第8話 2003年12月25日 頂上采女石階段

 午後17時00分。涼宮第三洗車場の洗浄チームは大鍋二つを持ちながらきつい勾配の采女石階段を上がっていた時、希望静夜教会の鐘が高らかに鳴った。託詩さん曰く夕方のクリスマスミサでもうラストスパートに入ったと。追い込みでもっと忙しくなるかもな、お汁粉と特製スープはほぼほぼ18時の聖歌隊斉唱の頃には終わるから接客が多めになるからよろしく頼むとの事。どうしても緩やかなでない幕引きはやや想定はしていたが、どうしてもか。


 持ち寄った大鍋をバックヤードにおき、広場に戻るとお汁粉のブース半分とイタリアンパセリミネストローネのブースを除き、明石沿岸クラムチャウダーのブースとメークインカレースープのブースは無事完食した様だった。ご当主可憐さんと女中頭の畠山さんと各ブースチーフが集っては早いと適頃の声も聞こてきたが乗り切りましょうの円陣で円満に解散していった。

 空いたブースには既に焙じ茶のコップが並び始め。熱々の焙じ茶の入った大釜から焙じ茶のこし容器へと、そこから汲める大型魔法瓶に分けては、大型魔法瓶を各机に置くのを手伝いに入った。


 時間は午後17時30分辺り。ここから18時00の聖歌隊斉唱後クリスマス集会は終了するとあって、最後の組み班へと入った。聖歌隊斉唱参加するメンバーはここから抜け、託詩さん里歌さんハルヒのボーカルメンバーは希望静夜教会へと入って行った。

 俺はお手隙になり始めた下拵え班と合流し、焙じ茶のブースに入る事になった。ここでのメンバーは3人、俺と、久し振りと言うか朝会ったきりで長すぎる程のインターバル後の顔色一つ変えやしない長門と、自ら最後の奮起を醸し出す女中頭補佐の20代後半の尼子史代さんの爽やかメンバー。

 まあ尼子さんの話は切であったり。


「もうね、今日の下拵えはそれでも頑張った方なのよ。ご当主からは昨今の世の中は下暗く、特に今年は無情なイラク戦争があったので、来場者は一際な事になるでしょうから準備はくれぐれも万全にお願いしますと言われて。全蔵を解放し妹の莉緒達のフォークリフトでせっせと下しては、頑張って累計4000人分が作ったというのに、ここで半分のブース閉じて焙じ茶配布なのよね。焙じ茶は聖歌隊斉唱を終えて喉を潤し下さいのおもてなしなのに、遥々とお身体を温め下さいなんて、まあよね。通年は夕食時と重なるから食するのは会社帰りの勤め人の方位しかいないから、ちょっと余っちゃったかなで小分けして冷凍保存にしちゃうのだけど、この勢いなら聖歌隊斉唱前に終えちゃうかな」

「でも、大鍋から振り分けた鍋はあるのですよね」

「それも凌げるかなの感触ね。聖歌隊斉唱前はクライマックスだから、信徒ならば最後でも駆けつけようかで結構登って来ちゃうのよ。そうキョン君も長門さんも初参加だったらは、もうちょっとで全部分かるわ」

「聖歌隊斉唱前は最高のクライマックスらしい、女中さん達が口を揃えて言ってた」

「長門が世間話を採用するとは珍しいな」

「下拵えで一日中一緒に働き通した仲は、この場での引用は適切で無いもの戦場での信用に値する」


 長門は堅いなと思いつつ、3000人を超えて4000人を賄ったのだから調理班の結束はさぞや固いものだろう。だがフロント迄にヘルプが来なかったのは何故なのだ。不意に。


「史代さん、さり気無なくオーバーフローになって気が付かなくて申し訳有りませんけど、まさか、」

「そう長門さんよ、八面六臂とはそれを言うのね、次第に目分量そのままに同じ食感に一次味付けするのだから、もうどこぞののホテルの厨房に紹介してあげたいわ。と、その前になんだけど、ねえどうなの長門さん」

「私の任期期間を含めて現在評議中、先々の進路に関しては涼宮さんの挙動で浮動の一途なので、結論は出せません」

「もう長門さんも、今やの仲なのに堅っ苦しいわね。ハルヒお嬢様は八分八分八分摂津敬虔大学なのよ、今摂津敬虔大学に進学出来る目ぼしいお付きの人材は手薄なのよ。寄合いから人材を募ろうにも過去三度失敗してど偉い突き上げ食らってはの。まあSOS団の皆は存分に骨の髄まで沁み入ってるでしょうから、そう言う事ね。そうなると選択肢は長門さんがベストでしょう。一人で高いマンションに借りて住んでる位なら、今から画帖山御殿に住み込みの諸経費ろはで働いては、ハルヒお嬢様のお付きになって貰えないかしら。勿論女中総一同でご当主に進言して長門さんの奨学金も引き出して貰えるにするからどうかしら。ここは私達の真心として受け取って欲しいわ」

「真心は承認した。しかしお付きの候補者は評議会の調査上では今現在女子で7人おり、適正度は涼宮さんの今後の将来設計を鑑みて推移しなければならない。私は一候補から私の一存で抜け出る訳には行かない」

「ほら、長門の真面目も程々にしろ。今日一日でここ迄画帖山御殿選り抜きの女中さん達から気に入られてのだから、ここは仮返事で良いからハイと言っておけ、頼む、画帖山御殿で寝食共にしてハルヒを一日でも早く真面目に仕上げてくれ」

「そうそう、キョン君の勧めるままに仮返事もokよ、北高に通ってる期間でも良いから、画帖山御殿に引っ越して来なさいよ。物事にはお試し期間が必要なのだから」

「それは出来ない。現美浜マンションはプレアデス3型恒星間光速輸送艦アレイシスワンセブンの一部で有り、231の日常オペレーションの任を放棄する事は固く禁じられている。但し交代要員の要請は行い現在稟議中。画帖山御殿の協力要請にはくれぐれも留意されるフラグメントが先々想定されるので、総点検で12,351のエミュレーションを都合3度目のリピート中。しかし、ここでの対応は微笑んでおきます」


 長門の口角は微かに上がった、これは見ても良い笑顔なのか、いや良いのだ。違うその前に色々聞いてはいけない事を話して、長門は今日一日一体どう言う会話してきたか、戦慄せざる得ない。


「ああ、これはですね史代さん。長門は本大好きの文芸部員でして、こう言うジョークが00年代の文壇の流れなんですよ。SOS団なら通じるんですけど、さらっと行きましょう、そうですよね」

「もうキョン君大丈夫、今日一日長門さんで大爆笑だから。それにこう言うのはルイで一門が散々慣れてるから、今更よ。そうそれを踏まえてもこちらの女中棟は全然御構い無しだから。だから長門さん、引っ越しが決まったらいつでも言ってね、女中さんと書生さん達をどんと送り込んでパパッと手伝い終えちゃうから」


 パパッも長門のマンションの荷物は本当少ないから、軽トラ一台でもすかすかなのだが。逆に怪しまれると行けないので、ここは鶴屋さん経由で棚に出せないアメカジ30着程こそっと貰い受けて、長門のマンションに置くべきかもしれない。もっともハルヒ正式のお付きに決まればなのだが。いや意外とアメカジ似合うんじゃないか長門よ。

