第18話 葡萄色のシミ
彼の背中を見送った後、セシリアは不意に喉の渇きを覚えた。
お爺様と話すのに夢中で今まで感じていなかった欲求が「今だ!」と言わんばかりに顔を出した感じだ。
飲み物はゼルゼンが持っている。
そう思って振り返ろうとすると、その気配を敏感に察した彼がそれよりも一足早くセシリアの隣に並び、飲み物を手渡してくれる。
先ほどとは違い、今度は水だった。
疲労ではなく純粋な喉の渇きには、水が最適だ。
しかもつい今し方用意したのか、まだ冷たい。
これも、祖父との会話にはしゃいで少し上気していた体にはありがたい配慮だ。
「次にお爺様と会えるのが楽しみね」
冷えと潤いを喉へと通しながら、セシリアはそう独り言ちる。
そして彼の持っていた皿上のケーキを一つ摘んでから、セシリアはまた社交場を歩き出した。
しかし再びゆっくりと歩き始めるとまたすぐに声を掛けられ、そこで散歩は終了する。
呼び止めてきたのは、3人組の少女達だった。
(伯爵令嬢が1人と、子爵令嬢が2人)
そんな風に脳内データベースから相手を探し当てながら、互いの自己紹介で密かに答え合わせを行う。
そしてセシリアは、誘われるままに彼女達の話題へと混ざった。
彼女達は皆互いに良好な関係性の様だった。
もちろん家同士の付き合いがある子達だという事は、先ほどワルターから事前に聞いて知っていた。
しかし実際に話を聞いているとその話の正否が浮き彫りになるものだ。
今回は、やりとりされる言葉の端々から見える仲の良さから、それが決して上辺だけのものではないと判断できる。
それはさておき。
確かに彼女達は仲が良かったが、だからといって内輪話ばかりはしなかった。
例えば。
「先程王への謁見に行ったけどとても緊張した」
「王城はやっぱり綺麗で大きくて凄い」
そんな、ほぼ今日のパーティーに関連したものだったのだ。
それが故に、初対面のセシリアでも参加しやすい話題である。
しかしセシリアは、そんな話題を決して「楽しい」とは思えなかった。
何が悪かったのかというと、ただ単に「セシリアの好奇心を唆る話題ではなかった」というだけの事だった。
だからセシリアは、相槌を打ったり無難な言葉を選んだりと、無難な方法で時間を潰す。
話の途中で、不意にこちらにやってくる少年たちの姿が目についた。
そのグループは、おそらく代表格なのだろうとある1人の子息とその取り巻き子息達によって構成されていた。
そんな彼らにセシリアが引っ掛かりを覚えたのは、彼らがいやにニヤついていたからだ。
(まるで悪巧みでもしてるみたい)
悪戯というよりも、悪巧み。
そういう雰囲気を醸し出しながら、彼らはこちらへと向かって歩いてきている。
しかし、セシリアは対して彼らに注力しなかった。
(彼らがどんな悪巧みを考えていようが、私には関係ない)
そう思い、彼らの動きを思考から切り捨てて背景認定をする。
ただ、一つだけ。
(このまま進んでくると、肩口が少しぶつかりそう)
そう思い、ほんの少しだけ彼らが通るだろう場所の道を開けておく。
そんな最低限の配慮だけをしておいて、セシリアは少女達と話していた。
するとその少女達の内の1人が「あっ!」と声を上げながら口元を抑える。
(何?)
そう思って、彼女の視線の先を追って振り返ったその時。
パシャッという音がした。
(何の音だろう)
そう思っていると、他の令嬢たちの視線が一斉にセシリアへと向く。
否、厳密に言うと、集まった視線の先にあったのはセシリアのドレスの、大体太ももからふくらはぎに掛けて。
セシリアも一拍遅れてそちらに視線を向け、思わず心中でギョッとした。
そこにあったのは、山吹寄りの黄色に染め上げられたドレス。
その一部が――何故か葡萄色に染まっていた。
まるで己れの存在を主張するかのドレスのシミに驚いていると、背中側から少年の声が掛かった。
「別に悪気は無かったんだ。足がもつれてつい、な」
その声に、謝罪の色は全く無い。
声の方へと振り返ると、そこに居たのは先ほどの悪巧みの一段、その筆頭格の少年だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます