初めての社交で暗躍する。

第1話 次なる策略


 グランだって、腐っても侯爵家当主。

 確かにあの噂のせいで派閥内での権力は落ちてしまっているが、それでも全く影響力が無くなったという訳ではない。

 

(離れていった貴族達の多くは、俺に価値が無くなったと思ったからだ)

 

 それは例えば権力的な利用価値だったり、自家を守る為の後ろ盾としての力だったり。

 もしかしたら『王族案件』や噂に巻き込まれる事を危惧して距離をとっているのかもしれないが、まぁどちらにして、だ。


(『こちらについた方が良い』と思わせれば良いのだろう?)


 そんな風に自分の中の論理を組み立て、しかし「ならばやはり」と思わず唸る。


「……和解『劇』を拒否されたのが痛いな」


 そういう目標を掲げれば、結局は元の作戦に帰結する。


(まぁ、それほどまでに「俺が考えたあの作戦は完璧だった」という事なのだが)


 しかしアレは、あちらが能動的に動いてくれないと分かった時点でその効力の半分を失った。


 グランの予定では、あの作戦に従ってセシリアからこちらに声を掛けさせる所から始まる。

 そして、それがこの作戦の最も重要な所だったのだ。


「そうすれば『あちらから和解を申し出てきた』と周りに思わせられる。それだけで『今後の両者の関係性ではこちらの方が立場が上だ』と一目で分からせる事ができるし、後に流す予定の『向こうが謝って来たのでそれに免じてこちらが許した』という噂の信ぴょう性も増す筈だった……」


 しかしその誘導は、叶わなかった。

 そしてその完璧なる作戦がオジャンになった原因は。


「それもこれも、お前がさっさと謝らんからだぞ」


 グランは隣に座る息子を睨み下げながらそう言った。

 我が子に向けられるにしてはあまりに低いその声に、クラウンは思わずビクリと肩を震わせる。


 機嫌の悪い父親の逆鱗に触れない様にと、クラウンは今の今まで存在を消すかの如く彼の隣で大人しくしていた。

 しかし今まさに、その努力が全て水疱に期した。


「所詮はただの言葉、早く言ってしまえばそれで済んだものを……」


 そう言って、彼は自身の機嫌の悪さの矛先を息子に向ける。



 確かにこの計画が成らなかった一員は、クラウンにあっただろう。


 しかしグランは忘れているのだ。 

 そもそも自分だって、あの時確かに言い淀んだ事を。


 父親として、息子の代わりに謝る事で場を収める事だって出来た。

 その事に気付いていながら敢えてそうしなかった事をすっぱりと脳味噌から排除して、彼はただ息子を叱る。


 

 手紙で謝罪し、侯爵家主催のお茶会に出席させることで、周りに両者の和解を印象付ける。

 その作戦を拒否されて、自派閥の他貴族達に和解を見せつける場を設けさせようとして失敗し、恥を忍んでヴォルド公爵に頭を下げてこの場をセッティングしてもらい、今がある。


 しかしやっとオルトガン伯爵家側が壇上に上がる事になったのに、全く上手くいかない。


 ――これ以上の失策は重ねられない。

 これは、そんな焦りからの強行策だった。

 



 そしてそんなグランの自分勝手で自分本位な言動に、クラウンはただただ父の恐ろしい視線に耐える事しか出来しかなかった。


 反論する言葉もそれを行う勇気もなく、だからこそ反論する言葉を何一つ持たない。



 そんな彼を見遣って数秒後、グランは弁解も何もしない息子に諦めのため息を吐いた。


 そして、呟く様に言葉を紡ぐ。


「向こうの協力が得られんのは残念だが、こうなっては仕方が無い。こちらから行動を起こすしかないだろう」


 和解自体は成ったのだ。

 ヴォルド公爵の前でアレだけキッパリと言っておきながら今更反故に出来るはずもない。


 ならば。


「……やはりこちらから話しかけるしかないな」


 数秒間の沈黙の後、グランはニヤリとした笑みを浮かべた。


「もしもこちらが友好的に話し掛けてやったにも関わらず向こうが邪険にしたのならば、その時こそ『一度は許したのに此処でまた蒸し返すのか』と指摘してやれば良い」


 そうすれば周りは向こうの狭量を責め立てる展開に持ち込める。


 そして。


「あちらがもしこちらの話に応じたのなら、それを利用してこちらが優位に立てるように立ち居振る舞えば良い」


 うん、これは良い案だ。

 だって、どちらに転んだとしてもこちらに理がある。

 否、利しかない。


 そう呟くと、彼は隣の息子に幾つかの言葉を発した。

 その言葉に、クラウンはただ無言でコクコクと頷く。



 こうしてグランの悪巧みは、自分の息子を手駒に迎えて次の局面へと向かう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る