 あと何気にルイさんがすらっと話に現れたがこれはと。


「あの史代さん、ルイって、風雅彩色美術館館長天宮ルイさんの事でしょうか」

「そうDDD団の団長よ」

「それ、SOS団みたいですよね、」

「ああ、その昔ハルヒお嬢様がDDD団の結党聞いては目を輝かせ、高校に入ったら団長になるって普段から言ってたから、それはそれで良いんじゃないかしら」

「あ奴はか、いやDDD団の綴りって何だろう、」

「年代から推察するに、ベンチャーズの楽曲Dance, Dance, Danceではなく、シックの楽曲Dance, Dance, Dance、若しくは村上春樹の長編小説ダンス・ダンス・ダンスが適合かと思われます」

「さすが長門さん、ダンスダンスダンス団はシックの音響派か村上春樹の文芸派に分かれるけど。成り立ちから行くと、ミッションスクールの海浜新鎧学院の戒律が厳しくて、どうしても篤志がダンス甲子園やりたいの嘆願受けて、学園祭でDDD団名義で演劇同好会でエントリーして篤志がメドレーダンス決行したら盛り上がっちゃって、それはもう学院長は怒り心頭になるも、映画ブレイクダンステイストのミュージカルテイストですが何か問題有りますか青春活劇ですねって、団長ルイが押し切っちゃうものなのよ。まんそんな感じよねルイの普段の成りは。それで何で話に入って来ないのルイは」


 夜間照明は足元を隈なく照らすも、いつの間にか、黒のハイブランドコートの長身健康美人の天宮ルイさんがブース前に立っていた。いつも不思議に思えるのだけど、ルイさんは空気に溶け込める只ならぬ気配持ってるよなになる。飛び抜けた美術館の学芸員とは一切の気配を消せるものなのだろうか。


「そうね。その前に挨拶ね、皆さん遅くまでご苦労様です。ほら私達DDD団の、天宮ルイ/鶴屋託詩/本宮サクラ/レイジ・タリスマン/尼子史代の鮮烈メンバーは頼まれると拒めないでしょう。まあ結果皆の熱い青春の汗でミュージカルDDD1991は成功して、父兄の互助もあって終演後もお咎め無しで押し切っちゃったのだけど、それもどうよねなのよ。毎年切れる事なくミュージカルDDDイヤーズが続いちゃって、ここ史代のプロットの先見の明が有り過ぎて新作出来ないのもね。そうよ、言ってるでしょう史代、今度こそ海浜新鎧学院に行ってワークショップ開いてきなさいよ」

「ルイも、そう言うブレイクスルーは何れでしょう。生徒さん達の心根から湧き上がってこその一芸術作品じゃないのかしら、そうでしょう」


 流すに流せないDDD団のゴールデンメンバー。全員知ってるけど、当時この面子が束になったら、いや今でも竦んでしまう。本能で後退りしようかしたその時、またもの既視感。何かに右腕をがっつり掴まれて引き寄せられた。そしてもう右頬と右頬が重なっていた。このサクラの香りはルイさん。望まずもチークキスされた。ここいら画帖山一帯は余りにもフレンドリー過ぎじゃないのか。


「メリークリスマス、キョン君。でも私達から逃げたら追うわよ」


 愛情か脅迫かが合い混じって、そのまま左頬と左頬も合わされチークキスされた。俺は溜まらず両頬を撫でて輪郭を溜まらず確かめるがきっと不細工な顔だったに違いない。底抜けのあ奴の破顔そのままのルイさんが大爆笑する。

 史代さんが堪らず片眉上げては。


「もう、ルイ、ほら焙じ茶よ。親愛のチークキスでも高校生に挑発的な行動はしないの、分かってるの」

「史代、分かってる分かってる」熱い焙じ茶を飲みながら、熱い息が宵に広がる。

「親愛である以上、このチークキスはキョン君においてはカウントされない」

「そう、長門さんの言う通り。ほら、ブロンズのフェアレディZ Z33で折角駆けつけたなら、聖歌隊斉唱に早く加わりなさいよ。遅いとこの後の宴でルイはの一斉射撃になるわよ」

