第12話 本日最大の目的と、その為の人選



 それら一連の主張を、セシリアは効果的に行なってみせた。

 最初に疑念を抱かれた事さえ利用して、これらの言葉に嘘は無いと思わせて。


 噂を誘導しようとしている可能性や、嘘は言っていないが事実も言っていないという可能性。

 疑念を解かせ、事実の欠片を告げる事でその言葉の裏に含む意図にまで気が回らない様に、セシリアは相手の思考を巧みに誘導してみせたのだ。




 グラスを再び預けながら、セシリアは「ねぇ、ゼルゼン」と言葉をかける。


「今回の作戦、上手くいくと思う?」

「……それを見込んでのあの人選だったのではないですか?」

「まぁ、そうなのだけれど」


 見透かしたような専属執事の物言いに、セシリアはクスリと笑いながらそう応じた。


 


 今回のセシリアの最終目的は、先程のやり取りで得た情報を夫人経由で周りにリークさせる事だ。


 

 何人もの人間に対して今のようなやりとりをしに行くなんて、そんな面倒な事をする気は、セシリアには更々無い。


 だからこそ、その人選には気を使った。



 今回のセシリアが彼女たちのコミュニティーを『大人の女性との社交』として選んだ理由は、4つ。



 1つ目は、クレアリンゼの社交範囲外の相手である事。


 今日、おそらくクレアリンゼも似た様な策を講じるだろう。

 ならばその工作範囲は被らないに越した事はない。

 

 幸いにも、今日は招待客が幅広く、その数も多い。

 クレアリンゼの社交範囲の人間を除いたところで、後の条件に一致する人間を探す事は比較的容易だろう。

 


 2つ目は、性質の悪い相手でない事。


 これは単に、万が一セシリアが立ち居振る舞いを失敗した時の面倒を回避する為の条件だ。

 勿論そうならない事が最も望ましいのだが、セシリアにとって今日が初めての本格的な社交である。


 こける可能性だって無きにしも非ずであり、そこに対して保険をかけておくのも大切だ。



 3つ目は、『革新派』の人間である事だ。


 今回の社交の目的は、最初から侯爵家との間の噂に関する対策だった。

 尚且つ、相手が今日以降に何かしらの対策に打って出ることも、あらかじめ予想がついていた。


 ならば対抗噂の出先は敵である『保守派』陣営からよりも、本来ならば味方である筈の人間からの方が良い。


 そうすれば、少なくとも「『革新派』を貶めるために流している」と言い逃れをされる事は無い。



 そして4つ目は、噂話を好みそれを流すコネクションを持っている人間である事だ。


 セシリアから話を聞いたところで周りへの拡張力が無ければ意味が無い。

 この件については今回の社交で全て下準備を終わらせてしまうのが理想だった。


 その条件に見合ったのが、ヘンゼル子爵夫人だ。


 彼女は、子爵位ではあるが子爵以下の『革新派』コミュニティーの頭を張る人間だ。

 加えて交友範囲は派閥を問わず、その顔の広さは彼女の『噂好き』に端を発している。



 実は、候補はもう一人居た。

 それでも彼女を選んだのは、彼女の方が比較的操りやすい性格をしていたからだ。



 その人選が正しかったか。


「――その結果が出るのは、もう少し先ね」


 セシリアは、小さくそう呟いた。

 

 

 しかし、ゼルゼンは主人の手腕を全く疑う様子が無い。


「手ごたえがあったからこそ、セシリア様は今、そんなにもご機嫌なのでしょう?」


 当たり前のような口調で、彼はそう告げた。

 セシリアが完璧主義な事を、そして殊『貴族の義務』には厳しい事を、彼は誰よりもよく知っているのだ。



 完全に的を射たその声に、セシリアは思わず「ふふふっ」と笑いながらゆっくりと歩き始める。



 そしてまた、次なる『戦場』へと向かったのだった。

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