第5話 オルトガンの娘

 


 まずセシリアが訪れたのは、大人の男性達が集まるとある社交の輪だった。


「こんにちは、皆様。オルトガン伯爵家第三子、セシリアと申します」


 そう言うと、セシリアはまず丁寧な所作で彼らに公式の礼をして見せた。

 


 声を掛けられた面々は、小さな来訪者の存在に少し驚いたようだった。


 しかしその内の一人が「あぁ、たしかオルトガン伯爵の……」と呟く。

 そして膝に手をついて中腰になると、セシリアに視線を合わせてからこう言葉を続けた。


「それで、どうしたんだい? もしかしてご家族とはぐれてしまって探しているとか――」


 おそらく彼は、セシリアの事を『はぐれた家族を探している子供』だと思ったのだろう。


 セシリアの目にはその言動が、気遣い以外の他意は無いように映った。

 しかしそれは、明らかに大人が子供にする気遣いだ。

 

 つまり。


(私の事はやっぱり社交相手として認識してない、か)


 そんな言葉と共に、内心でため息を吐く。



 しかし周りを見渡せば、確かに大人に混じってきちんと社交が出来ている同年代の子の姿は見当たらない。

 やはりソレが彼らの中の常識なのだろう。


 そうとなれば。


(まずはその認識を改めるところからかな)


 そんな風に、頭の中で素早く計画を立案していく。

 そして。


「いいえ、伯爵方の仲間に入れていただけないかと思いまして」


 全てを組み立て終えた後で、セシリアはニッコリと社交の笑みを浮かべながらそう答えた。

 


 すると、それを聞いた彼は困ったような顔をした。

 眉をハの字にして人差し指で軽く頬を掻きながら、少し申し訳なさそうに口を開く。


「うーん……しかし私達の話は、君にはあまり面白くないと思うよ?」


 そんな彼の顔には「どうしたものか」という言葉が書かれていた。


 それを見て、セシリアはというと。

 

(やっぱり良い人選だ)


 内心でそう呟きながらほくそ笑む。



 最初の社交にあたり、セシリアは意図的に『自分にとって都合の良い人選』をした。


 善良で、子供に優しく、話題に困らない。

 尚且つ、その人物がコミュニティーを仕切る立場に居れば尚の事良い。


 だってそんな人間なら比較的人身を掌握しやすく、仕切っているコミュニティー事味方にできる可能性があるからである。


 少なくとも。


(「仕切り役が受け入れているのに他の人間がセシリアの存在を容認しない」なんて事、表向きには出来ないでしょう)


 だからこそ、そういう人物はセシリアにとって都合が良い。

 最も『効率的』な人選だと言えるだろう。


 そしてその全ての条件に一致するのが、先ほどからずっとセシリアの相手をしてくれている彼・モンターギュ伯爵である。



 彼は、社交の邪魔だろうセシリアを否応なく追い払うのではなく、まずは説得してくれている。

 それは間違いなく彼の優しさだ。

 

 しかしそれは殊社交において、必ずしも長所ではない。

 付けいる隙にだってなる。


「私は伯爵方の領地の事についてお話をお聞きしたかったのですが……やはりそういう理由では皆様のお邪魔になってしまうでしょうか?」


 あくまで善意で子供扱いをしてくれる彼に、セシリアは上目使いでそう尋ねた。


 つまり「ならばそれを武器にすればいい」という事である。



 そんなセシリアの考えに気が付いたのは、彼女の従者・ゼルゼンただ一人だった。

 

 初対面の大人を騙せるくらいには、セシリアの社交の仮面は分厚かったのだ。

 だからこの後、そんなセシリアの手のひらの上でもの見事に転がされたところである程度は仕方がなかっただろう。



 伯爵は、数秒の間考えるような素振りを見せた。

 そして「まぁ良いか」と呟く。


「それで、聞きたい事っていうのは何なんだい?」


 そんな彼の物言いには「どうせすぐに終わるだろう」という目算が含まれていた。



 さらっと答えて彼女の「大人の仲間入りをしたい」欲を満たせばすぐに満足して去っていくだろう。


 そう思っているのをその表情からしっかりと読み取りながら、セシリアは予定通りの言動に出た。


「モンターギュ伯爵領では紙の生産技術が発達しておりその流通は現在国内シェアNo.1ですが、最近新たな種類の紙を開発中だと噂でお聞きしました。何でも『燃えにくい』紙なのだとか」


 10歳になったばかりの子供の口からスラスラと出てきたその言葉に、伯爵はひどく驚いた顔をした。



 これまでずっと、彼は大人が子供に対してする気遣いとしてはパーフェクトに近い対応をセシリアに対して行ってきた。


 しかしそんな彼の言動の中でただ一つだけ足りないものを挙げるとしたら、それは『彼女を他の10歳児と全くの同列として扱っていた事』だろう。



 例えば『ただの10歳児』ではなく『オルトガン伯爵家の今年10歳になった娘』として認識していれば、もしかしたらその対応も変わっていたかもしれない。


「紙の原料となる木が燃えるのですから紙が燃えるのは当たり前ですのに、一体どうやったらそのような紙が出来るのかと思いまして」


 そう言って、セシリアは「何故なのでしょう?」と言わんばかりに小首を傾げて見せた。


 すると彼は「そうか、君はオルトガン伯爵家の娘だった」と独り言ちた。


 すると隣に立っていたもう一人の貴族の男が驚きと納得を混ぜこぜにしたような声でこう呟く。


「オルトガン伯爵家……。確か上の子女達の社交界デビューの歳にも『他とは違う』と驚かれていたな」


 彼のこの物言いからするに、やはり兄姉の時もその特異さは際立っていたらしい。


 

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