「そうね、そろそろ行かないと。じゃあねキョン君、宴でゆっくりとね」


 ルイさんが空いたコップを置いては、希望静夜教会へと足早に入っていった。ここから徐々に広場に信徒が増えてはの繁忙で、史代さんとは途切れ途切れの会話になるも、その表情は綻びが浮かぶ。


「……ああ、一門のルイとサクラの様付け無しは主従と言うより、中学高校大学でのお付きと見張り込みでも大切な同級生だからと、この時代ではそうしなさいのご当主の意向なのよ。でも式典が絡むと律して間合いを引き締めないとね」


「……この後の宴は、ああ勿論クリスマス集会の大成功の労いよね。ご当主がいるから、さすがに無礼講は無しだけどね。ただね、吟醸酒の品評会も兼ねるから大酒飲みはそのまま大広間に朝まで雑魚寝して、もう見た目不恰好な訳よ。それでもよね、酔い潰れた方々は駆けつけた車はそのままに朝早く徒歩通勤、どの意味でもタフよね」


「……ルイの“逃げたら追うわよ”が言葉とは裏腹に引っ掛かるも、それはそうよ。一昨日のあの双肩の大決闘を経てと、キョン君の衝撃の先々を思い描いてとで、ご当主の下知が下りたわ。キョン君の花嫁候補は鶴屋家に一任しますって。ご当主のご気性としては皆かなりの驚きだけど。ハルヒお嬢様は暗い顔でそうに。サクラは顔を横にしてふぁいって、はいとは言ってないけど流されて。ルイは噛みついて、一回り年下だけど絢文は芯のある逸材だって。そこから御曹司は婚約間近なのにルイも早く嫁入り準備しなさいで、どうしてもご当主のスイッチが入って皆まとめて説教受けては、それはそうですとうんざりになる訳なのよ。ハルヒお嬢様がちょっと意外よね、思春期真っ盛りの筈なのに素直なんて、キョン君ここ気をつけてね」


 ご当主の配慮余りある下知で、俺は今日だけで幾度かの生命の危険を危ぶんだ。サクラさんもルイさんも絡んで来ては相当強い。託詩さんは勿論の事。バイト先で先に会ったレイジさんの上背筋肉は並々ならずに。そして史代さんもきっちりタフな事だろう、下拵えから一向に疲れが見えない事から、レンジャー相当なのかなが過ぎる。そんなSOS団の前身たるDDD団の方々とは別に、SOS団もある意味では常識の範疇を大きく超えて強かろうも自由に能力を発現出来る術もないので、ハルヒに何事かの再びの際も守り切れるものだろうか。と言うべきかハルヒも一見物分かり良い様にしているが、ストレスが溜まっては何をしでかすか戦々恐々だ。年末年始の冬の山荘合宿は死を覚悟すべきかもしれない。つくづくあ奴は。

 そんな逡巡も希望静夜教会の扉が大きく開かれ、いよいよ聖歌隊斉唱が心地よく聞こえて来る。既に午後18時00分を回りラストスパート。ここ迄山しかなかったが、今日の全てを思い起こすにはベッドに深く沈んでは改めて思い起こすしかないか、きっと良い夢を見れるさ。それも人間として生きて行く為の深い繋がりには違いない。その心地良い夢を見る前に、何となく皆の顔を見たい、安易に思い出に置く前に皆の笑顔を見たい。そんな思いが清らかな少年少女達多めの聖歌隊の優しい声で大きく促されて行く。


 ・Christmas Carol - Gloria


 クリスマスソングは定番も沁み入るファーストナンバー。少年少女達が多めなのに英語なのかと感心しては。史代さんが具に礼拝の賛美歌は高山司祭の特に熱心だからよと。


 ・Musical Annie - Tomorrow


 二曲目にして少年少女達の等身大と言うべきか、展開はゴスペルの抑揚で大いに唱われる。ソロフレーズからのサビは2拍4拍の柔らかいハンドクラップが大いに響き、希望聖夜教会の内も外の観衆も勝手知ったる如く一緒にハンドクラップを打ち鳴らす。俺も長門も自然にハンドクラップを鳴らしては一体感に浸る。エンディング終えては、観衆の拍手が忽ち広がって行く。


