第2話 眉間のシワは深く刻まれる



 家への帰路の馬車の中、グランは背凭れに深く腰を掛けて深く息を吐き出した。

 そのついでに、こんな言葉を告げる。


「バエル、例の噂について調べろ。金に糸目はつけんから早急にだ」

「かしこまりました」


 グランの声に、この馬車ただ1人の同乗者からすぐさま答えが返ってきた。



 2人の会話は、ただそれだけだった。



 それから帰路につくまで、約20分間。

 グランはただ無言で馬車の中の時を過ごした。


 その間、彼は終始不機嫌だった。


 理由は簡単。

 社交が上手くいかなかったからだ。




 今日は一日、全く社交にならなかった。



 グランには、社交の場で多くの話すべき内容がある。


 派閥関係の話。

 他領との交易の話。

 未来に向けてパイプ作り。

 他の貴族への貸し作り。


 本当なら、その中の一つや二つくらいは進展があって然るべきだった。


 しかし貴族達は皆、まるで腫れ物に触るかのような態度でグランに対応する。

 お陰でこちらもまずはその件に関する対処を強いられる事になった。



 噂話に踊らされる他貴族達に対して、無理やり作った笑みを向け「戯言だ」と言って回る。

 それは勿論あの場での最善手は『対処』だった。


 しかし、突然降って沸いた邪魔だ。


(その邪魔に社交時間を吸い取られ、何一つ実のある話ができなかった)


 そう思えば、思わず歯噛みもしたくなる。


 しかも、その結果があまり芳しくないのだから尚更だった。



 みんな、グランの言葉に頷いた。

 しかしそれだけだ。


 それはただのアクションに過ぎない。

 鵜呑みにした者はほとんど居ないだろう。


(応急処置なのだから、それも仕方がない)


 そう思うことで、グランは自身を納得させようとした。

 しかし彼の中の苦々しい気持ちは、残念ながら一向に立ち退く気配を見せてくれない。



 思うのはただ一つ。


(クラウンめ、一体何をしたのだ)


 火のない所に煙は立たない。

 何がどうなってあんな噂が立ったのかは分からないが、きっと『何か』はしたのだろう。



 無理やり作った笑顔のせいで、頬の筋肉は今だに若干引き攣っている。

 しかしそんな事に頓着していられるほど、今の彼には余裕が無い。



 『王族案件』。


 そんな言葉が頭をチラつき、眉間のシワが深くなる。


(少しでも早く対応策の糸口を見い出さなければ)


 そうしなければ、噂はどんどん広がっていく。

 十中八九、尾ひれが付いて。



 取り敢えず、帰ったらすぐにクラウンから話を聞かねばならないだろう。


 バエルに調査をする様に言いはしたが、なるべく早く手元に情報が欲しい。


 そして、何より。


(殊の次第を聞かなければ、私が寝付けそうにない)


 そんな私情で思考の最後を締めくくって、以降の思考を一旦止める。


 しかしそれは考えることに疲れた自分の脳を甘やかしているに過ぎず、そうしているからといって何も抱いた感情が消える訳では無い。



 その抑えきれない感情の発露が、トントントンという音だった。


 それは、彼の踵が床板を打つ音だった。

 そして馬車が邸宅に滑り込むまでの間、それはひっきりなしに続いたのだった。


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