何か泣けるよな」


 託詩さんは涙を拭おうともせず、大鍋を洗い続ける。それは周りの皆も一緒だった。ただ啜り泣く音だけが夕方の空に溶け込んで行く。俺も当然泣くさ。『柘榴便り』のオープニングのクレジットタイトルが【世界中の愛すべき家族に送る】がそこまでの意味だったとは。

 9月の北高の映画会は『柘榴便り』だった。皆の期待は地元映画だからこそかで当然低かった。映画監督の佐々木導照監督は難解な純文学映画ばかりだし、高校生デビューの関西出身の主役百目鬼美鳥と準主役烏丸伊織は確かにフレッシュで清潔だけど演技は未知数なら止む得ない前評価だろう。それも開始早々『柘榴便り』に引き込まれる。神戸は勿論テヘランも突き抜けた青天で遠く離れていようとも確かな繋がりは見てとれた。世界はただ途切れる事なく繋がっている。物語も確か過ぎる程のロードムービーで、イランからの輸入柘榴の仕分けアルバイトに入った女子高生が日本語の便りの【おいしく食べてください】を何度も見つけ、確かに美味しいですしお客さんも美味しいですよも、伝える術がない為にカンパを募っては女子高校生二人と中年ツアーコンダクターがテヘランへに飛びのロードムービーは展開される。そして後半のテヘラン郊外の農園、イランの青年男子が代表しては世界中の多くの篤志によってこの農園は開設され運営されていると、世界中を巡る怨讐を飛び越え、この皆の思いが繋がれば私達はもっと強くなれるとの展開。全ての台詞が等身大で、その役者からでしか滲み出ない臨場感は映画の奥深さを大いに知る事になる。

 まあハルヒは、そのハルヒは上映中でも開く口を悉く塞いだが、壮大な大作を考えてる様で透かさず釘を存分に刺しておいた。これはきちんとお金を払ってそれ以上の感動を得られる映画だから、決してなぞるなよと言っておいた。言ったよあ奴は。ナイロビは止めておくとうっかり聞いてしまったが、まあ和歌山の白浜海岸がケニアのナイロビに模造化するのは回避出来た様で、それはうんざりを込めて何よりだ。

 その苦笑いを見て、託詩さんに察された。


「まあ絢文のその感じ、ハルにゃんだろうけどさ、感動を壮大なお笑いに持ってくのはあれだよな。今日あの後さ、絢文がど真面目に全宇宙全次元とか言うから気になってご当主に何でしょうねって直接聞いたよ、ふっつ、まあの所業だな、先日の昌道と別次元の俺との対決なんて、ベタな俺達ってそこまでまるで格好良くないからさ、本当頼むよ、由縁有りのもう一人の俺」不意に回りを見渡しては「もう洗浄も終わりか、何とか日没には間に合ったな。まあそんなこんなで美瑠に何か気にかかる事があったら直接俺の教えた携帯に電話くれ、内局に動いて貰うからさ」

「それなんですけど、美瑠は実父小寺准山さんのお亡くなりになった深い経緯を知ってるのですか」

「いや、小寺准山さんは外務省時代も愛情貿易時代も至って愉快なお父さんだから、何らかのテロに巻き込まれたの認識しかないよ、もし知るにしても全ての争いが終わってからの方が生存確率が高くなる、一組織の不文律はそんなものだ」

「大人、なんですね」

「それを設定してるのは団体さ、一度離れれば俺は俺だし、そう、ど真面目はここ迄にしよう。それとその絢文の誠意のある眼差しがあれば、俺達はどんな困難も越えられる。だからこそこの世界は正常に向かってるんだろ、頼むよ絢文」


 託詩さんは不意に手が伸ばしたつもりだろうが、垣間見得ても贖う事さえ出来ず抱き寄せられた。この方の引きに強さは、この間合いの感覚さえ吹き飛ばすと言う事か。これは勝てない、いやその妹の紗矢香さんにも呆気なく投げ飛ばされたのだから、この先どうしてもやれやれしか無いのか。


