第11話 芽生えた依存は突き放して
そんな彼に、セシリアは小さくため息を吐きながらこう答えた。
「そうでしょうね。アレにはそれだけ大きな影響が発生する一コマでしたから」
その言葉を皮切りにセシリアの口から語られたのは、あの場で行われた二人の会話の真意、第三者にどのように解釈されたのかという事だった。
ただの世間話として聞けば、少し傲慢な物言いをする侯爵子息とそれにそつなく応じる伯爵令嬢の会話。
しかし両者の組み合わせの話題性が助けて、その様相が「『王族案件』阻止の為に必死に動くモンテガーノ侯爵側と、それを許して『あげた』オルトガン伯爵側」という風に見えていただろう事。
にも関わらず許される側のクラウンの態度は反省しているようには見えず、他貴族達はそんなクラウンに少なからず反感を抱いただろう事。
それが噂に噂を呼び、またそれとは別口でセシリアが掛けた『ヘンゼル子爵夫人』という保険の存在により、その日の噂がねずみ算式に広がっていった事。
「そんな噂の火消しに侯爵は躍起にならざるを得ず、そんな彼の姿は周りの危機感を煽る形になった。それが、今の貴方を取り巻く現状の正体です」
周りの貴族達は、焦る侯爵から事が『王族案件』に発展する可能性を見た。
そして、その道をまっすぐに突き進むような事件を度々引き起こしているクラウンを、トラブルメーカーと見定めた。
「私とのファーストコンタクトを除けば、貴方の言動は基本的には侯爵からの指示に従った結果です」
そう告げることで、セシリアは「当事者である私はその事実をきちんと知っている」と彼に示してみせた。
そしてその上で「しかし」と言葉を続ける。
「……噂に躍らせる不特定多数にとっては、そんな噂が立っているというだけで倦厭の対象にするには十分な理由なのです」
周りは「巻き込まれては堪らない」と思った。
そしてそれは、爵位の上下という枷を超えた。
だから遂に、物理的に距離を取った。
ここまで話を終わらせると、セシリアは「もうこれ以上説明する事は何もない」と言わんばかりに口を噤んだ。
そんな両者の間を、そよ風がふわりと吹き抜ける。
現在の季節は、冬。
昼間で太陽は出ているが、風が吹けば少し肌寒い。
しかしクラウンの顔が深刻そうに青褪めているのは、何もそのせいでは無いだろう。
彼は今まさに、自身が行った『最悪』を自覚した。
そしてそれが、自身どころか家の存続をも揺るがしていることも。
彼は、自身の中に渦巻く困惑と悲しみ、そして自分が置かれた現状をどうにかする為にセシリアの元に話を聞きに来た筈だった。
しかしそうして得たのは、困惑というには生ぬるい、更なる困惑だ。
今の彼は、いつ泣き出しても良いような顔になっている。
クラウンは、ここで初めて自分の甘さを正しく理解した。
理由さえ分かればどうにかなる。
それはもう、解決したも同然だ。
そんな自分に気がついて、しかし現実は、そう甘くは無いと思い知る。
そんな彼に、囁くような声が降り注いだ。
「……確かに、知ったところで解決はしません。そんな虫のいい話が、ある筈ありません」
それは、側から聞くと彼を突き放しているようにも聞こえるような声だった。
しかしセシリアの真意は、そこには無い。
「ですが、知るのは解決のための第一歩です。そして次なる一歩を踏み出す為には、行動を起こさねばなりません」
知るだけでは、確かに足りない。
しかしそれは必要な一歩だったのだと、セシリアは言う。
自分がどうして周りから避けられるのかが分からない。
そんな状況から一歩進んで、自らの状況を正しく理解した今。
知ったからこそやっと今後の方策について考えることができるのだ、と。
そんな彼女の声に、クラウンは一縷の望みを見た気になった。
それこそ地獄にただ一つだけ垂らされた蜘蛛の糸を見つけたような、そんな希望を見たのだ。
そして人は誰しも、楽な方へと流されたくなる物である。
「俺は一体どうすれば……」
彼は、無意識の内に最短で最楽な道を選ぼうとした。
もしかしたらそれは、今までの彼の習慣からついてしまった悪い癖だったのかもしれない。
今までは他者に答えを求めれば、否、求めずとも、周りが全てを半ば勝手に解決してくれた。
それは間違いなく、侯爵家という家柄に媚びた結果だったろう。
しかし、それは。
(間違っている)
爵位や権力に媚びるのは良い事なのか、悪いことなのか。
それは一概には言えないだろう。
しかし少なくともセシリアは、彼の現状を前にしてそう思わずにはいられない。
(自分の今後を自分で決められない。それは自分の言動に対する責任の放棄に等しい)
セシリアは、そう思った。
だから縋るようなその視線に、セシリアは柔和な笑みを浮かべながらこう答える。
「それは貴方が考えるべき事です、クラウン様」
それは、今度こそ突き放す言葉だった。
そしてその言葉に、クラウンはショックを受けた顔になった。
それは、さぞかし彼の感情を大きく揺らしただろう。
だから「さっきまでは丁寧に説明してくれていたのに」などという、セシリアへの反感が少なからず芽生えてしまっても仕方がない事ではあった。
しかしもちろん、セシリアはそれを良しとしない。
それは反感を持たれた事を良しとしないのではなく、彼がそう思い至った理由を透かし取ったからだ。
(人は誰しも一人では生きていけない。だから多少依存するくらいなら構わない。でも、過度の依存は、それこそ不幸の始まりだ)
その片鱗を彼に感じて、セシリアは思う。
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