第12話 たった一本の藁を、躊躇なく彼は掴む

 


 例えば相手を傀儡にするのなら、今の彼は実に都合が良いだろう。

 家柄が良く、素直で隠し事ができない人物。

 その上依存してくれるなら、きっとどんな命令をも聞くコマにする事が出来る。

 

 今まで父親からそういう仕打ちを受けきた彼だ、そこに疑問を持ち反旗を翻す可能性もひどく少ない。


 しかし。


(そんなもの、私には要らない)


 だってそんなもの、面倒でしかない。

 全然楽しくない。



 セシリアが欲しい人材があるとするなら、それは自らの意思と興味で動く人間だ。


 家、外聞、趣味趣向。

 何を主軸に置いても良い。


 自分の中に確固とした何かが存在し、自分で考えて動くことのできる人間にこそ、セシリアは好奇心を刺激される。

 そういう人材であるならば、権力のある無し・立場の上下に関わらずイソイソと懐に招き入れる。

 相手が自分の敵でない限りは。



 そしてそんな彼女だからこそ、耳障りの良い言葉ではなく、敢えて厳しい言葉を彼に投げかける。


「分からない事の答えをまるで『馬鹿の一つ覚え』の様に誰かに尋ねるのは、ただの思考停止でしかありませんよ」


 せっかく彼は『惜しい』ところまで来ているのだ。

 悪習慣は仕方がないが、それに気付いた時にきちんと自分を強制できないのならばそこまでである。


 だから。


「誰かに問うならば、少なくとも自分の中に自分なりの考えを持ってからにすべきです」


 突き放しながらも、セシリアはそんな助言を彼に与えた。

 それは、セシリアがまだ彼の可能性に期待している証でもある。 


 そしてそんな彼女の声に、クラウンは一度口を開き、しかし何も発する事なくその口を閉じた。



 今、彼の中では必死の思考が為されている。

 それは、そうありありと分かるくらいの様相だった。


 しかしおそらくは生まれてから今までずっと積み重ねられてきた『相手に答えを求める』という悪習慣は『自分で思考する習慣』も奪ってきただろう。

 そんな彼がちょっと考えたくらいですぐに答えが出せるほど、彼の抱える問題は簡単ではない。


(まぁ、それはしょうがないか)


 今までしてこなかった事をいきなり「しろ」と言われてできるのなら世話は無い。

 そして彼が考え込む姿勢を見せたことで、出口が見つからない現状を前にしても、彼にはまだ足掻く意思があると分かった。


 今はそれで十分だ。


「……そうですね、では少しだけ助け舟を出してみましょうか」


 その声に、クラウンは勢いよく顔を上げた。

 そのあまりの素早さと向けられた顔に浮かぶ驚きと希望の色に、セシリアは「実に顕著な反応だ」と思わず苦笑する。


「あくまでも私の考えです、そもそも手助けになるかどうかは分からないし、今後の貴方次第でもありますが……」


 これからする助言は、必ずしも彼の助けになるとは限らない。



 助言をする。

 そう言った以上、セシリア自身が手を抜く事は絶対にしない。

 しかしセシリアだって、自分の考えが100%的を射ているという保証はしかねる。


 それほど自分が万能だとはセシリア自身思っていないし、そう思う事は自身に対する奢りでしかない。

 そして奢れるほど、傲慢にはなれない。


 それでも助言を聞く気はあるか。

 セシリアは、彼にそう尋ねた。



 それは彼にとってはまさに、『藁』だったに違いない。

 そして例えそれが不確定な要素があり100%は信頼できないものだとしても、彼にとってはたった一本。

 周りから除け者にされて以降、初めて明確に伸ばされたたった一本だ。


 そんな『藁』を、彼は。


「聞くっ」


 躊躇なく握りしめた。


 この機を逃すまいとする彼の声の必死さに、セシリアは「分かりました」と、一度柔らかく微笑んだ。

 そして目を伏せ一つ息を吐いた後で、クラウンを見据えて「一つ目」と人差し指を突き立てる。


「まず、一つの事象に対して、問題点が必ずしも1つとは限らないという事を肝に銘じる事です」


 何をするにも、固定観念は大きな敵だ。

 そして何かトラブルが起きた時、そのトラブルの原因は必ずしも一つではない。


「例えば今回みんなが貴方の元を離れた理由には、少なからず『王族案件』が絡んでいます。しかしもしかしたら、根本原因はそこではないかもしれません」


 確かに中には「厄介事には巻き込まれたくない」という理由の家があるだろう。

 しかし、例えば元々侯爵家やクラウン個人と距離を置きたいと思っていたとしたらどうだろう。


(今回の『王族案件』は離れるキッカケに過ぎない。あくまでも原因は別のところにあるという事になる)


 しかしここまで深く話してしまえば、それは彼が考える事を阻害する。

 ここでは他の理由の存在に気づかせるくらいでいい。


 後は彼自身が考え,自覚し、それを正すかを決断する。

 そうでなくてはこれを方策ではなく助言とした意味がない。



 だから彼にするのは提起だけに留め置いて、「次に」とまた立てる指を一本増やす。


「状況が分かって成したい結果があるけれど、それを成す為の方法が分からない。そういう時は、まず『問題提起』を細分化してみてください」


 今まで大した『問題』に自力でぶち当たってこなかったクラウンが、問題解決のコツなんてものを知る筈がない。

 どうしていいか分からない。

 だから思考が「どうしよう」で止まるのだ。


 そんな彼に、そのコツは『問題点をより細分化する事』だとセシリアは告げる。


「例えばクラウン様は、現在「この状況をどうにかしたい」と思っていますが、状況がどう変われば解決できるか。それをまずは考えてみてください」


 例えば、友人たちが自分の元に帰ってくる。

 自分のせいでついてしまった家の悪評を禊ぐ。

 事が『王族案件』になってしまう事を防ぐ。

 

 そうやって大きな目標の下に小さな目標を立て、それを実現させる為にはどうしたら良いかを考える。

 漠然とした目標よりも、具体的な目標の方が分かりやすい。

 

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