第2話 納得させろ
セシリアの考えそうな事なんて、ゼルゼンには全てお見通しだ。
基本的にセシリアは、他人から与えられた悪意には厳しく対応する。
しかしそこに可能性が垣間見えると話は変わる。
そういう相手には手を差し伸べたくなるのが、セシリア・オルトガンという人間だ。
それが彼女の美徳でもある。
気持ちだって、理解はできる。
しかしその行動を許容は、できない。
二人はもう主従の関係になったのだ。
「理解できるから」という理由だけで昔の様に彼女の背中を押してやる事は、もう出来ないのである。
だから。
「クラウン様には、確かにもう『周りから避けられる』という裁きを下されている。でも、それ以上を説明してくれないと、俺は納得しようがない」
ゼルゼンのその物言いは、まるで彼女を許容したいかの様だった。
否、きっと実際にそうなのだろう。
ゼルゼンはセシリアが意外と頑固で一度決めてしまうと梃子でも動かない性格だという事をよく理解している。
そして、彼女が用意周到な事も。
彼女はゼルゼンを、否周りを説得できるだけの材料をきちんと用意している筈だ。
だからそれで、早く俺に「ならば仕方が無いな」と言わせてくれ。
これはそういう要求なのである。
そしてセシリアは、そんな従者の願いに微笑みながらこう答えた。
「私の平穏を守るためには、もうこれ以上噛みついてきてほしくない。あれはその為の予防策なのよ」
そう言ってセシリアが告げたのは、とある貴族の理屈だった。
クラウンが受けた『周りからの孤立』という裁きは、貴族にとってはあまりに重い。
貴族というのは、他の貴族達との社交によって目的を果たす人間の事だ。
そんな中でただ一人除け者にされるという事は、どう考えても今後の不利になる。
そしてそれが長引けば長引くほど、彼の一生に響くだろう。
そうなれば、間違いなく彼はそうなった元凶であるセシリアを恨む。
そんな理屈だ。
「それに、今後の相談事がこちらに向かない様に、ちゃんとあちらの使用人に押し付けた。余程の事が無い限り、もうこちらがその件に関わることは無いでしょ」
そこまで言うと、セシリアは紅茶をコクリと一口喉に落とした。
そして、言う。
「……無償で誰かに奉仕するほど、私は優しくないよ」
その声には、ほんの一滴だけ自嘲の色が混ざっていた。
それはまるで『そんな理由を付けないと思い通りに動けない自分』を責めているかの様にも聞こえる。
そんな主人の感情の揺れに、ゼルゼンは気が付いた。
だから、少し困ったように苦笑する。
(――全くコイツは)
普段は割と図太いのに変な所で繊細なのだ、セシリアは。
(ホント、仕方が無いやつ)
そんな事を思いながら、ゼルゼンはわざとらしく深い深いため息を吐いた。
そして「こんな時の為に」と一応用意しておいた保険を、彼女に向かってスッと差し出す。
「……ほら、さっき厨房で貰って来たからこれでも食え。美味いから」
そんな声と共に差し出したのは、紅茶の御供の定番でありセシリアの大好物・カヌレである。
実はゼルゼン、邸宅に帰ってきて早々に、厨房に出向いて作ってもらっておいたのだ。
この少しぶっきらぼうな彼の言動は、つまるところ「言い訳は分かった、納得させられてやる」という言葉を裏に秘めている。
勿論彼だって言い訳になっていなかったら却下しただろうが、今彼女の口から語られたソレは、少なくとも後で上司であるマルクに報告する際に使える代物ではあった。
その裏側にセシリアの本心が別にある事は明らかだし、きっとそれはマルクにも、そしてその先にもバレてしまうだろう。
しかしぶっちゃけ、そんな事は大した問題じゃない。
要はマルクの報告相手である当主・ワルターが「それも確かに一理あるか」と思えれば、それで良いのである。
元々執事とは、主人の方針に沿って動き、主人のしたい事の手助けをする人間の事だ。
その本文には逸脱しないだろう。
そして、そうと分かれば。
(後は、随分と頑張って疲労が溜まってるこの主人を労うのが俺の仕事だ)
そんな気持ちで勧められたカヌレを、セシリアはとても嬉しそうに受け取った。
そして口に運び、
「――うん、甘い」
彼女の口元が、甘味による幸せに綻ぶ。
そんな彼女の様子に内心で少しホッとしながら、ゼルゼンはまた新しい紅茶を淹れ始めた。
お菓子があるなら、今ある紅茶はきっとすぐに飲み干してしまうだろうから。
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