第22話 『効率性』に欠ける



「お母様」


 セシリアのそんな呼びかけに、クレアリンゼが振り返った。

 そしてセシリアを見つけると「あぁ」と微笑む。


「こちらに来てご挨拶なさい」


 そんな風に言われて、セシリアは手招きしてきた母親の隣に並び立ち、言われた通りそこに居た2人に対して貴族の礼を取る。


「エドガー様、ダリア様、お初にお目にかかります。オルトガン伯爵家第三子、セシリアと申します」


 そう自己紹介をすれば、男性の方が「あぁ、君があのーー」と呟いた。


 彼は、おそらくこのお茶会の主旨を知っているのだろう。

 それは警戒と興味と納得の感情が渦巻く彼の心情を覗けば一目瞭然だ。



 そして。


(あぁ、コレが『あの』)


 そんな彼と対峙しながら、セシリアもまたそう思う。


 セシリアと目の前の男・エドガーとは、とある因縁がある。

 こうして対峙するのは今日が初めてだが、セシリアは彼が抱く無駄なプライドと軽率さに迷惑を被った当事者だ。

 そんな相手を、そうでなくても記憶力の良いセシリアが忘れられる筈もない。



 しかしそんなセシリアの心中などにはまるで気付かない彼はというと。


「……ん?」


 一拍置いた後に、少し驚いた様な表情になった。

 そして、こんな事を聞いてくる。


「君は、私の事を知っているのかい……?」


 まだ挨拶をした事もないのに、何故。

 そう言外に尋ねられ、セシリアはニコリと微笑んだ。


 そして。


「ヴォルド公爵家次期当主様の顔を知らない方など、この社交場には誰一人して存在しないでしょう?」


 そう答える。



 これは、明確な彼への『ヨイショ』だ。


 彼は典型的な「煽(おだ)てに弱いタイプ」だろう。

 それは前評判からも、そして今こうして対峙してみても変わらぬ印象である。

 

(十中八九有効だ)


 そう確信したからこその、この言葉だった。



 そしてその読みは、どうやら見事に当たったようである。


「――そうか、まぁそれもそうだな」


 彼は存外満更でもなさそうにそう答えた。

 そして彼はコホンと一つ咳払いをすると「では改めて自己紹介を」と言ってスッと姿勢を正す。


「私の名はヴォルド公爵家第一子、エドガーだ。そしてーー」


 そう言って彼は視線を隣に向ける。

 そこに居たのは、見目が良く、周りと比べて一際煌びやかなドレスをその身に纏った女性だった。


 そんな彼女が、綺麗な笑みを湛えた。


「初めまして、セシリアさん。私はクラッセン伯爵家第3子、ダリア。今日はエドガーの婚約者として、お茶会の主催者として皆様に挨拶をさせていただいています」


 そんな説明と共に「よろしくね」と柔らかな声色で告げた彼女に、セシリアは笑顔で「こちらこそ」と答えた。



 そんな2人のやりとりは、一見するとさぞかし友好的に見えただろう。

 しかしその実、そんな事は全く無い。


(……レレナ様と、とても良く似ている)


 

 笑顔という名の仮面を被ったダリアから、セシリアはビシビシと強者感を感じていた。


 レレナとダリア。

 この両者は、別に顔が似ている訳でも、声や話し方が似ている訳でもない。

 しかし纏う空気がとてもよく似ている。

 それこそ、本当の親子かと見紛う程に。



 それはきっと、レレナが彼女を選んだからなのだろう。

 次代の公爵家を支える、裏の実力者として。



 そんな事を考えている内に、クレアリンゼと公爵は一度中断していた話題を再開していた。



 話題はどうやら『ヴォルド公爵領の工業について』の様だった。


 工業彫刻の為の仕組みを新しく作ったらしい。

 それはどうやら物品を量産するための機械らしく、近頃は品質も均一化されてきている。

 だからもうすぐで、領外にも製品を輸出する事ができるだろう。


 そういう話らしい。



 要約するとそんな事を、彼は自慢げに、そして長々と語っている。


 クレアリンゼも、彼の長話にはどうやらうんざりしている様だ。

 彼女の様子から見るに、もしかしたら来てからずっとこの調子なのかもしれない。


 まぁ、どちらにしても『効率性』を重視するクレアリンゼにとって、身の無い長話なんて天敵以外の何者でもない。


(この後多分、「試しに商品を購入してみないか? 優先順位を上げるように融通するから」などという提案があるんだろうけど)


 セシリアはそんな事を思いながら小さくため息をついた。



 もしそういう類の提案があった場合、その裏には十中八九「国益事業に対して国が行う助成を、我が領地に」という思いがあるはずだ。


 ワルターは王城の財務部に顔が利く。

 それを知っていて、他貴族達はそういう類の話を持ってくる。


 つまりこれは「そこ経由で便宜を図ってくれ」という、相手からの遠回しな意思表示なのだ。



 今までそういう話に応じた事が一度もないから確かな事は言えないが、確かにワルターの言葉にはそういう力があるだろう。

 だから相手方の社交戦略としては、なんら間違ってはいない。


 しかし間違っていない事と正解は違う。

 そういう不正の紛れる余地のある物事を、オルトガン伯爵家は嫌う。

 その為、そういう話を持ってきた時点で既にワルターの心象を損ねている事になる。


 つまり、逆効果という訳だ。

 なぜその事に周りは全く気づかないのか、セシリアからするとそれが不思議でならない。


 そう一度はそう思ったのだが。


(……否、もしかしたら分かっていてやってるのかもしれない)


 すぐさまそう、思い直す。


 それは伯爵家への嫌がらせなのか、それとも心象を損ねる可能性を加味した上でも助成をもらえる僅かな可能性を選んだからなのか。

 前者ならば大成功、後者ならば可能性は最初からゼロなので早く諦めて欲しいものである。



 などという思考に1人沈んでいると、そんなセシリアを見つめる視線が現れた。

 

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