初めての社交お茶会に出向く。

第1話 野次馬したい家族を置いて

 


 お茶会当日。


 セシリアはヴォルド公爵家へと向かっていた。




 今日のお茶会に参加するのは、セシリアと母・クレアリンゼの二人だけ。

 その為この馬車の中には今、全部で4人居る。


 セシリア。

 クレアリンゼ。

 セシリア付きとして、ゼルゼン。

 そして今日はクレアリンゼ付きとして、ポーラだ。



 今日のポーラは、基本的にクレアリンゼ付きとして行動する。


 しかしその傍ら、公式の場での執事歴が浅いゼルゼンをいざという時にはフォローする。 

 これはその為の人員配置だ。



 ポーラは、セシリアが生まれる前まではクレアリンゼ付きのメイドとして働いており、その手腕を見込まれてその娘付きになったという経緯があるベテランメイドだ。


 だからセシリアに対するフォローは勿論、クレアリンゼのお世話にも慣れたもの。

 まさしく彼女以上の適任者は居ない。



 

 そんな一行を乗せた馬車が、カタコトと車輪を回しながら進んでいた。


 そんな中、セシリアは一人思い出し笑いをする。


「お父様、とても残念そうでしたね」

「仕方がないわよ、今回のセシリアの参戦が決まる前に、既に他の社交を入れてしまっていたのだから」


 言いながら、クレアリンゼもつられて笑った。


 いつもはあんなに威厳のある父・ワルターが、珍しく本気で落ち込んでいたのだ。


 その子供っぽさに少しばかり「可愛らしいな」なんて思ってしまったのだから、笑わずにはいられない。


「しかし、それを言うのならキリルとマリーシアも同じでしょう?」


 流石は親子、と言うことかしらね。


 なんて言いながら、クレアリンゼはまたフッと笑みをこぼす。


「ふふふっ、そうですね。でも今回のお茶会に呼ばれたのは、“何故か”私だけだったのですから、私が同行できる以上保護者枠になり得ない2人がついて行くのは無理でしょう?」


 幾ら今日の彼らに予定が無いとしても、流石に呼ばれてもいないパーティーに参加するのは体裁が良くない。


 そういう理由で、2人はついてくる事を断念せざるを得なかった。


 今日の二人は『お家でおとなしくお留守番』である。


(……おそらく今日、何かしらの動きがある)


 セシリアはそんな、確信めいた予感を抱いている。


 そしてその予感を抱いたのは、何もセシリアだけではない。


 オルトガン伯爵家の人間全員がそう思ったからこそ、皆あんなにも行きたがったのだ。


「出来ることなら、是非特等席で見たい。そんな2人の気持ちは良く分かるけれどね」


 そう言い置いて「でも」と言葉と続ける。


「招待されていない2人を連れて行く。傍から見れば、それは『セシリアを守っている』様に見えてしまう」


 何も出来ない末の妹を兄姉が守っている図。

 少なくとも、招待していない事を知っている人間にはそのように映るだろう。


 そしてそれは、今後のセシリアの為には良くない。


「貴方が実際に護られなければ何も出来ない『ただのお飾り』ならそれも良いでしょうけれど、貴方はそうではないでしょう?」


 十分、周りの大人達と渡り合っていける。

 ならば不必要な事をして周りに間違った認識を植え付けわざわざ相手に舐められに行く必要などどこにもない。


 クレアリンゼは、堂々とそう言ってのけた。


 そこにはセシリアに対する信頼が見て取れる。


 クレアリンゼの言った事に、セシリアは反論のことばを持っていない。

 しかしまぁ、兄姉が本当に悔しがっていたので。


「……野次馬をしたがっていたお2人には、帰ったらたっぷりと今日のお土産話をする事にします」

「そうね、それが良いわ」


 セシリアの思い出し苦笑に、クレアリンゼが「帰ってからが楽しみね」と笑顔で応じる。


 その笑顔が、会場で何か動きがあるどころか、まるでお土産話に相応しい『何か』が起きる事を予知しているかのようで、セシリアは何とも複雑な気分になってしまった。




 そして、場にはまた些かの沈黙が降りた。


 カタコトカタコトという等速の音が耳朶を優しく叩く。

 そんな中、クレアリンゼが「ふふふっ」と含み笑いをした。


(……どうしたんだろう?)


 彼女の視線は、間違いなくセシリアを捉えていた。

 しかしセシリア自身には、全くもって笑を向けられる心当たりが無い。


 セシリアが首を傾げると、おそらくその心情を察したのだろう。

 まるで言い訳をするかの様に「いえ」と口を開く。


「何だかとても、楽しみで」

「? 何がです??」


 要領を得ない母の言葉に再び首を傾げると、彼女は上品にも口元に手を当ててコロコロと笑い始めた。


「『色々と』よ。セシリアと外のお茶会に行くのは、今日が初めてだしね」


 もう一緒に社交場に行ける歳になったのね、早いものだわ。


 頬を緩ませながらそう言ったクレアリンゼに、ハッとする。

 言われれば、確かにそうだ。



 母とのお茶会なんて、家では昔から毎日のようにしてきている。

 だから『外での初めてのお茶会』という言葉が、何だかちょっとくすぐったい。


 その気恥ずかしさを吹き飛ばす様に、セシリアは一度コホンと咳払いをしてみせた。


 そして「ソレ繋がりで、ちょうど聞きたい事があったのですが」と母に尋ねる。


「家で行うお茶会と今回では、何か違う心構えが必要でしょうか」


 社交におけるお茶会における前提知識は、セシリアの脳内データベースにも入っている。


 しかし。


(もしかすると現場では、知識(ソレ)とはまた違う『注意すべき事』があるかもしれない)


 これは、そう思っての娘の質問だった。


 そんなセシリアに、クレアリンゼは「そうね……」と少し思案顔になった。



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