第20話 揶揄う彼に、満面の笑みを



 クラウンが去った後、一仕事終えたセシリアに労いの声をかける者が居た。


「お疲れ様。それにしても凄いな、セシリア嬢は」


 驚いたような、感心したような。

 そんな声色を素直に示しながら話しかけてきたのは、つい先ほどまで楽しく会話をしていた相手・ケントである。


 クラウンの強襲の際、ケントは空気を読んで一言も口を挟まなかった。


 それは見方によってはセシリアに助け舟を出さなかったという風にも取れるが、セシリアにとってはその対応は実にありがたい事だった。

 

 セシリアが想定していた『最悪』の登場人物は、あくまでもクラウンとセシリアの2人だけだった。

 もしもそこに変な正義感で介入されれば、事運びに少なからず影響してしまっただろうし、そうなれば間違いなくもう一度作戦を立て直すという労力がかかっただろうから。



 セシリアは視線をケントの方に向けると、まずはもらった労いに礼を述べた。


「お褒めに預かり光栄です」


 そして「しかし」と、もう一つ言葉を付け足す。

 

「とは言っても、私は別に大した事などしていませんよ」


 これは謙遜ではなく、知らないフリだった。

 しかしそんなセシリアを、彼は見逃す気は無いようだ。 


「いやいや、あの言葉選びは完全に『狙ってた』でしょ」


 そう言った彼の目の奥が僅かに光ったのを、セシリアは見逃さなかった。


 その光は個人的な興味なのか、友人の妹への賞賛なのか、それとも利用価値を見出したからこそのものなのか。

 その全てが彼の中に渦巻いているように見えた。

 しかしあまりのごった煮状態に、どれを主軸にした底光なのかが分からない。



 そんな彼の心の動きに、セシリアは反射的な警戒心を抱いた。

 するとそれを打ち消すように、彼は言う。


「心配しないでよ、俺はどっちかというと『君たちの陣営』だ。君たちの味方になる事はあっても、敵に回る事は無いよ」


 セシリアはそう告げてきた彼を見据え、表情を読んで安堵した。


 そして。


(なるほど、確かに彼はこちらの敵に回る気はない様だ)


 そう思うと同時に、セシリアは彼への評価に上方修正を入れる。



 ケント・ ドルンド。

 音楽に造詣が深く、楽器の扱いに長けた『保守派』貴族家の第一子息。

 今年の『学生会』の一員で気さくな性格。

 周りからも一定の支持を得ている、兄・キリルの友人。


 しかしそこに今、新たな一文が加わった。

 

 一定以上の社交に関する観察眼と思慮がある。

 そして策略家。


 でなければ、先の一連のやり取りからセシリアの凄さを知る事もあんなに様々な感情が彼の中に渦巻く事もない筈だ。


 だから。


(こちらの敵になるつもりはないみたいだから、今のところは必要以上の警戒心を抱く必要は無い。でも、一定の警戒心は必要だ)


 彼は確かに兄の友人ではあるが、セシリアの友人ではない。


 そういう信頼は、まだ2人の間には存在しない。


(なら、「その実力がある」と気付いた以上、足元を掬われない程度には彼の言動に気をつけた方が良い)


 セシリアはそう、自らに結論づけた。



「あの立ち居振る舞いは、状況的に満点に近いものだったんじゃない?」


 告げられたその言葉に、セシリアは少し困ったように微笑んだ。 

 

「それは流石に褒め過ぎだと思いますが」


 そんな風に賞賛を受け流しながら、セシリアは周りへの埋没に勤しむ。

 しかしそんなセシリアの心を知ってか知らずか、彼はまだ追いかけてくる。


「でも、証人はそこら中に居る」

「あくまでも子供同士の会話です、あまり直接的な効果は見込めませんよ」


 そんな彼にセシリアはサラリと応じた。

 この場合の即答は、セシリアにとってこれが想定通りの事運びである事を意味する。


 しかし今更彼の前でそれを取り繕っても仕方がない。

 彼にはもう、セシリアの異質さは理解されてしまっているだろうから。



 そんな気持ちと共には発せられた即答に、ケントはニヤリと笑ってこう言った。


「流石はキリルの妹だな」


 そこには一種の揶揄いのニュアンスが含まれていた。


 一体どういった意図があって、彼がこの言葉を揶揄いの材料として使ったのか。

 それが、セシリアには理解できない。


 何故ならセシリアにとってのキリルは心優しい兄であり、尊敬する兄であり、そして大好きな兄なのだ。


 そんな兄と並べられて、一体何を嫌がる必要があるというのか。


 そう、相手の意図に関わらず、セシリアにとってこの言葉は『紛う事なき褒め言葉』なのだ。


 だから。


「ありがとうございます」


 セシリアは、素で浮かべた満面の笑みで彼にお礼を告げた。



 セシリアにとって、それは当たり前の感情だった。

 しかしケントには、どうやらそれが理解できなかったらしい。


 セシリアの満面の笑みに出会った彼は一度キョトンとした顔をして、それから「プッ」と吹き出した。

 そして笑い声の端で「そうか、ズレてるのも血筋か」などという声が漏れ出たのだった。


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