第15話 お兄様の妹ですもの

 


 今までの会話の中で、彼はキリルとセシリアとの類似点をこれだけ多く並べ立てた。

 しかもそのどれもに、少なからず心当たりがある。


 それはほんの少しの会話の中でそこまで観察する目が彼にあるという事であり、そして。


(キリルお兄様の事をよく知っていないと、こうは言えない)


 そう、独り言ちる。



 キリルは、三兄弟の中では最も取り繕うことが苦手だ。

 しかしそれは、全く出来ないという訳ではない。

 きちんと必要なところを見極め、自衛ができる能力を持っている。

 いくら『苦手』といっても、世間一般に通用するくらいの能力を、彼は持っている。


 ケントを見る限り、少なくともセシリアには、キリルが彼の前で取り繕えない通りが無い。



 確かに彼は今まさにセシリアのうわべを看破してみせた。

 彼の名を知っていた理由が『セシリアの記憶力の良さ』にある事も、あえてこちらからは言及していないにも関わらず、彼は言い当てたも同然の言葉を使った。


 しかしそれはセシリア側にソレを厳重にプロテクトする気が無かった事と、キリルという前例を知っていたからこそである。

 そういう色眼鏡で見たら、たまたま特徴が一致した。

 おそらくは、ただそれだけの事だろう。


 つまりケントという人間は、こちらが隠さなければ察する能力を持っているが、それだけだとも言えるのだ。

 彼にはセシリアの様に、『1』の言葉から『10』を知る様な事までは出来ない。



 にも関わらず、ケントは『キリル』を知っている。

 ならば、その理由は至極簡単だ。


(お兄様は、彼に隠していない)


 キリルが与えた『1』の範囲が多いのだ。

 だからこそ、彼はキリルという人間をそこまで知り得た。

 そして、それが意味するところは。


(ケント様は、キリルお兄様の近くに位置する存在。そしてお兄様も、彼に心を許している)


 という事実である。



 などと、兄の交友関係を分析していると。

 

「じゃぁ改めて、自己紹介をさせていただこうかな」


 そんなケントの声が聞こえてくる。


「俺はドルンド伯爵家第二子、ケント。幸いにも、此処は利を求め者達の社交場では無い。ほぼオフレコの様な場所だから、お互い気軽にいこう」


 ここはそういう場所だから、そのつもりで。

 ライトな言葉で言外にそう示してみせたケントに対して、セシリアは「分かりました」と素直に頷く。


 そして。


「よろしくお願いします、ケント様」


 どうやらここでは、駆け引き無しの純粋な情報交換ができそうだ。

 そう思いながら、セシリアは彼の言葉に応えたのだった。




 そんな2人の様子とケントによるこのコミュニティーへの参加承認により、注視していた視線達のほぼ全てが友好的な色に変わった。


「よろしくー」

「楽しんで行って」


 片手を上げるジェスチャーと共に、幾つかそんな言葉を投げられた。


 なるほど、確かにここはケントの言葉に違わず、実にライトな空間の様である。


 そんな彼らに、セシリアも先ほどとは違って略式の礼で「よろしくお願いします」と彼らに応じた。

 

 礼をしたのは、流石に初対面の年上に対していきなり手をふり返すのも気が引けたからだ。

 社交場とは違い満面の笑顔付きで応じたので、おそらくその誠意と「溶け込む気はある」という気持ちは伝わっただろう。



 そして、それらがひとしきり終わったところで。


「ところでケント様、一つお聞きしても良いでしょうか?」

「良いよ、何だい?」

「此処は一体どういう集まりなのでしょうか……?」

 

 それは、セシリアがこのコミュニティーを遠目で見ていた時からずっと気になっていた事だった。



 このコミュニティーは、実に『バランス』が良い。

 男女の比率も、派閥の比率も、爵位の比率も。

 その全てがほぼ均等になっているのだ。


 これは大人達の社交場を含めても極めて珍しいケースである。

 そしてセシリアがこのコミュニティーを『面白い』と形容した理由も此処にあった。


「このお茶会には、確かに比較的様々な派閥や年齢層が集まっています。しかし此処までバラエティーに富んだ社交場というのも珍しいですよね?」


 唯一偏りがあるのは年齢層のみ。

 社交場に効率の良さを求めるセシリアからすると、此処はほぼ満点に近い。



 セシリアの疑問に、ケントは「あぁそれは」と教えてくれる。


「ここが『学生会』経由の集まりだからだよ」

「『学生会』……ですか?」


 その言葉を受けてまずセシリアの脳裏に浮かんだのは「『学生会』って何だろう」という疑問だった。


 それは、少なくともセシリアの脳内辞書には存在しない言葉だったのだ。


 

 セシリアが小首を傾げると、その様子を見たケントが何故か楽しそうに喉を鳴らしながら笑った。

 それを「どうしたのだろう」と思いながら眺めていると。


「あぁ、いやごめん。反応が、知り合った当初のキリルと全く同じだったものから」


 そう言って、彼は口元に手の甲を当てながら笑いを堪えようとした。

 しかし残念ながら、それはただのポーズにしかならなかった。

 

「アイツ、色んな事知ってるくせに、学校の組織構造とかは全く知らなかったんだよな。で、アイツがそういう反応する事って滅多に無いから今でもよく覚えてる」


 そう告げた彼の声は、間違い無く笑いを含んでいる。

 全く隠せていない。


「その癖知らない事を知りたい欲求は人一倍あるんだから、毎度毎度説明するこっちは大変だ」


 と、そこまで言うと、彼は一度言葉を止めた。

 そして口元を隠していた手を退けて、ニヤリとセシリアに笑ってみせる。


「君も、同じ口かな? セシリア嬢」


 その声には、明らかな揶揄いの要素が含まれていた。

 しかしそこには不思議と嫌味を感じない。


 それは彼の持つ天性のものなのか、それとも友人の妹という気安い関係地だからこその気楽さか。

 まぁどちらにしても、気さくに対応できそうなのでセシリアとしては有難い。


「勿論気になります。だって私、お兄様の妹ですもの」


 少し拗ねたように、しかしそれでいて素直に、セシリアはそう告げた。

 そして視線で続きをせがんで見せると、ケントは頼られたのが嬉しかったのか、嬉しそうにしながら「よし良いだろう」と胸を張る。


「『学生会』っていうのはね、学校で行われる年間行事を仕切る人達の総称なんだ」


 そう言って、学校について少し教えてくれる。


 

 曰く、「学校では『生徒たちの自主性を重んじる』という大義名分の元、学生達に行事の指揮を取らせる」という事らしい。


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