第17話 祖父との邂逅
初めて会った人だった。
しかしその風貌に、あきらかな既視感と親近感を覚える。
(お父様と、とってもよく似てる)
彼は、白髪交じりの茶髪に緑の切れ長の瞳を持ったおじいさんだった。
父・ワルターよりも、瞳の色は少し薄いし、髪には少し白髪が混じっている。
しかし彼は、父によく似た目鼻立ちだった。
(お父様も、今よりもっと歳を重ねればきっとこんな感じになる)
そう予感させるほどの姿だ。
そしてセシリアには、初対面のはずの自分を呼び止めるワルター似の男性に1人、心当たりがあった。
そう、それはセシリアがずっと「会ってみたい」と思っていた――。
「もしかして、お祖父様でしょうか」
確認の意味を込めてそう尋ねれば、男がクシャッと破顔した。
「あぁそうだ。私はレグルム・オルトガン。君の祖父にあたる」
その優しげな表情にセシリアは少し安堵した。
実は社交嫌いだという噂だったので「もしかしたら偏屈な人物かもしれない」と、心の隅で少しばかり心配していたのだ。
しかしそれもどうやら杞憂だった様だ。
そうとなればセシリアだって嬉しさを前面に出して彼に応じる。
「お爺様、ずっとお会いしたいと思っていました。オルトガン伯爵家第三子、セシリアです。……初めまして、で良いのでしょうか?」
近親者に対する略式礼で自己紹介をしてから、セシリアは疑問の言葉を口にした。
するとレグルムは「そうだなぁ」と少し考えてから口を開く。
「君が生まれた時には一度会っているが、それきりだしな……。うむ、君から見ると初対面と言っていいだろう」
そう言って頷いた彼に、セシリアもコクリと頷き返す。
そして、また口を開いた。
「お爺様、行きの馬車でキリルお兄様に『お爺様は人探しが得意だ』と教えていただいたので今日、私からお爺様を探すことはしなかったのですが……お爺様は人探しがお得意なのですか?」
貴族としての義務が故に出席しているこのパーティー。
この場所でセシリア個人の興味をそそるものは限りなく少ない。
そんな中、今日の彼女のモチベーションを保つ手助けをしてきたのが、何を隠そう「お爺様に会えるかもしれない」という期待だった。
だから、話してみたい事は沢山あった。
しかし沢山ありすぎるのも困り物である。
お陰で「一体どれから話したものか」と迷う始末だ。
そんな中思い出したのが、今日の馬車内でのキリルとの会話だった。
「そうだな、他の連中よりは得意だろうな。しかし『人探しが得意』というよりは『人の行動をトレースするのが得意』と言った方が正しいが」
セシリアの問いに、祖父・レグルムが思考しつつ答えを導き出した。
すると彼につられたように、セシリアも思案顔になる。
「トレース……つまり人の思考や行動パターンを読んで予測する、という事でしょうか?」
「その通りだ。流石は我が血筋だ、頭の回転が速い」
頬に人差し指を当ててそう仮説を立てたセシリアに、彼は肯定を示す。
そして「そのくらいの年の子供は、1人でその答えにはたどり着けんのだ」と少しつまらなそうに言葉を紡いだ。
彼からすると、喋りはするのに思考速度がまだ遅いこのくらいの年の子供を相手にするのは、もしかしたらストレスの溜まる作業なのかもしれない。
そして彼の中の合格ラインを踏んだセシリアは、褒められてちょっと嬉しくなった。
そんな孫娘に、レグルムは「私が来た時にはもう君たちは既に会場入りしていたから、少しばかり考えたのだ」と言葉を続ける。
「おそらく最初の方は挨拶回りがあるだろう。だから私は、王の謁見が終わるのを待ってからセシリアに声を掛けようと思っていたのだ」
そこまで言うと、彼は少し残念そうな顔になった。
「しかし一足遅く、君はもう既にそこには居なかった。だから今度はそこからの君の足取りをトレースしてみた、という訳だ」
私がタイミングを読み違える事など、滅多にないのだがなぁ。
一度「そろそろか」と思って壇上を見た時にはまだ終わっておらず、2度目に見たときにはすでに終わった後だった。
そんな彼の声に、セシリアは内心で苦笑する。
