第9話 深まる疑念と次なる一手

 夫人からの視線を受けて、セシリアは自分のミスをすぐさま悟った。


 数秒間の沈黙から始まった社交の最初から、彼女の瞳には『相手は子供だ』という甘さが無かったのだ。


(否、最初からちょっと警戒はされていたみたいだけど)


 それでも先のあの一言が原因でそれが深まったのは確かである。


 できれば、そのアドバンテージは有効に使いたかったのだが、過ぎてしまったものは仕方がない。


 ならば。


(この状況も加味して作戦を練るしかない)


 そう思いながら、セシリアは自身の脳内でまた自身が成したい事を成すための道筋を立てはじめる。 


 すると、そんなセシリアの内情を知ってか知らずか、夫人がこんな話を振ってきた。


「……『話題のマト』と言えば、今日はモンテガーノ侯爵とその御子息も来られていますけれど、セシリア様はもうお会いになられまして?」


 その言葉に、コミュニティー内がまるで木の葉が風に撫でられた時の様にサワリと揺れた。


 その事実は、誰もが気になっていた事に直球で切り込んだ夫人に彼女達ですら驚いている証拠だった。


 そしてセシリアも、勿論驚いた。

 しかしそんな事はお首にも出さずにサラリと応じる。

 

「はい、先程」


 セシリアが微塵も動じずに笑顔でそう答えられたのは、勿論彼女の社交の仮面の出来が良かった事もあるが、遠回しにしろ正面からにしろ「その手の話題にはなるだろう」と予測していたからである。


 だからセシリアとしては「予定よりは早いけど、まぁ良い。計画を実行に移そう」と思い直しただけで済んだのだ。



 そして、そんなセシリアの声に夫人は「うふふ」と優雅に笑う。


「そう。最近はその噂で持ちきりですからね。その噂の真実というものを、是非とも当事者の口から聞いてみたいものです」


 その噂というのが「セシリアのドレス汚しに関するクラウンとの噂の事だ」というのは、誰の目にも明らかだった。

 

 それは和やかな声を被っていて、その実非常に挑発的な言葉だった。

 



 そんな彼女に、セシリアはーー心の中でクスリと笑った。



 夫人が何事も有耶無耶にしたがらない人だという事は、事前の情報収集で既に分かっていた事だった。

 

 モンテガーノ侯爵が所属する『革新派』の人間である彼女が、当事者を前に例の噂の事が気にならない筈がない。

 そしてそうなれば、必ず明確にこの手の質問をしてくるだろう事は想像に難くない。


「モンテガーノ侯爵家とは、本日正式に和解をしました。とは言っても、以前からお手紙にて謝罪は頂いていたのですが」


 今回、ようやくお会いする機会を得まして。

 そう言葉を続けて微笑めば、夫人も笑顔で「それは良かったわ。いつまでも仲違いをしている状況は決して良いとは言えないものね」と言葉を返してくれた。


 しかしそれも上部だけの物言いだ。


 

 依然として疑念を向けられている。

 それは、少なくともセシリアにとっては筒抜けな事実だった。


 しかし向けられたその疑念は、今回セシリアが思い描いた計画にとって些か邪魔でもある。

 そしてその疑念は、セシリアが完璧に近い社交を続けている限り決して拭えはしないだろう。


 だから。


(さて、この土壇場で軌道修正した計画、そろそろ始めましょうか)


 そんな風に独り言ちた。

 その時だった。


「そういえば、セシリア様には例の社交場以降、もう一つ噂話が上がっていましたが、どんな物かはご存じ?」

「もう一つの噂、ですか?」


 セシリアの声よりも先に、夫人の口が言葉を告げた。

 そして彼女がもたらしたその情報に、セシリアは純粋に首を傾げる。


「いいえ、私は何も存じませんが……?」


 事実、セシリアはすぐにはその正体に思い至れなかった。

 しかしこの言葉を全て吐き切った後で気が付いた。


(あぁ。もう一つと言えば、もしかして)


 そう、セシリアにはもう一つだけ思い当たる節があったのだ。


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