第3話 「何も起こらない」という保証
彼はきっと、オルトガン伯爵家が『強要されて無理やりこの場に出て来さされた』なんて事ある筈がないと確信している。
そんな自信が、彼の言動の端々からは見て取れた。
そして、ソレを少し楽しみにしている節さえある。
なのに。
(好奇心に任せて隠し立てることも無ければ、周りの注目を浴びるような騒ぎ立てもしない)
グーメルン伯爵もそうだが、家ぐるみの付き合いをする人達は、その全員が『出来た人間だ』というのが、セシリアの認識である。
そしてそれは、この子爵も決して例外ではない。
だからこそセシリアも、彼の態度の恥にならない様に、淑女然として誠実に答える。
「えぇ、まったりと楽しく過ごさせていただきました」
社交の仮面に敬意を込めてほのほの顔でそう返すと「あぁそうだ」と不意にある事を思い出す。
「エクス子爵、先日はお土産をありがとうございました」
『お土産』とは、先日父が参加した社交で貰ってきたお菓子の事である。
わざわざ「セシリア嬢に」と名指しでくれたのだと父から聞いていたのを思い出したのだ。
「程よい甘さで、紅茶に合うとても良いお菓子でした」
言いながら、その時の味を思い出す。
とても美味しかったのだ、勿論お世辞抜きで。
セシリアの素直な感想に、子爵は嬉しそうな笑みを浮かべた。
「そうか、喜んでくれたのなら良かった。あれはうちのコックのオリジナルレシピなんだ。今度また土産に持たせよう」
彼のその言葉に、セシリアは胸が躍る。
「ありがとうございます!」
ペリドットの瞳を輝かせてそう答えると、そんなセシリアに横から別の声が掛けられた。
「セシリアさん、緊張はしていない?」
優しげなその声に、セシリアは視線を向ける。
すると、そこに居たのは少し垂れ目の女性だった。
エクス子爵夫人。
子爵と比べると気軽さには欠けるが、その表情から彼女が本当に気がかりに思ってくれている事が伝わってくる。
おそらく例の噂で注目されるだろう事を気にしてくれているのだろう。
そんな彼女の気遣いに、セシリアは安心させるような笑みを向けた。
「大丈夫ですよ。でも、ご心配いただき嬉しいです」
ありがとうございます。
そう謝意を述べてから「それに」と言って、言葉を続ける。
「実は先ほど、例の件について先方と話の場が持たれたのです。そこで晴れて『和解』という事になりました」
「あら、それは良かったわ」
「えぇ? 少し残念じゃないか?」
少し小声になって告げたセシリアに、夫人はホッとした様な表情を浮かべた。
しかし対照的に、子爵は何やら不服そうな顔になる。
どうやら彼は、一波乱の方を期待していた様だ。
まぁ、でもそれも。
「『和解』が成ったからといってこのあと何も起こらない、という保証も無いですけれどね」
本当は、そうならないに越した事はない。
しかし可能性としては、無いとは言いきれない。
そんな懸念事項が、セシリアの中には一つだけあるのだ。
あの場では完全に消しきれなかった、懸念事項が。
(そこまで馬鹿じゃない事を祈りたい所だけど)
そう心中で独り言ちると。
「……なるほど、それは面白い事になりそうだ」
子爵がニヤリと笑ってみせた。
その物言いと笑顔を見るに、少なくとも彼の中では『可能性』は『この先実際に起こる事』と認識されてしまったらしい。
「逆に、まだ『何かが起こる』保証もありませんよ?」
「何を言っているんだい? オルトガンの血が見せた可能性だろう?」
起こるに決まってるじゃないか。
まるで「何を当たり前の事を」と言いたげなその声に、セシリアは思わずクレアリンゼの方を見た。
するとそこにはちょっと困ったような顔の彼女がいて。
彼の言を肯定しないのは、セシリアがその展開を望んでいないから。
そして否定しないのは、彼の言を否定するには今までの実績があり過ぎるからだろう。
しかしそれは、セシリアに未来の雲行きの悪さを暗示させているかのようで。
心の中で「面倒だなぁ」と、セシリアは深い深いため息を吐いたのだった。
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