第22話 解消と、巡る可能性



 あの後、最初に二人をあの部屋へと案内した執事が慌てて一行の後を追いかけてきた。


「お茶会会場へご案内いたしますので」


 そう言った彼に、クレアリンゼは「それならば」と口を開く。


「その前に、少しお化粧を直したいのだけれど」


 その声に、執事は2、3秒の沈黙の後で「ご案内します」と頭を下げた。



 着いたのは、身なりを整える為の部屋だった。

 俗に言う休憩室というやつで、こういうお茶会では客用に幾つか用意されているものなのである。


 勿論客人の数だけ用意する事は出来ないので、一時的に休憩する場所だ。

 用事が済んだらすぐに出なければならないが、逆に言えばその間だけはプライベートスペースに成り得る。


 セシリア達は計2人、使用人を家から連れてきている。

 その為、ここまで案内してくれた執事は「御用があればお呼びください」と言い部屋を辞去した。

 おそらく今は、部屋の外に待機しているのだと思われる。



 そんな一室で、セシリアは小さく息をついた。

 それは安堵とも疲れとも取れる様な息だ。


 しかし、男勢はともかくレレナを相手にしていたのだ。

 そんな複雑な感情がため息を吐かせても別におかしなことではない。



 セシリアは、息を吐くことで意識的に自身の中の戦闘状態を一時解除した。

 そして貴族から10歳の少女に戻り、「お母様」と声をかける。


 その声に、クレアリンゼは振り返ることなく「なぁに?セシリア」と答えた。


 どうやら『化粧直しがしたい』というのも、決して嘘では無かった様である。

 鏡の前に座りポーラに僅かな化粧崩れを直してもらっているため、振り替える事ができないのだ。


 その代わりと言わんばかりに、鏡に映った母とセシリアの目が合う。

 そんな彼女に、セシリアは少し不安げに告げた。


「こんな大事な事、私達で決めてしまってよかったのでしょうか……?」


 セシリアが今気にしている「大事な事」というのは、何を隠そう和解『劇』を拒否した事についてだった。


 

 侯爵とクラウン、あの2人の態度には、オルトガン伯爵家として看過できない部分があった。


 あからさまに舐められていると分かっているにも関わらず『権力を使えばこちらが何でもする』だなんて、絶対に思われてはならない。

 だから「本人からの謝罪を拒否する事」と、「和解『劇』という相手の要望を却下する事」は必要で必然だった。


 そしてその必要で必然を成す為には、アレが最も効率的なやり方だった。


 少し挑発混じりに思えたかもしれないが、互いにマウントを取り合うのが仕事なのだから貴族間ではあんな事日常茶飯事なやりとりだ。

 あれくらいの事で一々感情を荒げていては、社交など満足に出来やしない。



 しかしその最善のせいで、もしも父の予測や予定に狂いが生じたのなら。


(それはそれで、ちょっと「申し訳ない」って思う)


 特に、最善や効率を抜きにした感情的な部分で。




 勿論、その言動の前にはクレアリンゼに視線で無言のお伺いを立てていた。


 しかしセシリアだって人間だ、ふと不安になる事だってある。


 家族の社交に、ひいては領地に関係する事柄を、ほぼ自分の独断で行ってしまって良かったのか。

 そう口に出して問い、答えをもらって安心したい事だって。


 

 そんなセシリアの様子を見てとると、クレアリンゼがフッと顔を綻ばせた。


「大丈夫よ、ワルターから許可は事前にもらってから」


 そう言うと、前日のワルターとの会話がセシリアへと教えられた。


 どうやら『今日は特に、強要じみた事を言われる可能性が高い。だからその場合はお前の判断で行動して良い。最悪敵対してもかまわん』と前もって言われていたらしい。


(流石はお父様)


 彼の見事に的中した先見の明に、セシリアは心の中でそう独り言ちた。


 すると、それも表情から読み取ったのか、クレアリンゼがクスリと笑う。


「今まで何度もモンテガーノ侯爵の相手をしてきているワルターですもの。そのくらい予測する事は簡単ですよ」


 可笑しそうな、それでいて全く疑っていないその声に、セシリアは「そう言われれば確かにその通りかも」という気持ちにさせられた。


 そんな彼女を前にして、クレアリンゼは「それに」と更に言葉を続ける。


「貴方は最初あの要請を受け入れる方向で動いていたじゃない。『断る』という選択肢も、最初からあったのに」


 それは、家の社交を気にしての判断だったのでしょう?


 そう問われて、セシリアは素直にコクリと頷いた。

 すると「ならば」と彼女は軽い口調で答える。


「貴方は家の為にきちんと波風を立てない道筋を用意した。それに沿えなかったのは、あくまでも相手の失策が故。ならば仕方が無いと私は思うわ」


 別に、無謀な方向に無理矢理舵切りをしたわけでは無いのだしね。


 そう続けられた言葉は、セシリアに対する肯定だった。

 その事実を受け取り、やっと安心する。



 セシリアは、ゆっくりと瞳を伏せた。

 そしてまたゆっくりと瞼を上げる。


 そこにはもう、自身の不安は見つけられなかった。

 あるのは、未来を見据える冷静な瞳で。


「今後についてですが」


 その言葉は、次に取るべき行動の指針を確認する為のものである。


「あちらからの介入が嫌ならば、あちらが『こちらには介入したくない』と思わせる様に振る舞えばいい……という事良いのですよね?」


 セシリアの真面目な問いに、クレアリンゼは「その通り」と満足げに頷く。


「何事も中途半端が一番良くないわ。相手に従うなら、せめて自分にも最大限に利が在る様に振る舞う。そして、そうでないならば」


 そこまで言ってクレアリンゼが浮かべたのは、魅惑の笑みだ。


「相手に付け入るスキを与えない様に振る舞う」


 口元は笑みの形をしているが、目が全く笑っていない。

 それでも思慮に満ちたその瞳は、爛々と輝いている。


「貴方がこれからしなければならない事は、後者よ」

「分かっています、お母様」


 そんな母に、セシリアは似た様な笑みを浮かべて頷いた。

 父親譲りのその脳裏には、既に今後の可能性の幾つかが巡っている。

 そしてその場合の筋道、最善の対処法も幾つか。



 

 再び頭が回り始めたセシリアに、クレアリンゼは『懸念事項の解消』を見て「さてセシリア」と手を打った。


「そろそろ頭の切り替えは出来ましたか?」


 クレアリンゼは、確かに『化粧直し』もしたかった。

 しかしソレはただのついでに過ぎない。


「はい、お母様。お時間とお気遣いを頂きありがとうございました」


 セシリア述べた感謝の意に、クレアリンゼは「良いのよ」と軽く答えて。


「それではそろそろお茶会へ行きましょう。お茶会はもう、始まってしまっています」


 直し終わった化粧で万全を整えて、クレアリンゼは席を立つ。


 その声に応じて開けられた扉から、一行は今度こそやっと今回の目的地・お茶会会場へと向かったのだった。


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