第16話 『もしかしたら』という予測

 そんな話を、セシリアは新情報として自身の中に噛み砕いて落とし込みながら思考する。


(「指揮を取るのが『学生会』の仕事」という事は、実務作業をする人はまた別にいるんだろうか)


 そう思った時だった。 


「キリル様も、そんな私たちの仲間なのよ」


 告げられたその言葉は、少女の声だった。

 思考の中で無意識のうちに伏せ目がちになっていた自身の視線を上げてみれば、そこにはケントと同年代だろう子の姿がある。

 

 彼女とセシリアは初対面、しかしセシリアは勿論彼女の名前を知っている。


 カロリーナ・エンジ。

 エンジ伯爵家の一人娘、確か歳はキリルと同じだった筈だ。


 そんな風に、脳内情報を洗い出していると、今度はケントがすかさず補足を入れる。


「まぁ厳密に言うとキリルは『学生会』の人間ではなくて、そのお手伝い要員なんだけどね」


 それは一体どういう事なのか。

 その意味が瞬間的に理解できなくて、セシリアはまたもや首を傾げた。


 しかしそれはセシリアが口に出して尋ねるまでもなく、ケントが続けて教えて解説してくれる。


「『学生会』が行事の企画指示で、実作業は生徒のほぼ全員に何かしら関わってもらうんだけど、その橋渡しというか……現場監督とか伝言係とか人員集めとか。そういうのが『お手伝い要員』の役目」


 今此処にいるの子たちは、大半がその『お手伝い要員』だよ。


 そう言いながら周りを見回し、そしてこう言葉を続けた。


「助けてくれて、いつも本当に助かってるんだ。なんて言ったって『学生会』は3つしか席がないからね」


 そこまで聞いて、セシリアは「なるほど」と納得した。

 それはあまりに少ない。

 他に協力者が必要な理由も尤もだ、と。



 そして、それならば。


「もしかして『学生会』と『お手伝い要員』の人選は、意図的に均等な比率を保たせているのですか?」


 セシリアは、自身の脳裏に浮かんだ仮説を、まるで一応の確認作業であるかのような様相で問いかけた。

 するとすぐさま「正解」という答えが返ってくる。


「基本的には一定以上の作業能力がある者が候補に上がり、その上で男女比率と派閥比率が加味される。まぁ『お手伝い要員』には、それに加えて爵位比率も大切だよね」


 でないと、下の爵位の一般生徒が愚痴とか意見とかを言いにくくなっちゃうから。

 彼はそう言葉を続けた。


 どうやら「下級貴族の子達は同じく下級貴族の『お手伝い要員』にあれこれと意見を言い、その情報が匿名で『学生会』に上がってくる」という事らしい。


「因みに今年の『学生会』は『保守派』代表が俺で、『中立』代表がカロリーナ嬢。そしてもう1人は……セシリア嬢も名前は知ってるんじゃないかな?」


 そう言って、彼はわざとらしく声を顰める。


「『革新派』代表は、ヴォルド公爵家のエドガーだ」


 その声に、セシリアは内心で密かに驚いた。


(まさかあの噂の元凶となった人間の名前が、こんな所で出てくるとは)


 世間は狭いものである。



 しかし、そこまで思ってハッとした。


(彼も『学生会』の一員でここが『学生会』の関係者が集まる場所ならば、もしかしたらこの場に……?)


 外から見ていた時は全く気づかなかったけれど。

 そんなことを思いながら、不躾にならない様にあたりを見回す。

 

 しかし見つからない。


 するとカロリーナが「彼はこのお茶会のホストだからそっちの仕事に追われててここには居ないよ」と教えてくれた。


 その声にこれまた密かに安堵していると、さらにカロリーナが耳打ちしてくる。


「エドガー様は公爵家でしょ? 爵位的に下になる伯爵家の私達じゃぁ、どうしたってやっぱり押さえるにのもちょっと骨が折れるのよ」


 実は2人して、ちょっと辟易としているの。

 そう言って、苦笑を浮かべる。

 ケントへと目をやれば彼も似た様な顔になっていたので、2人の苦労は事実なのだろう。


(……この感じじゃぁ、もしかしたらエドガーは『セシリアドレス事件』の発端になる事以外にも、面倒なことをやらかした前科があるのかもしれないなぁ)


 そんな風に、セシリアは彼ら日常を慮る。


 しかし、どちらにしてもだ。

 カロリーナの口から『爵位の上下』という言葉が出てきた時点で、普段からの彼の言動が偉そうなのだろう事は容易に想像が付く。


(まぁ、家柄だけでいうのなら実際に偉くはあるんだろうけど)


 しかし、だからといって権力を振るうのにも時と場合を考えねばならない。

 権力とは本来『自分の思い通りに事を進めるため』ではなく、『他の誰かのために』使うべきなのだから。



 そんな風に思ったセシリアだが、流石にこんな所でそんな批判を開けっ広げにするわけにもいかない。

 しかしその表情から、彼らの日々の苦心も十分に察せられるのだ。


 だから。



 セシリアは、微笑を浮かべながら2人に向かって手招きをした。

 そして彼らが顔を寄せてくるのを待ってから、こう囁く。


「もしかしたら今年一年くらいの間は、少し大人しくなるかもしれませんよ?」


 誰が、とは言わなかった。

 しかし言わなくても、どうやら彼らには正確に伝わったようだ。


「え……それってつまり『あの方が静かになるような事が、近日中に起こるかも』という事?」


 カロリーナが、キョトンとしながらもそう尋ねてきた。

 そんな彼女に、セシリアは。


「断言は出来ません。が、そうなる可能性は大いにあると思います」


 そう答えると、悪戯っぽく彼女に微笑む。


 すると、その答えにケントが上機嫌で喉を鳴らして笑いながら「流石はキリルの妹だ」と言い、更にこんな言葉が続けられた。


「キリルの『予知』は百発百中だからな、妹なら似た能力持ちでも何ら不思議じゃない」


 そんな言葉と共に寄せられた大きな期待に、セシリアは思わず苦笑する。

 そしてケントに「あくまでも『もしかしたら』ですからね?」ともう一度、一応釘を刺しておいた。

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