第11話 事実を織り交ぜた真実
その後、セシリアは適当にキリを付けて彼女たちの元を離脱した。
そして少し離れた所で小さく息を吐く。
「これで、上手く『真実』を認識してくれればいいんだけど」
それは小さな小さな呟きだった。
それを拾う事が出来たのは、すぐ後ろに居たただ一人。
「『事実は、日々誰かの手によって改竄され続けている』だったでしょうか……?」
執事服の理解者が、そんな事を言いながらグラスを一つ手渡してくれる。
「えぇ。時には、よりドラマティックに。時には、悪意をスパイスにして。そうやって噂は日々脚色・改竄されて肥大化していく。それが『真実』」
そう言い終えて、セシリアは受け取ったグラスをゆっくりと煽った。
口内を、シュワッとした感覚が駆け抜ける。
そのゴールドの液体の冷たさを鑑みるに、おそらくセシリアが話し終わる直前に調達してくれたのだろう。
さっぱりとしたその甘さが脳内疲労を押し流し、セシリアの思考を綺麗に掃除してくれた気がした。
流石はゼルゼンだ。
こういう時にセシリアがどんなものを所望するのか、彼はよく分かっている。
「でもね、ゼルゼン。そうやって作られる『真実』には、一定の胡散臭さが伴うの」
噂話は一つの『真実』である。
しかし「そんな筈が無い」と思わせるようなソレは、存外廻りを興醒めさせる。
だから噂を広めたい時には信憑性を持たせる事が大切なのだ。
そして、信憑性を持たせる最も手っ取り早い方法とは。
「その中にきちんと事実を落とし込む。そうすれば、『真実』は興味と好奇心を孕んでより遠くまで飛んでいくのよ」
より、遠くへと。
そしてソレを成す為の工作を、セシリアはやってのけたのだ。
先の、ヘンゼル子爵夫人との会話の中で。
まず、クラウンとの噂の件について。
「事前に手紙で侯爵から謝罪申し出があったのは完全なる事実」
これは「噂に準ずる事実、つまり『ドレスが汚され退場した』という事実は確かに存在した」という事を肯定した上で「侯爵家と我が伯爵家があの件を機に対立している」という噂に反論した事と同義だ。
先の侯爵達とのやりとりの中で『劇』こそ渋ったものの、ここで一連の件にケリをつけたいというのはセシリアの本意だった。
だからまずは噂から余計な贅肉をそぎ落とす策を講じたのである。
そう、つまり。
「モンテガーノ侯爵家が『王城パーティーで権力を笠に着てセシリア様を追い出した』という事実を認めて謝罪し、オルトガン伯爵家は既にソレを許している」
「そう思ってくれていれば上々ね」
クラウンの物言いに、セシリアが頷きながらまた一口グラスを呷る。
この解釈の中で肝となるのは「既に許している」という部分だ。
しかしもう一つ、『侯爵家が、噂の根底のとなった事象を事実と認めた』という部分も大切なのである。
これは、おそらく今日以降にあちらが行うだろう印象操作への対抗だ。
あの様子では、彼方は「自分たちから謝罪したという事実自体を否定したい」と思っているだろうし、事実そういった行動をするだろうと思われる。
それを前もって封じるのが、この噂を流す理由だ。
セシリアは、つい先程クレアリンゼから「相手に付け入るスキを与えないように」と言われている。
この一手は確実にそれに繋がってくれるだろう。
次に、セシリアと第二王子との噂については。
「『見初められた』なんていう事実も、存在しない」
そんな風に言いながら、セシリアはまた少し飲み物を呷る。
王城パーティーで、セシリアは確かに第二王子から声をかけられた。
しかしそこで得たのは、あくまでも『仲良くなる権利』だけだ。
確かにアレは相手からの「親交を深めたい」という意思表示だったかもしれないが、『見初められた』と言われる程の決定的な何かがあった訳じゃないのだ。
「そもそもこの噂は『明示されていない曖昧さ』のせいで面白おかしく広がっちゃっているいるのよ」
つまりこれは「どちらとも取れるから、より面白い方に傾いた噂」なのである。
そして面白いからこそ、他人の興味をそそり加速度的に広がっていく。
その場合、当事者の言葉というのは重要だ。
ここで不明瞭を「ただの噂だ」と明瞭化するだけで、周りはそれを明確な事実として簡単に受け取り「なんだつまらない」と噂は失速する。
それこそ当事者同士が対立する意見を明示しない限り、外野は存外すんなりと受け入れるだろう。
だから。
「今回はそちらの噂にはノータッチのつもりだったのだけれど、その機会を得たのは僥倖だったわ」
セシリアは安堵したようにそう息を吐き出した。
こういう話題は周りから振ってもらって初めて純粋な弁解ができるというものだ。
逆に自分で話題を出して否定するなど、愚の骨頂。
聞いてもいない事を話題に出してわざわざ否定する事は、相手側からすると必死に否定しているように見えてしまう。
最悪「そんなに必死に否定して、本当は事実なんじゃ……?」と勘繰られる事にもなりかねないのだ。
そうなってしまえば逆効果以外の何物でもない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます