第4話 常識と傾向を確認して
その後2つ3つの雑談を交わしてから、セシリア達はエクス子爵夫妻と別れた。
そしてまるでそれを合図にした様に、クレアリンゼとセシリアは互いに自分の社交を開始する。
「……今日は、お話ししたい方が沢山居るわ」
楽しげな笑みを口元に浮かべながらそう言い置いて、クレアリンゼはお供のポーラを連れて社交の海を進み始めた。
その颯爽とした背中を見ながら、セシリアは「お母様にとってもこの場は効率の良い場所なんだなぁ」なんて思う。
あの様子だと、今日の社交終わりには、成果を2、3持って帰って来るかもしれない。
(私も、負けていられない)
私は王城パーティー以来、初めての社交場である。
社交に関する進行の遅れは早く取り戻したい。
せめて成果のための足掛かりが一つは欲しい所である。
「さて、どうしよう」
そう呟きながら、セシリアは会場内をグルリと一度見回した。
そして、周辺の様子を確認しながら思い出す。
「早々に庭に遊びに行ってしまう子供達も居ますが――」
それは、行きの馬車でクレアリンゼが教えてくれた事だ。
そしてセシリアは、その言通りの光景を早々に見つける。
会場の端、大人達の社交場となっている飲食物エリアや歓談エリアから少し離れた、開けた場所。
そこに、セシリアとちょうど同年代と思われるくらいの子供達が集まっている場所があった。
芝生に座っておしゃべりをしたり、はたまた走り回ったり。
そんな姿を眺めながら、セシリアは後ろに尋ねる。
「今って何時?」
「11時32分です」
セシリアの問いに即答したのは、今までずっと気配を消してセシリアの後ろに控えていたゼルゼンだ。
彼の手には、開かれた銀の懐中時計。
懐から出して開き、時間を確認して述べる。
その一連の動作をほんの1秒でやってのけてしまったあたり、流石はよく訓練されている。
しかしそんなゼルゼンは、セシリアにとってはいつもの事だ。
だから思考の端に引っ掛ける事さえ無く、自身の思考に没頭する。
(……なるほど。同年代の子供達の我慢の限界は、どうやら30分も無いらしい)
招待状に書かれていたお茶会の開始時間と照らし合わせながら、セシリアはそんな風に考える。
そして「確かにこれじゃぁお母様の言っていた通り、私が社交に混じったら皆驚くだろうな」なんて、心中で呟いた。
しかしだからといって社交に赴かないという選択肢は、少なくとも彼女の中には存在しない。
「さて」
そう言うと、セシリアは同年代の子供達が集まる場所から何の未練も無く視線を外した。
そして、改めて周りを確認し。
(――どうやら同年代で集まる傾向があるみたい)
そんな感想を抱く。
中には老若男女様々な方々が集まる所も、無い訳ではない。
しかし圧倒的に、同年代の同性同士で集まっている割合の方が多い。
(席順が決まっていないと、やっぱり顕著だなぁ)
これはつまり、仲の良い者同士が集まった結果なのだろう。
すぐさまそう察する。
これは、年齢層によってコミュニティーが別々に存在するという、実に分かり易い例だ。
そして、改めて実感する。
クレアリンゼが言った、この場の効率性を。
(本来なら、今見えているこのコミュニティー毎にお茶会や夜会が催される)
勿論もう少し大きな括りのコミュニティーで行う社交のあるだろうが、どちらにしてもその数は両手じゃ足りない。
そんな中で社交の成果を得るためには、数あるそれらの社交場を巡り、不要な話を含めた交流が必須である。
(そんなの、考えただけでも面倒過ぎて眩暈がする)
それが、今回は一度に出来るのだ。
それどころか、やり方次第では必要な話だけを聞きかじる事だって出来るだろう。
そこに生まれた効率性は、言うまでもない。
勿論最も効率的に社交をこなす為には、正しく有用な相手を選び、上手く会話に参加し、完璧に話の引き時を見極める必要がある。
しかしセシリアには、きっとそれが出来る。
セシリアだってクレアリンゼの英才教育を受けているのだ。
それくらいの事は出来る。
頑張れば。
セシリアにとっては、これが初めての本格的な社交、大人の社交場への参加だ。
(気が抜けない事は、確か。でも、そう必要以上に固くなる必要も無い)
セシリアはそう、自分の中で唱えてみせた。
こうしてセシリアは、この場を正しく『己の社交練習の場』として認識しながら社交の海へと足を一歩踏み出した。
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