第6話 瞳の奥の可能性 ★


 確かに自業自得ではある。

 日頃の行いが悪いから、こういう時に周りに助けてくれる者が1人も居ないのだと言われれば、確かにその通りでもある。


 しかし、それと同時に彼の家に政敵が多いのは確かで、それによる悪意に半ば巻き込まれている節もある。


 でなければ、こんなに状況が悪いのにも関わらず、現状彼を直接的に加害する者が誰1人として居ない事に対して説明がつかない。


 彼に関しては、更に別の噂を投入する気配も無いと、ワルターからも聞いている。

 周りは、良くも悪くも彼を遠巻きにして、ただ除け者にしているだけなのだ。



 しかしそれが彼を精神的に傷つけないかというと、決してそうでは無い。


 理由さえ分からないまま、周りに避けられ続ける。

 そんな現実に対する10歳児のストレスは、計り知れない。


 そして家に向けられた悪意のとばっちりなど、子供の彼が被害を受ける理由としては……あまりに、理不尽だ。

 


 そして、そんな現状にも関わらず彼は社交場への露出を控えてはいないのは。

 

(きっと『こんな事如きで社交場から逃げるなど、侯爵家のする事ではないわ!』とか、侯爵あたりが言ってるんだろう)


 確かにその考えにも一理あるが、間違いなく息子の心を蔑ろにしている。

 そんな現状が、良い筈はない。


 が、それだけではまだ彼に手を貸す根拠としては乏しい。


「……時が経ち、噂が薄れれば、おそらく貴方の周りには人が戻ってくるでしょう。それでも知りたいのですか?」


 以前の様に戻りたい。

 そんな気持ちなのだとしたら、事が『王族案件』にならないと分かればおそらく彼の周りに人は戻ってくるだろう。


 確かにそうして戻って来た者達は、この先また何かがあった時には必ず、クラウンから遠ざかるだろうが、侯爵家という地位自体が揺るがない限りはまた何度だって帰ってくる。


 深く考えずに「そういう物なのだから」と思えば、別に事実を知る必要もない。


 セシリアがそう進言すると、彼はすぐに首を横に振った。


「それでも、ちゃんと知りたいんだ」


 彼は訳の分からない現状を、やり過ごすのではなく自ら行動する事を選んだ様だった。


 それは一種の決意の表れだと、セシリアには思えた。 

 しかし、まだ少しだけ足りない。


「……私がこれからその理由を話したとして、その話の内容は貴方を今以上に不快にし、悲しい気持ちにさせるかもしれません」


 目を伏せながら、セシリアは静かにそう告げた。

 そしてスッと視線を上げて、彼に尋ねた。


「それでも貴方は聞きたいのですか?」


 セシリアは、クラウンをただ真っ直ぐに見据えた。

 その瞳が、言葉と共に彼に問う。


 その勇気と覚悟が貴方にはあるのか、と。



 この問いは、セシリアによる『準備』であり『試験』でもあった。


 今からする話を聞いて逆恨みする事がない様に現地を取ると共に、同時に彼に「これからするのはとても厳しい話だ」と先に教える事で心の準備をさせる。

 そして彼が持つ「現状を何とかしたい」という気持ちにきちんと覚悟が伴っているのかを確認する。


 もし覚悟が無いのなら、幾ら彼に時間を割いたところで無駄だ。

 少なくとも、無駄にかける労力も時間も、セシリアには無い。


 つまりこれは、正しく最後の意思確認だった。



 そんなセシリアの問いに、クラウンはまず一度分かりやすく怯んだ。

 相手の内心を見通さんばかりのその瞳に恐れを抱き、次にゆっくりと彼女の言葉の意味を理解して、その内容に躊躇し視線を下げる。


 知るのが怖い。

 でも、後がない。

 そんな逡巡が彼の心に見てとれた。


 しかし。


 彼は自らの拳をギュッと握りしめる。

 そして再び視線を上げた彼の瞳には、確かな覚悟が灯っていた。



 大きく一度、コクリと頷いた彼に、セシリアは今日一番の『明確な意志』を感じ取った。

 そんな彼に、セシリアのメリドットの瞳が、煌めく。



 稀に「大事に見舞われた時、人の価値観は変わる事がある」と言われる。

 

(もしかしたら、彼にとっては今が正に『その時』なのかもしれない)


 不意に、そう思う。




 セシリアは、自分の中に眠る一つの信条を思い出していた。


 面倒なこと程『効率的』に。

 それともう一つ、同じくらい大切な事。


 『間違いを正す機会は、誰にだって与えられるべき』という、信条を。



 たった一度の過ちで、やり直す機会を与えずに断罪する。

 それが現在の裁きの傾向だ。


 『不敬罪』を筆頭とした権力者が下の者に対して行う断罪は、特にその傾向が強い。

 だからこそ、この世界には『やり直しの効かない現状』が蔓延っている。


(でも人は、どうしたって間違う生き物だから)


 彼に自分を正そうとする『意志』があり、自分の力で立ち上がろうともがくのなら。

 

(そんな相手になら、ほんのちょっとだけ手を貸す人間が一人や二人居ても良い)


 そう、セシリアは思うのだ。



 そして。


(これは、確かに彼の無知と怠慢が作り出した事態だ。でも彼は、そんな自分の無知に気付き、怠慢を捨てると決めた)


 そんな彼の中に、セシリアは確かな可能性を見た。


 つまり。


(今のクラウン様になら、『言葉を尽くす』という労力を自身に課しても良いんじゃないか)


 セシリアはこの時、そう思ったのだ。





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 当該話数の裏話を更新しました。

 https://kakuyomu.jp/works/16816410413976685751/episodes/16816410413991649469


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