第13話 準備と誠意をきちんと示せば
方策を立てるのも比較的容易になる。
それぞれに方策が立てば、後はそれを一つずつクリアしていく。
その先に、大きな目標の達成がある。
それが問題解決の最も効率的なプロセスだ。
問題点を細分化する事も、それをちまちまとクリアしていく事も、地味で地道で面倒だろう。
しかしそこをサボってしまえば、かえって問題解決に時間が掛かる。
セシリアは『急がば回れ』という異国の教訓を、ゆっくりと確かな口調で彼に解いた。
そしてその表情から「どうやら何とかこちらの言わんとすることを理解出来たらしい」と思えた所で、セシリアは3本目の指を突き立てた。
「次に覚えておいていただきたいのは、問題の解決には『一時的なもの』と『根本的なもの』があるという事、そしてそれらにはそれぞれ特徴があるという事です」
言葉自体だけではなく、その特徴をしっかりと覚えておいた方が良い。
セシリアはそう、彼に言う。
どちらの方が解決策として良いかと言えば、それは間違いなく『根本的な解決』だろう。
しかし。
「『根本的な解決』を講じれば、確かに問題は一気に解決します。しかしそれを成すには多くの時間と労力がかかる事が多いのです」
一概には言えないが、問題点が大きければ大きいほど、その可能性は高くなる。
何故ならば、面倒だから今まで誰もその解決策を行わず、故に問題が肥大化する事が往々にしてあるからだ。
「対して『一時的な解決』は、素早く成せる傾向にあります」
だから皆、『一時的な解決』に手を伸ばしがちだ。
しかしあくまでもそれは応急処置、問題の根本は蔓延ったままになっている。
だから。
「大きな問題に遭遇した時は、まず先に『一時的な解決』策を講じ、その後で時間を掛けて『根本的な解決』を試みる。それが良いでしょう」
そんなセシリアの声に、彼は「なるほど……?」と言いながら首を傾げた。
一応返事はしているが、どう考えてもしっかり理解できていない。
そう感じたセシリアはそんな彼に「解決策を考える時はまず先に応急処置をする。しかしその後できちんと恒久的な措置を取る。それを忘れないようにしておけば良いのです」と言ってやった。
難しい理屈は、きっと肌身で感じないと本当に理解は出来ないだろう。
しかしこの言葉を覚えておけば、例えばそういう事態に遭遇した時に「あぁ、これがあの時言っていたやつか」と、不意に思える。
これはあくまでも助言なのだから、彼に与える影響値はきっとそれくらいで丁度良い。
覚えておけばいい。
そんなセシリアの言葉に、クラウンは少しホッとした様な表情になった。
「それなら俺にも出来そうだ」
小さな声でそう言ったのが、微かにセシリアの耳まで聞こえてきた。
そんな彼を視認しながら、セシリアは「最後に」と4本目の指を立てる。
「自身で考えた後は、きっと誰かの助言が欲しくなるでしょう」
先ほども少し言ったが、何も相手に何かを尋ねる事自体は別に悪くない。
何かの答えを他人に求めるのではなく、「自分はこう思ったのだけど、どう思うだろう?」と相手に尋ね、その答えをまた自分の糧にする。
その行いは、むしろ自分の視野を広げる為にも必要な措置だとセシリアは思っている。
しかし今の彼には、おそらくそういう類の話をできる相手が居ない。
だから彼に、好助言をしてやる事にした。
「その時はまず、侯爵家の執事を捕まえると良いと思いますよ」
執事とは、本来主人の身の回りの世話をするのが仕事だ。
しかし彼らの職務はそれだけではない。
特に男性貴族に付く執事は、その他に『主人の執務の補助をする』という物が含まれる。
その為他の使用人とは違い、執事は社交に関する一定のノウハウや貴族の慣例を叩き込まれるものなのだ。
だから政治の絡んだ貴族同士の人間関係に関する相談は、メイドよりも執事相手にした方が効率的だ。
特に筆頭執事の彼は、間違いなく優秀だ。
でなければ、見栄と権力をかさにきて社交場を謳歌する当代の当主が今まで社交界で大きなポカをしなかった理由が付かない。
優秀が故にきっと彼も、現在は主人の手伝いで今回の火消しに回っているだろう。
だから明らかに忙しい身だろうが、同時にもしかしたら侯爵以上に現状を理解できているかもしれない。
そんな事をつらつらと説明すると、クラウンはひどく顔を曇らせた。
「しかしバエルは、俺に厳しいんだ。いつだって俺の話を聞いてくれない。……俺の相談になんて、きっと乗ってもらえない」
彼が過去に筆頭執事の彼からどういう対応を取られていたのかは、セシリアには知りようもない。
しかしそれでも彼のこの表情や声を聞けば分かる。
彼がその執事に「拒絶された」と思うような何かが、きっと一度ならずともあったのだと。
しかしそれでも、セシリアは動じない。
むしろ自信満々に「大丈夫」と口を開く。
「遊び半分で忙しい執事の時間を浪費させるならば未だしも、きちんと自身の考えを纏め、彼の空き時間を探して、『どうにかしたいのだ』というその気持ちを伝える事が出来れば、彼は答えてくれるでしょう」
それが例え大きな失態を演じた子供でも、彼は自身が仕える侯爵家の子息だ。
邪険にするにも限度がある。
仕えるべき家の、しかもきちんと準備をしてきた子供の真面目な相談事に誠意を示さねばならない立場に、彼はあるのだ。
セシリアがそう伝えると、クラウンは噛み締めるように「そうか」と言った。
そしてぎゅっと手を握りしめて「その時が来たら、一度やってみる」と言って頷いた。
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