第6話 紳士は良縁を見出して


 そしてそんな男の声を聞きながら、モンターギュ伯爵はすっかり社交相手を見る目をセシリアへと向けていた。


 クレアリンゼ直伝の、ハキハキとしているのに柔らかく聞こえる声。

 社交の仮面完全装備な笑み。

 そして、知性の色が灯ったペリドットの瞳。


 そのどれもが「今の言葉や疑問は、決して誰かからの暗記物では無い」と伯爵に思わせた。


 それは社交に関する一種の嗅覚と呼べる代物だった。

 つまり、直感以外の根拠は無い。

 しかしそれでも彼は、今まで自分が培ってきたその嗅覚を信じる事にした様だった。


「良く知っているね、その話はまだあまり知られていないと思っていたのだが」


 そう言って、彼はセシリアに「興味深い」と言いたげな目を向ける。



 一方セシリアはと言うと、瞳に非常に純度の高い好奇心を宿して口を開く。


「元々ひょんな事から『紙』には興味を持っていたのです」


 だからその延長で新しい紙の存在を知ったのだ。

 そう、セシリアは付け足した。


「確かにそれだけの言葉がスラスラと出てくるのなら、君が『紙』に興味を持っているのは本当なのだろうな」


 そう言って、彼はフッと笑う。

 そして「しかし何とも不思議だ」と言葉を続ける。

 

「普通、特に君くらいの年頃ならば興味惹かれる事について話す時、もう少しはしゃぐものだろうに」


 伯爵にも子供が居る。

 だから覚えがあるのだ。

 

 今の彼女のように好奇心を瞳に宿す時、子供は大抵はしゃぎながら、まるで急かす様に大人に物を尋ねるものである。



 伯爵のそんな指摘に、セシリアはほんの一瞬だけ居を突かれた様な顔をした。

 しかしすぐに困った様な顔になる。


「勿論今の私も、伯爵の想像の中に居る子供のようにしたい気持ちで一杯です。しかし母から『それははしたない事だ』と教えられていますから」


 これでも結構苦労して抑えているのですよ?

 そう言って恥ずかしそうに笑ったセシリアに、伯爵も釣られて笑う。


 

 実はこのやりとり、セシリアにとって想定外と想定通りが入り混じったやりとりだった。


 好奇心が漏れ出てしまっていたのは、想定外。

 しかしそれを利用して相手の警戒心を解くように持って行けたのは、想定通り。

 突貫工事ではあったものの「割と上手くいったかな」と、セシリアは彼の反応を見て思ったのであった。




 今の一連のやり取りで、場は『子供の相手』から『社交』へと塗り替えられた。

 それは、二人のこのやりとりが周りに「通常の社交と何ら遜色無いものだ」と認められたという事でもあった。

 

 そんな空気を感じ取り、セシリアは本題を切り出す。


「実は私、丁度そういう特性を持つ素材を探していたのです。そんな所に運良く伯爵領の『紙』のお話を小耳に挟みまして」


 だからこの場所で伯爵の姿を拝見した時に是非とも詳しいお話を聞かせていただきたいと思ったのだ。

 そう、セシリアは言葉を続ける。


 そして。


「そのお話次第では、購入を検討したいと思っているのです。その場合はあくまでも『私個人としての購入』ですが、それなりの数量を定期的に購入する事になると思います」


 そう言って、笑みを深めた。



 これは即ち「その『紙』について詳しく話を聞く場を設けていただく事はできるだろうか」という提案だった。


 事前に一定の知識は持っていると知らしめた上で、「それが上手く行った暁には、一定以上の利益も付いてくる」と示唆する。


 それはまさしく、貴族家同士の商談話に他ならない。 



 彼女の提案の本質を見て、この場の人間のほぼ全てが思わず目を丸くした。

 

 驚いた。

 これでは本当に社交ではないか。


 そんな声がどこからともなく聞こえてきそうなくらい、周りはその感情を隠せずにいて。



 セシリアが『あくまでもこれは一個人としての提案だ』という線引きまでした事に、この場の一体何人が気付いただろうか。

 目の前の驚きが勝っているせいで、おそらくそんな防波堤の存在に気付いた者は限りなく少ない。


 しかしその存在を認知した者の衝撃は計り知れなかった。



 ちょっと背伸びしたいだけの、ただの子供。

 一番最初に抱いた彼女へのそんな認識が全くの的外れだったと、伯爵は認識せざるを得なかった。

 そしてそれを認めると同時に、彼はその中に良縁を見出した。


 領地にとっての、良縁を。



 既に貴族としての品格と社交力を合わせ持つ目の前の少女に、伯爵は背筋を伸ばして襟を正した。


 そしてまず、彼は自身の非礼を詫びる。


「申し遅れました。私はモンターギュ伯爵家当主・レントール・モンターギュ。子供と侮った事、ここに謝罪したい」


 出会い頭に、彼女はきちんと貴族の礼をもって挨拶をした。

 それに対して自身が行ったのは、迷子の子供への対応だ。

 まだ正式に名乗ってすらいない。


 これを『社交』と捉えるのならば、それは間違いなく無礼な態度だった。

 彼は、精神的に対等と認めた今だからこそ、そう思ったのだ。



 そんな彼の紳士的な態度に、セシリアはふわりと微笑む。


「いいえ、どうかお気になさらないでください。きっとそういう反応が普通なのでしょうし」


 「変わっている」という自覚はあるのです。

 そう告げながら、彼の謝罪を受け入れる。

 


 そして心の中でその紳士さに彼への評価を1段階上げながら、セシリアはこう言葉を続けた。


「しかし実に不思議です。どのようにすれば燃える筈の木を素材にして『燃えない紙』が作れるのか……」


 そこまで言うと、セシリアは「あっ」という顔をした。

 そして少し恥ずかしそうに笑う。


「すみません、別に製法を聞き出そうとしている訳では無いのですが……」


 どうにも気になってしまって。

 そんな風に続けられた言葉に、伯爵が嬉しそうに笑い返す。


「いいえ、我が領地の『紙』にそこまで興味を持っていただけて嬉しい限りだ。しかしそれについて話すと少しばかり話が長くなる。だからどうだろう? そういう場を別に改めて設けるというのは」


 そんな彼の提案に、セシリアの顔がパァッと華やいだ。


「その際には試作品をお見せしよう」

「良いのですか?」

「勿論だ」


 顔の前で両手を打ち合わせ、今日一番の弾んだ声で喜ぶセシリアに気を良くしたのか、伯爵はすぐに具体的な日取りについて話をし始めたのだった。


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