第21話 クレアリンゼの呼び出し



 生徒会の面々とも切りの良い所で分かれたセシリアは、ゼルゼンが持ってきた果物をフォークで口に運びながら鼻で小さく息を吐いた。



 社交を始めてからここまで、かかった時間は1時間。

 そして今日予定していた社交ノルマは、これでほぼ全て達成した事になる。


(割と早く事を進められた)


 そう思いながら、セシリアは自身の中に芽生えた達成感を噛み締めた。


 そして自らに課した残りのノルマ数を、脳内で指折り数える。


「あと、2つ」


 しかもその内の一つはかなり私的なものであり、今日の必須項目ではない。

 つまり「出来れば良いな」くらいの気持ちである。


 そして残るもう一つは機を見なければならない。

 今日中にその機会が一度は巡ってくるだろうとは思っているが、こちらからは自発的に行動できないところに存在する。

 つまりは「あちら待ち」だ。



 という訳で、セシリアは一旦ここで小休止を取る事にした。


 社交場から少し離れて人の少ないところのテーブルに一度腰を落ち着け、ゼルゼンが追加で持ってきたケーキをモグモクとする。


 そして、思考を巡らせた。


(……私の意図に気付いた様子を見せた人達がケント様の他にも居た)


 それは、つい先程のクラウンとのやり取りの時の話だ。

 それとなく周りの反応を見ていたのだが、「所詮は子供」という事なのだろう。


 時間が経てばある程度取り繕えても、気づいた瞬間には皆少なからず驚きが顔色に出ていた。


 因みに、それはケントも決して例外ではなかった。

 しかしそれでも、彼のように直接切り込んでくる人は他には居なかった。

 その点を見る限り、「流石はケント様だ」と思う。


 流石は肝が据わっている。

 『学生会』の一翼を担っているのも伊達じゃない、と。



 対するその他だが、気付いた者は全体数から見ると限りなく少なかった。

 しかし確かに存在していた。

 そして、それが。


(ほとんど『学生会』コミュニティーの参加者だった)


 セシリアにとってそれは、まさしく『臨時収穫』と言って良かった。

 しかし同時に、驚くべき事実でもあった。



 学生年齢の者たちの社交スキルの習得状況には、本来ムラがあるものだ。

 

 というのも、貴族の第一子息は次期当主であるが故に比較的早い内から親の社交場に連れ回される。

 その為、普通は第二子息以降との間に経験値の差ができるのだ。


 と、セシリアは父親から教えてもらっていたのだが。


(『学生会』コミュニティーの中には、第一子息以外の者たちも沢山居る)


 そして気付いた者達の半数以上は、そちら側に該当する者達だった。



 『学生会』とは、学校運営を担う人材だ。 

 ならば、そこに招集される者たちは比較的優秀な人材なのだろう。


 それは、『学生会』の概要を聞いた時から、ある程度分かっていた事ではあったのだが。


(彼らの力量が、確かな形で垣間見えた。まだ本格的な社交場に出ていない、彼らの)


 それはセシリアにとって非常に貴重な情報であり、十分自身の社交の糧になり得るものでもあった。

 だから。


(他の人たちも、上方修正)


 こうして、セシリアの中のデータベースはまた一つ更新されていく。


 

 と、その時だ。


「セシリア様」


 背中越しに聞き慣れた言葉をかけられて、セシリアは思考の海から帰還した。

 そして後ろに立つ言葉の主を見上げて視線で「何?」と尋ねると、「ポーラさんが」という短い言葉が返ってくる。


 その声に、セシリアはあたりに視線を泳がせた。

 そしてすぐに見つける。

 

 今日はクレアリンゼ付きのメイドとしてこの場に来ている、ポーラ。

 まだ少し遠いが、人垣の中から見つけた彼女は、一直線にこちらへと歩いてきている。



 その到着を待っていると、程なくしてポーラが目の前までやってきた。

 そして、主人に対する礼をしてからこう告げる。


「セシリアお嬢様、クレアリンゼ様が御呼びです」


 その声を受けてセシリアが最初にしたのは、母親の居場所を確認する事だ。

 人垣に視線を巡らせて、一組の男女と談笑する母親を見つける。


 その姿を見て、セシリアは「なるほど」と心中で納得した。

 何故彼女がセシリアを呼んだのかを理解したのだ。


 

 絶妙なタイミングでゼルゼンからの椅子使いを受けながら、セシリアは席から立ちあがった。


 そして。


「分かりました。行きましょう」


 穏やかな声でそう言うと、2人の使用人達を引き連れて母の元へと歩きだしたのだった。


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