「ちょっと、そこまでよ」


 俺はその硬質も柔らかなトーンの女性の声と共に引き剥がされ、ハグ?されたのか。いやそうじゃ無い、全身が何かに捕らまって、上半身が軋み始めている、これは何だ、声を出そうにも白い吐く息がやっとだ。

 正面の託詩さんがただうんざりに。


「おい、サクラさ、手伝いに来るの遅いだろ、まあ麓もファミマが大繁盛なら察しもするか」

「そこは毎度、そこそこよ。炊き出しが極上ならお弁当もとんとんなんだけど、多めに取った献上品の在庫がバックヤードに溢れても完売よ。応援頼もうにもバイヤーさんが、ファミリーマートはデパートでは有りませんで最後は泣きのごめんなさいよ。来場の方もそこまで律儀じゃなくていいのにね。そうでしょうキョン君、こんなに忙しいのに、ボランティアに行くなんて白状よね、谷口君から聞いてないの、サクラさんのいるファミリーマートは大忙しで気の毒だよとか、ねえ、」

「い、いいえ」


 おい、谷口全く聞いてないぞ。それよりますます締まる。背後の頭二つ上のモデル体系の推定本宮サクラさんであろうの方は、接客業故の仄かなソープの香りはするが完全な武闘家の締めだ。俺は咄嗟に体育の授業で教わった護身術で締め付けてるその両腕に肘の関節をねじ込もうとしたが、サクラさんは上過ぎた。俺の右足を回り絡ませ更に締め付けては、早くも太腿の筋肉の感覚が薄れゆく。強過ぎる。俺は半目になっても何とか託詩さんに視線を送ってるが届いているのだろうか。

 サクラさんは尚も饒舌に語る。


「良い、キョン君、来年のクリスマスシーズンは絶対麓のファミリーマートに来る事。ふん、横槍が入る前に帰りがけにファミリーマート画帖山麓店に絶対に寄って履歴書を置いて行きなさい。写真はお店の前に証明写真のボックスがあるからそれね。認印も店内に珍しい八丈姓は何かあるかと思って販売してるから宜しくね。分かったわね。条件は朝9時から夕方18時迄の休憩2時間の時給870円の好条件、嫌とは言わせないわよ。そう望むならAll season welcomeよ、もっとも繁忙期以外時給は720円になっちゃうけど、福利厚生は抜群に用意するからいつでも気軽に声を掛けて頂戴。と言うべきか、あれ以来お店に寄りもしないのは、何か不手際があったかしら、ねえキョン君、ってば、」

「落ちま、す、」

「そこ迄だ、サクラ。絢文も素人にしては頑丈な方だな、週末の朝練に来るか」

「まあ身体には刻ませたわ、良しとするわね」


 やっと呼吸が出来る。と言うか何を持ってガチの絞め技に入ったか、そこまで麓は凄い事になってるのか。と言うべきかサクラさんには俺の骨の軋む音迄聞こえたのに容赦無しか、いや最上クラスの猛禽類の戯れとはこう言うものかも知れない。だが、絞め技は解放されたがサクラさんのハグは続く。俺の人生史上熱い抱擁なのだが、女性としてのしなやかさはあるものの引き締まった筋肉はいやはやのアスリートで照れも何も来ない。でも言ってはみた。


「サクラさん、照れますから離れて下さい、皆見てますから」

「そう、私帰国子女だから、そう言う日本の一般風習は疎いの。それに今日はクリスマスでしょう、互いの距離はより近く、心の灯りを見つめるべきと思わない、そうよね」


 皆の爆笑は果てしなくも嗜めるのは皆無だ。そもそもクリスマスとはを語ろうにも百科事典の文言位しか浮かばない。そうしてる間にも、サクラさんは俺の頭部を頬ずりしては健康的な白い吐息が近くに浮かぶ。漸く台詞が浮かんだのは、もう日が暮れ切りますし、この先の夜の時間は恋人タイムですよ、誤解されますよも。まあ通じる訳もないだろうし。きっと託詩さんもそこまでと言うだろうから、暫し包まれた体温を感じるしか無いのか。この外気の寒さではどうしても雪になるかなと、不意に空を見上げてみた。雪はまだ先の様だ。



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