第23話 セシリアの誤算


 セシリア達が応接室を出た後、ヴォルド公爵達もすぐに部屋を後にした。


 主催の彼らにはしなければならない事が沢山ある。

 いつまでも彼らばかりに構ってはいられないのだ。



 しかし部屋を出るときに、公爵達は侯爵に一定の配慮をしていった。


「会場に来る前に、この部屋で少し休憩すると良い」


 そうモンテガーノ親子に許可を出してしていったのだ。

 その為、現在この部屋に居るのは例の親子と公爵と入れ違いに入ってきた侯爵付きの執事だけである。

 


 だからだろうか。


「何なんだ、あの態度はっ!!」


 出先であるにも関わらず、侯爵・グランは吐き捨てる様にそう言った。

 つい今までは被っていられた貴族の仮面などは、既にかなぐり捨てた後である。




 彼が苛立っている理由は、至極簡単だ。

 自分の思い通りに事が進まなかったからである。


「あいつら……足元を見て発言をしてきおって」


 言いながら刻まれるリズムは、彼の足元から発せられていた。


 トントントントン。

 そんな音は、確かに彼の苛立ちの証明だっただろう。

 しかし絶妙に早いテンポのそれは同時に、彼の苛立ちを加速させる一員にもなっている。

 完全なる悪循環だ。


「そもそも、だ。『必要ない』と言うのなら最初から謝罪など要求しなければいいのだ、全く忌々しい」


 敢えて自身で要求しておきながら固辞する。

 それは、侯爵から見れば嫌がらせ以外の何者でもなく、同時に馬鹿にされている様な気にさせられたのだ。



 しかし彼は、苛立ちのあまり見えていない。


 あくまでもあれは、クラウンの態度があった上での固辞だ。

 それが無ければ別に嫌味も何もない、ただの謝罪の場になり得た筈だったのだという事が。



 そして、あの場での謝罪要求は別におかしなことではない。

 むしろそれが筋というものだったろう。


 しかしそれらを全て棚に上げて、彼は悪態をつく。


「見た目に騙されてはならんな、アレも結局は『オルトガン』なのだ」


 まるで自分に言い聞かせるように告げられたその言葉は、誰の答えを得ることもなく虚空に消える。


 にも関わらずそれに頓着しないのは、ただ自分の中に溜まったストレスを発散したいだけだからなのだろう。



 すぐに頭に血が上り、恨み事を言い、逆恨みして仕返しをする。

 それらは全て、長年に渡り彼がオルトガン伯爵家へと行ってきた事だった。


 しかし出先でのこの口の軽さは、普段の彼ならばあり得ない。

 彼だって貴族家の当主だ。

 普段から流石にそこまでに軽率ではない。


 それでもこの現状なのは、今まさに感情が臨界を迎えようとしているからに他ならない。


 

 先ほどのやりとりを、セシリアは「貴族間ではよくある駆け引きだ」と思っていた。

 そして事実、そうなる筈だった。

 ただ一つ彼女にあった計算違いは、彼がオルトガン伯爵家へと向ける反発心の大きさを見誤った事だろう。


 グランにとっては「あのオルトガンにしてやられた」という事実が、何よりも彼の沸点を低くしていたのだ。


「そもそも、だ。たかが子供が少しドレスを汚しただけだろう」


 それなのに、それくらいの事で周りも一々騒ぎよって。

 そんな忌々しさを隠さない声と共に、彼の顔の苦さが増す。


「それさえ無ければ『和解』などという、こちらがわざわざ下手に出る様な真似をする必要もなかったのだ」


 爵位はこちらの方が上である。

 当事者を黙らせるのなら、権力で押さえ込んでしまえばいいだけだ。


 しかしそうしないのは、単に噂のせいである。

 だからともなく広がった噂には当事者と呼べるものが存在しない。

 だからその首根っこを押さえる事が出来ないのだ。

 だから代わりに噂の中の当事者をどうにかしようとしたのに。


「大々的に権力を行使すれば、それは見せしめにはなる。周りもこの件の噂は、しなくなるだろう。しかしそれは、あくまでも表面上でだ」


 結局裏ではこそこそと噂をする。

 しかもその場合は、今までの物の上に見せしめに関する噂を重ね掛けして。


 そんな事になれば、例え侯爵とはいえ社交界から爪弾きにされるのは明らかだ。

 それは貴族として、『王族案件』の次に憂慮すべき事態である。



 つまり。


(直接の原因を作った、オルトガン。そして、その外堀を埋めた他貴族達。今やその全てが、敵だ)


 そしてこの後、その敵達が蔓延る場へとグランは足を運ばねばならない。

 そう思えば、多少ならずとも憂鬱な気持ちになる。


 しかし。


(終わった事よりも、まずは目前の事に注力すべきだ)


 そんな風に頭を無理やりに切り替えながら、少しでも気を落ち着かせようとまだ湯気の立ち登る机上のティーカップに手を伸ばした。


 そしてそれを一口飲み下し、息を吐いてから考える。


(……今日のお茶会は、噂の弁解をする絶好のチャンスだ)


 ヴォルド公爵の権力と伝手で用意されたこの場は、出席者顔ぶれも、もてなしも、その全てが完璧に御膳立てされている。

 

 そしてヴォルド公爵が出掛けに言った通り、取り敢えずオルトガンとの『和解』というカードは手に入れる事が出来た。


(『最低限』は手に入った。ならば後は、何とでもなる)


 つまりは、グランの社交手腕次第という訳だ。


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