第10話 ヘンゼル子爵夫人の確信
それはクラウンのと同日に起きた、おそらく目撃者が少なかったが故に遅まきに広がったのだろうアレ。
「『第二王子に見初められた』という物ですよ」
微笑みの裏にニヤリとした顔を浮かべながらそう言った夫人に、セシリアは元々丸い目を驚きに見開いた。
しかしその実、それはセシリアが今まさに想像したものでもあった。
つまりは、アクションだ。
しかし夫人は、そんな事には全く気づかない。
「実際はどうなのかしら……?」
素朴な疑問だと言わんばかりの表情で、夫人はセシリアにそう尋ねてきた。
しかしやはりセシリアにはお見通しである。
(どうやら夫人は、私が夫人を話し相手に選んだ理由を勘繰るのではなく、私から情報を搾り取る方を優先したみたい)
こちらの動揺を誘って本音を聞き出す。
そんな彼女の心運びを感じ取って、そして思った。
軌道修正した計画の実行にとって、これは「逆にチャンスだ」と。
夫人の声に、セシリアは困惑した表情を作り、途端にオロオロとし始めた。
そして、言う。
「私が第二王子殿下に見初められた等と……そんな噂は殿下に対して失礼です」
だって事実無根ですし。
そう続けた彼女の顔には、羞恥と申し訳無さがない混ぜになっている。
彼女のその様子には、つい先程までの余裕は消えてしまっていた。
正に化けの皮が剥がれた様相である。
そんなセシリアを前にして、夫人は聞こえるか聞こえないかの声で「ふぅん」と呟いた。
そして微笑の裏で納得顔になる。
一方、そんな夫人にセシリアは――内心でほくそ笑んだ。
セシリアには、面白いくらい夫人の脳内ロジックがよく分かったのである。
先程は大人顔負けの大人な対応に少し驚き疑念すら抱いたが、何のことは無い。
アレは、その質問をあらかじめ想定できていたからこその余裕だったのだ。
そして今の反応――知らなかった事を突然振られて見せたボロ。
あそこで臨機応変に対応できない程度の社交手腕など、高が知れている。
そして、何よりも。
(同じ日に起きた出来事なのに、片方は噂されると予期出来ていてもう片方には出来ないなど、絶対にあり得ないわ。そうでなくとも後者の相手は王子、記憶に残らない筈が無いもの)
そこから分かるのは、先程の質問を予期していたのはセシリア本人ではなく周りの人間だという事。
つまりセシリアの先ほどの余裕は、周りからの入れ知恵の結果だという事である。
(あの年代の子供にしてはやる方なのかもしれないけれど、少なくとも大人である私の敵ではないわね)
そんな事を思いながら、彼女は心中で笑う。
そして『そうと気付けばそんなに警戒する必要も無い』と心中で笑う。
そして夫人のそんな確信は、自身の中に新たな事実を齎した。
王子の件に対する、明らかに準備不足な対応。
そして、まったく隠せていない動揺。
それらを鑑みるに、おそらくこちらには親の指示という名の不純物は混ざっていない。
そして曲がりなりにも社交場でこんな風に感情を曝け出してしまう愚を犯す子に、あの『オルトガン』が嘘をつかせるなどという危ない橋を渡らせる筈がない。
つまり侯爵子息の件に対する答えにも『嘘は無いだろう』という事実を。
そしてそう思い込んでもらえたという事実は、正しくセシリアの思う壺である。
セシリアは、彼女にこう思わせたかったのだ。
どうやら『あのオルトガン伯爵家』の人間だからって少し警戒しすぎた様だ、と。
そして、今回自分に話しかけてきたのだって「偶々近くに居たのが自分だったから」という理由に過ぎないのだ、と。
そうやって相手の疑念を取り払った先に『真の目的』を、セシリアは何食わぬ顔で設置する。
人間とは、誰しも一度隠されたものを見つけると、それで全てだと思い込んでしまう生き物なのだという事を、セシリアはちゃんと知っていた。
こうしてヘンゼル子爵夫人との社交の時間は過ぎていった。
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