第8話 警戒心と生じた疑心

 


「皆様、初めまして。オルトガン伯爵家第三子、セシリアと申します。皆様のお話に、私も混ぜていただけませんか?」


 子供のそんな声が聞こえて、このコミュニティーのリーダー格・ヘンゼル子爵夫人は後ろを振り返った。


「あら貴方は確か……」


 思わずそんな言葉が口をついて出たのは、その少女に見覚えがあったからだ。



 艶やかなオレンジガーネットの髪に、丸いペリドットの瞳。

 そして、まるで人形の様に整ったその容姿。

 

 間違いない。


(あの噂の当事者。でも、アレ以来社交には顔を出していないと聞いていたけれど)


 そう思い、しかし言葉を促すように見つめてくるその瞳でハッと我に返った。


 そして彼女が返した答えは。


「構いませんよ、私達も一度貴方とお話ししてみたいと思っていましたもの」


 というものだった。


 しかしその言葉と人の良い笑顔の裏には、別の顔がある。

 

(何か思惑があっての事なんじゃないかしら)


 何故って、彼女は『あのオルトガン』の人間なのだから。



 オルトガン伯爵家。

 三大伯爵家の一つに名を連ねる家だが、実質的な脅威はそこではない。

 

 彼らは基本的に、その権力を振るわない。

 それは、それをする必要がないくらい実務能力と社交能力に長けている家だからだ。



 実務をするにしても、社交をするにしても、彼らは強い。

 それはまさしく、彼らに機を読み、予測し、行動に示す力があるからに他ならない。


 とりわけ当代の夫妻の能力は疑いようもない。

 そしてその頭角を、まだ未成年である子供達も既に表しているという。


 そんな家の末娘だ。

 少なくとも夫人には、例え相手が10歳であろうとも、侮る事は愚であるように思えた。



 だから。


(たくさんの人間が居るこの場所で、何故わざわざ今自分に話しかけてきたのでしょう……?)


 夫人にとってそれは「まだ子供なのに、こんな社交場に」などという疑問よりも、更に上をいく疑問だった。


 

 それは、どちらかといえば直感に近い疑念だった。


 もし今のこの気持ちを他の誰かに覗かれていたなら「何を子供相手に」と鼻で笑われていただろう。

 しかし夫人の心の中では、確かにけたたましいアラートが発せされているのも事実だった。


 その為、夫人は「それに」と自己防衛を試みる。


「何と言っても、貴方は今や話題のマトですしね」


 続けられたその言葉は、相手への嫌味と牽制を込めた言葉だった。


 そして、夫人のそんな言葉に目の前の少女はというと。


「ありがとうございます」

 

 ただそう一言、返してみせた。



 その顔には、余裕され感じさせる微笑みが湛えられていた。

 それを見て、夫人はその疑念を強める事になる。


(これは……最後の嫌味が伝わってない? それとも分かった上で聞き流した……?)


 前者ならば、ただの子供。

 しかし後者ならば。


(普通社交会デビュー直後の子がそんな芸当、出来る筈ないわ)


 そう心の表層で否定しつつも、奥底では疑念が揺らめいてる。


 こうして、警戒心の高さ故のそんな疑念を秘めながら、セシリアとヘンゼル子爵夫人との社交は始まったのだった。

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