 ・Beethoven - Symphony No. 9 Ode to Joy


 拍手が途切れたと見るや、三曲目は師走の定番中の定番の第九がオーケストラパートを成人のコーラスで響かせる。続く正典そのままにソロパートを少年少女が正確な発音のドイツ語でリードする。余りにもハードルの高過ぎる展開に唖然とするが。史代さん曰くミニピットもパイプオルガンも結局は形無しになちゃうのよね、そもそもこのファーストアレンジと指揮は各務原笙子校長なんだけどご存知よねと。まさか各務原校長とはも、まあ確かに合唱があんまりの時にはリテイクでその場でピアノに噛り付いてはご指導受けますよ。非常にあり得る自然な展開だ。そして佳境が来た、明らかに各務原校長が教会内全員に指揮棒振ったのだろ、その音場たるはまあフルオーケストラでも叩きのめされるかは確かな聴感だ。史代さんがそうでしょうと微笑むも間も。尚も連なり参加する合唱の波状は止まず、世界中の兄弟姉妹も振り向かざる得ないだろう。そしてエンディングはオーケストラパートが本来受け持つ箇所を成人のコーラスが受け持つ豪快さで閉じられた。そして透かさずのブラボーの声援が希望聖夜教会の内からも外からも木霊して行く。


 さて聖歌隊斉唱と言う、なんてファイナルを隠し持つんだよ、画帖山本山に一帯の方々による画帖山のクリスマス集会は。これをいっそオリックスブルーウェーブのホーム神戸総合運動公園野球場で行うべきで無いかとぽつり呟くも。史代さんがやや困惑しつつ。


「それ、浮ついて調子に乗ったハルヒお嬢様が復興の為にスタジアムコンサートやろうもね。一瞬でご当主の長鞭がしなったわ。ご当主はそれはもうえらい剣幕で大阪城ホールに対抗するのは無礼千万、希望聖夜教会で培ってきた伝統と真心を何も汲まずに疎かにするのは匹夫の勇であると。それは今も感慨に浸ってごもっともにもなるでしょう、万事は余りにおもねてしまっては本質が瓦解するものよ。そう思わない、キョン君」


 確かに、この聖歌隊斉唱のクオリティそのままに、人足を投じて音量は伸びようが、この意気は果たして通じるものか。大ホール果ては大阪ドームに辿り付き、世界的な指揮者と最大オーケストラが合流しても困難であろうと。史代さんには真心そのままにごもっともですと返した。

 不意にの右肘の袖が引かれた。長門がまじまじと言う。

「お汁粉も完売した。焙じ茶に信徒が流れてくるから、キョン君手はお留守にしないで」


 確かにそこからの信徒達との配膳は引っ切り無しになり、ご苦労様でしたに寒いけど頑張っての互いの慰労に入る。ここは上辺、いや朝からボランティアに参加したけど、何れも心の内から湧き出た言葉であり。どうしても浮かんでしまう俺の他人顔が出てないか頰をつい撫でてしまう。具に史代さんから軽いグーパンチが入りじゃれ合う。


「キョン君、何もついてないわよ。そんなに撫でてもそれ以上の笑顔にならないから」


 成る程、今日の俺はご機嫌の部類に入るらしい。ただ明日以降も聖人君主に近付こうなんて、ここから幾ばくかは契機にして見たいものだが。それもか、ハルヒとかSOS団とかで振り回され見事な突っ込み役をより演じる羽目になるので、生きて行く為の術とは不条理がどうしても付きまとう様だ。