おそらく読み違えたその理由を、セシリアは知っている。
ともあれ。
セシリアは、足取りのトレースについては「確かにそれならできるだろう」と納得を覚えた。
人の行動のトレース、即ち先読みは、オルトガン伯爵家の者達にとっては総じて比較的得意な分野である。
トレースをするには一定以上の材料が必要となるが、その為の知識は元来持つ知識欲と、ワルターの場合は社交界を渡り歩いてきた今までの経験。
3兄妹は母・クレアリンゼから少なからず受け継いでいる社交スキルと話術によって集めることが十分に可能である。
そしてレグルムが、ワルターと同様に元来の知識欲と社交経験を持っているだろう事は、ワルターの話からも、そして今話していても十分に感じ取る事ができた。
すなわち、セシリアは。
(私にはできる。それがお爺様に出来ない筈がない)
という確信を抱いたのだった。
そんな風にセシリアが頷いていると、レグルムが「それよりも」と問いかけてくる。
「先程は王への謁見で一悶着あったようだが、大丈夫だったか?」
それは純粋な心配の色を灯した言葉だった。
そして「アイツが居ないから問題ないだろうと踏んでいたのだが……全くあの血筋はどうにもうちに絡みたがる」などと、愚痴まじりな声を上げる。
そんな彼に、セシリアは『とある不安』を抱く。
「もしかして、目立っていたでしょうか……?」
不安げにそう言うと、レグルムは苦い様な顔をした。
「私は君の動向を気にしていたから偶々気付いたが、他の者達で上の騒動気付いた者はそう居ないだろう。しかし社交界というのは噂好き達の集まりだからな、じきに広まるのは必至だ」
1人見ていれば明日には30人が知っている。
それが社交場というものだ。
彼はそんな風に告げる。
すると対するセシリアも少し困り顔だ。
「なるほど、やはり少々面倒な事になりそうですね。私も出来れば気を付けたい……所なのですが、巻き込まれた形なので、どうしようもありません」
『王族との間に何かがあった』という噂が立てば、他の面倒事が寄ってくるかもしれない。
しかし残念ながら、自分にはどうする事も出来ない。
そんな風に嘆けば、レグルムはサラリと「それは仕方が無い事だ」と答えた。
「そもそも、我々は常に周りから様々な噂をされる。だからそれを一々気にしていたらキリがない」
その類の噂は、阻止しようとしてもどうせ無くなりはしないし、必死に否定すれば痛くない腹を探られるきっかけになる。
だから。
「どうしたって結局は『何か』には絡まれるのだから、放っておくのが一番楽だ」
どんな噂も75日だし、喉元過ぎれば何とやらだ。
放っておけ。
そう言って、レグルムは心底面倒そうに顔を顰めた。
レグルム・オルトガンは社交嫌いだ。
その理由が今、何となく分かった気がした。
(噂に振り回される事の煩わしさ。それを嫌っているんじゃないかな)
馬車でお爺様について聞いた時、キリルは「会ってみれば分かる」と言っていた。
まさにその通りだったという訳だ。
と、ちょうど話が切れた所で、レグルムが「そうだった」と何かを思い出した様なそぶりを見せる。
「いかんいかん、私ばかりがセシリアを独占していては、君が他と交流する時間が無くなってしまう」
それが別れに繋がる言葉だと察したセシリアは、少し寂しくなった。
待ち望んでいた祖父との対話。
ソレは確かに短い時間ではあったが、彼に共感し、有意義なものに感じられた。
つまり、セシリアは彼とのやりとりが楽しかったのだ。
「お爺様、……またすぐに会えるでしょうか?」
名残惜しい気持ちを圧して、セシリアがそう尋ねる。
すると彼はニッと笑って「大丈夫だ、すぐに会える」と応じてくれた。
「社交期間は閉じこもるから分からんが、今年は領地の方に出向く。そうすればゆっくりと話をする時間も取れよう」
ソレは、約束の言葉だった。
それを最後にレグルムはセシリアに背を向け、颯爽と去っていった。
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