 そして午後19時00分。クリスマス集会の閉会を告げる鐘が鳴り響き、皆々から自然と大成功を讃える拍手が連なって行った。隣の長門が余りにじっと見つめるので何かと考えたが、ああこれかと両手でハイタッチを交わした。宇宙人でも一定の成果確認はしたいのは、いや今日はクリスマスだからそう言う前置きは一切無しにする。


 希望聖夜教会の閉会の鐘を持って、名残惜しそうもそこは毎年の事なのか30分も掛からずに信徒は画帖山を降りて行った。ボランティアの片付けは、明日に多田一門と鶴屋家の面子で本片付けするから整理整頓に徹してと史代さんがきびきびと動く。何故かも丁寧に付け加えられた。


「キョン君達は未成年だからあれだけど、ここからが宴の真髄なのよ。表向きクリスマス集会の労いの会も、もう一つは正月饗応の為の灘五郷:西郷/御影郷/魚崎郷/西宮郷/今津郷の新酒の品評会な訳なのよ。まあ日本酒を浴びる程飲むのだけど、最近はお上品なのか正月迄升樽が残ってたりして、まあ時代よね。日々はお洒落にワインとかそれは折々でもあるし。やだすっかり呑兵衛の集まりじゃない、実際そうなんだけどね。ああでもね、未成年は前半そこそこで解散だから、良いから見るだけ見て行きなさいよ。ええ、ああそうSOS団は海側の方達だから余り遅いのもよね。大丈夫、畠山さんと私でそことなく離席促すから、目配せ位の別れの挨拶で構わないわよ。ほら下戸の方だっているからそこは察するに余りあるから大丈夫、全部任せて」


 まあ宴と言う以上、時代劇のひょうげ者踊りが延々なのが武家なのかと思いつつ。古式正しい昭和のクリスマスとはそうであったのだろうし、それはそれで見て見たいがアルコール無しのハイテンションのあ奴ハルヒの挙動を垣間見ては目を細めてしまうのかが何か悪夢を見そうで、断固として早々に引き上げる事に決めた。


 午後20時00分。ご当主可憐さんの宴の宣誓とお話と主への礼拝も的頃に進み。俺達SOS団は、上席の鶴屋さん以外はさも帰り仕度しますよとばかりに末席の一番末に置かれた。配膳は和前菜五品も軽くも味わう程度にとどめ置かれ、相変わらずの旨さに舌鼓を打った。

 舞踊のトップバッターは鶴屋託詩さんと花房さんの花房昌道の双肩による穂先の無い短槍で御前試合かの重ねで皆が見惚れるままに時が過ぎようかだったが、畠山さんに横付けされては。皆が一点を凝視してるここで抜けられなかったらずっと引き取められちゃうからで、そろりとSOS団は末席を離れた。託詩さんと花房さんは気配を感じてる筈なのに視線を送ってこないのはただ痛み入ります。本当に。

 そして畠山さんと史代さんと莉緒さん達に謹製の菓子折りの入った風呂敷を渡されては、また来年も宜しくねと微笑まれた。だがしかしと、サクラさんのファミマの件を切り出したら畠山さんが事も無げに。履歴書位は出しても構わないわよ、どうせ最後はご当主が覆しちゃうのだから、何ら問題無し、まあ今から鍛えに鍛えてダブルヘッダーに備えるも有りは有りよねと。この来年の今日この頃に訪れる戦慄を覚えざるを得なかった。


 見送りはそのまま退出先駆けの手前簡素に行われた。

 俺達SOS団は、女子を送り届ける為に組み分けをした。谷口は地元だからで颯爽と引き上げ、女子力高い国木田も夜道は大丈夫かも上機嫌に引き上げ、残りは俺と長門と所用があるのでタッグ、大人朝比奈さんがまたも現れるやもの含みを残し古泉に今日だけは朝比奈さんを押し付けた。

 皆、均等に置かれた電子灯篭が煌々と灯った采女石階段を降りて行くのだが一向に長門が動く気配が無い。何か言いたげなのか心残りなのか推し量ねるので、そそっと聞いて見た。


「どうした長門、」

「既に降雪中、雪の結晶が視認出来るのは21秒後です」


 俺は、既に降ってる筈の雪の手掛かりを得ようと両手を大いに伸ばした。何かの粒に触れ確かに冷たい。そして間も無く、見惚れるかの雪がちらりと舞い降りて来た。ただそこは何とは無しに。


「ユキ、綺麗じゃ無いか、こう言うの風情っていうのか」

「キョン君、その定義がよく分からない」 

「俺に長門が好きな文学で示せる訳も、いや一しがない若き詩人の声を聞いてもらうか。この夜空は俺達の住むどうしても同じ世界の一部さ。そこを自然の摂理を持ってはらりと舞い降りる雪は、人間の魂ってこんな輝きかもな。それは切なくも聞こえるが、そう、この雪は何れ積もり雅な風景を紡ぎ出す、人間の営みって本来は側から眺めれば美しいものなのに、何故くすむんだろうな。まあ積もれば早々に消え失せないのも雪さ、俺達も斯くありたいか」

「大いに賛同する、ユキ、綺麗」


 何だろう、このクリスマススーパーラバーズ的な雰囲気は。ここからは鶴屋さんの格言たる三つの忠告ごめんなさいになるのかなも過ぎったが、長門は宇宙人なのだよな。長門の生命及び人体の基礎構造がどうなってるか知りたくも無いが、受肉している以上、地球人類のそれでもあるし。実は消失事件のあの愛くるしい長門は片隅にでもそのままになってないのだろうか。そこは本人に聞いたところで医学専門用語の羅列で、この雰囲気を損なうので止めておく。このままでは途切れっぱなしになるので紡いだ。


「そう、ファミリーマート画帖山麓店に一緒に寄るのは面倒掛けてしまうな、今日完璧な履歴書出さないとサクラさんに後でどやされるからな。いやその前に絞め技で最低でも5回は落ちるな。そうこうで仮に来年のクリスマスはファミマの店員でただ只管忙しいのも風情はあるものかな。まあハルヒの従兄弟さんだから俺のサンタクロースコスプレは九割確定だろうけど、はあか。いやそうだよ、長門も一緒に履歴書書けよ、時給も高いし推定福利厚生の諸条件良し、何より長門が一緒なら心強い。目的がブレ始めてるけど、俺が困ったら助けてくれるんだろう、長門はさ」

「涼宮ハルヒの観測が本任務。しかしキョン君もこの世界の重要な因子として消失事件以降高確度になっている為、来年の画帖山のクリスマス集会で然るべき重要任務に任命されるならば、分類して補助作業を優先しなければならない」

「まあは、長門らしくて結構。いや、それとなく気になっていたのだが、長門は俺をキョン君と仰っているが、呼び方はそれで本当に合ってるのか。いや本籍名じゃなくても、嬉しいぞ長門」

「談話より。通称キョン君は、閑話休題第2301号発布に基くクリスマスシーズンである2003年11月23日より2004年1月4日の冬期限定期間に適用される。これは消失事件で多大な責務を課せた免責要件で有り、キョン君がキョン君としてあるべき立ち位置を固めるべくの措置です。丁寧用語で表すならば感謝になります」

「感謝ね、まあ不躾な二人称の素っ気無い区切りよりはましなんだが、クリスマスが終わっても適用されないものか」

「例外は許されません。しかしクリスマス集会のバックヤードで皆さんがクリスマスカードを書いていたので、ここからある一つ帰結に至りました。キョン君はどうかこれを受け取って下さい」


 長門の内ポケットから両手で差し出されたのは、黒い牝馬の描かれた橙色の表紙の二枚折の画帖山特製のクリスマスカードであった。受け取るも、柄にも無く動悸が高鳴りクリスマスカードを開き見据えた文字は【いつもありがとう】の文字。まるで印字文字なのだが、そこに描かれてるのは長門らしい葛藤の末の筆致だ。“いつも”は跳ねがきっちりの明朝体。“ありがとう”は転じてのゴシック文字が乙女の様にやや丸い。長門よ、こう言う感情持てるのか、しかもこの俺の為にこんなに努力するなんて。今日貰ったクリスマスカードはハルヒと鶴屋さんとこの長門で3枚だが、いやいい、朝比奈さんはぐったりだからまともに視線さえ合わせる事も躊躇ったのでそれは結構だ。ここは長門クリスマスカードだ、俺は感動で震える。ここ迄切実なカードを貰えるとは俺は素直に嬉しい。そしてあまりの震えから俺はつい不躾にも聞いてしまう。


「長門、この心のこもった、クリスマスカード、本当に貰って良いのか」 

「勿論。313,789回の演算推敲の果てに辿り着いた文面がこれです。キョン君、受け取って貰えて凄く嬉しい」

「長門、俺言ったかもしれないけど、メリークリスマス」

「キョン君、今日迄視床下部野メモリーに収納されてませんでしたが、今日挨拶を交わす中で学習案件として発声言語の合成をアップデートしています。キョン君合っているか確認願います。Merry Christmas」


 そのMerry Christmasの発音は、三省堂ウィズダム英和辞典の発音記号に限りなく近い事だろう。もう少し丸い発音が良いとは思うが、そこは来年もあるだろうから、またの楽しみにしておく。その時は再びキョン君の呼び名込みで是非とも頼む。

 俺は照れ隠しに堪らずサムズアップしては、長門も見よう見まねでサムズアップを返す。まあこの寒空でも互いに照れがなくなるのが只管長かった。俺の強引な乗りを長門に刷り込ませて良いかは、そこは友人ならばあるべき姿と思う。

 降る雪はちらほらも、このままでは足元が危うくなるかもしれないので、取り敢えず始めの一歩を踏み出した。しかし隣の長門が凝り固まっては動く気配すらない。


「どうした、長門」

「緊急個別ギャラクシーキャリブレーションで目視では霞むから階段は降りられない。現在分離偏光グラスを持ち併せていないので手段は絶たれた。このままブガーモード、つまり素体を透過させて日の開ける朝まで待ちます」

「おい長門、雪が降ってるんだぞ、仮にも画帖山は小山だから、例え長門がタフでも死ぬぞ」周りをゆっくりぐるり見渡しては「分かったよ、仕方ないな、手を貸せ」


 俺は右手を差し出し、長門が恐らくだが照れて引っ込みがちな左手をしっかり握った。暖かい。いつの間にか俺は冷えきった様だが、長門は嫌がる顔を一つせず、俺のエスコートに応じてくれた。


「この緊急事態を私と思念統合体が甲戌種感謝状で後日略式で申し渡します」

「そんなの、ありがとうで良いんだよ」

「儀礼。ありがとうキョン君」


 長門よ、そんな分かりやすいエラーがあるか。俺と長門との付き合いは一年に足りないがそれはもう濃いものだ、長門の人となりは俺なりに分かるつもりだ。そうなんだろう、長門の奥深い感情がこうしたかったのだろ。全く長門はあれもこれも消失事件もで、何でも難しく考える。俺は不意に握る手が強くなってしまったが、長門は足場が危険と察したか同じタイミングで降り始めた。

 そうじゃないぞと今更言ったら混乱するだろうし。まあ良いさこの采女石階段の250階段は長い。この間に俺はただ思うさ、全2578に及ぶ並行次元に存在する俺は長門にだけは優しい筈だろ。なあ長門によってハルヒと言う超常神から分枝された存在である俺、全並行次元に存在し続ける俺はさ。どうか届いてくれ、この先も形式はどうあれ長門を大切にしてくれよ。それが今日この日のクリスマスの願いの一つさ。



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