第8話 馬鹿なの? それとも新手の嫌がらせ?!

 


 無事に階段を登り切ったセシリアは、ワルターに倣ってに王族へと最敬礼をとった。


 しかしワルターがしたのは片足を跪き右手の平を心臓の上に沿えて頭を下げる、男性用の最敬礼。

 それに対してセシリアがしたのは、カーテシー。

 女性用の最敬礼である。



 そんなセシリアを目の端で確認してから、ワルターはこんな風に口上を述べ始めた。


「陛下に措かれましてはご健勝のこと、何よりでございます。オルトガン伯爵家当主、ワルター・オルトガン、本年度の御挨拶に伺いました」


 まずは毎年恒例の社交始めの挨拶。

 続けて、子供の社交界デビューに関する挨拶を行う。


「そして此処に居りますのは私の娘・セシリアにございます。今年で齢10歳となりましたので、国王並びに王族の方々へのご挨拶に伺いました。末永く、よろしくお願い致します」


 あらかじめ決められたそれらの言葉を、ワルターは1ミリの淀みも無く言ってのけた。

 すると王も、それに形式的な言葉を返す。


「ワルター、今年もよく来たな。この社交の場で貴族と顔を繋ぎ他家と連携して、より良い領地経営をする機会としてくれ」


 これは前半部分に関する返答。

 そして。


「――セシリア、お前をオルトガン伯爵家の令嬢として承認する。貴方がこの国の発展の礎となる事を願っている」


 そんな、一ミリも心がこもっていない言葉が頭上から降りそそいでくるのを、セシリアは頭を垂れたままただ淡々と聞いていた。


 そして王が口を噤んでからゆっくり2秒、ワルターがゆっくりと立ち上る気配をみせたのでセシリアもそれに倣う事にする。


(何事も無く終わりそうね)


 当然だ。

 そんな思いと共に、セシリアは安堵もしていた。

 それはきっと父の『やらかし』を知ってしまっていたからこそだろう。

 

 なんて思った、その時だった。


「セシリアというのか。初めて見る顔だ」


 セシリアの頭上から、突然そんな声が掛けられた。


(子供の声)

 

 予定にないその声に、セシリアの警戒心は格段に急上昇した。


 それと同時に解きかけていた最敬礼を再度し直して、その顔によそ行き用の微笑を武装する。

 そして「絶対に目が合わない様に」と、視線は床に固定する。



 こういう公式の挨拶の場では、王族から許可がなければ貴族は彼らの顔を見てはならない。

 目が合うなど言語道断、かなり失礼な行為なのだ。

 

 ・・・・・・というのは建前で、実はこれ以上面倒に巻き込まれたくないだけである。

 


 とはいえ、諦めもある。

 間違いなくこの面倒事は回避できそうにない。

 そう、セシリアの内心が言っているのだ。



 しかしそんな悪あがきと諦めのせめぎ合いも、端から見ればただの無視に相違無い。


「……おいお前、何で俺の問いに答えない。無礼だろう!」


 苛立ちと怒りの入り混じった声が先方から上がる。


 しかしそれでも、セシリアはまだダンマリを貫いた。

 何故なら、少なくとも礼儀作法上はこの対応で正解だからである。

 

 別に「この隙に誰かこの非常識な王子を止めて私達をこの場から逃してくれないだろうか」なんて悪あがきを未だにしつづけている訳ではない。

 そう、決して。



 そんな建前と本音が同居した結果のだんまりだったが、ここで不意に嫌な気配を感じた。

 カタリという音と共に声の主が席を立った様な、そんな気配だ。


 気のせいだと思いたかった。

 しかし現実はそう、甘くない。

 


 足音が一歩二歩と近づいて来る。

 その音に、セシリアは仕方がなく甘い願望を捨て去り現実に立ち返る事にした。




 彼の声を聞いたのは、これが初めてだった。

 しかしこの場所とその声の幼さ考えれば、それが誰なのかは大方予想が付く。

 ーー第二王子だ。

 

 そう思い至っていてまず最初に思ったのは。


(あぁ、なんて王族の自覚に欠けている王子だ)


 という事である。



 謁見の際、王族が定位置の椅子に座るのは『警備面を考慮して』だ。

 つまり椅子に座っている状態が最も安全が保障された状態なのである。


 だというのに。


(ほら、案の定騎士達が動かざるを得なくなった)


 そう思えば、口の端から思わずため息が漏れてしまう。



 セシリアのような10歳児の子供に対してもこのように警戒しなければならないのが、彼ら騎士の仕事なのである。

 しかしそんな周りの変化に、王子はまったく気付かない。


「聞こえないのかっ!」


 すぐ近くでそんな風に声が荒ぶる。


 さて、どうするか。

 そう思いながらチラリと隣に目をやると、父・ワルターと目が合った。


 セシリアと同様にまだ最敬礼の体勢を崩していないワルターが視線でくれたのは、『許可』である。

 それを受け取り、セシリアは一度小さく息を吐いた。

 そしておもむろに口を開く。


「――王子、恐れながら申し上げます。一貴族の娘である私には、本来王族の方と直接お言葉を交わす権利がありません」


 その声に、目の端で王子がピクリと反応を示したのを肌で感じた。


 なるほど。

 どうやら一応は、こちらの話を聞く耳を持っているらしい。

 もしも彼がそれを持っていなかったら言葉以外の対抗策を考えねばならないかと思っていたが、それはどうやら杞憂だったようである。


「それ故の沈黙です。このように無許可で言葉を交わした事を含めて、この場で謝罪いたします」


 そう言って、セシリアは下げていた頭を更に少し下げた。

 


 すると彼は数秒の沈黙の後、セシリアにこう告げる。


「……先の無礼は許そう。そしてお前に俺と直接話す権利を与える。だから答えろ」


 セシリア的には「じゃぁもう良いわ」とこちらへの興味を失ってくれた方が余程嬉しかったのだが、こうなってしまえば答える他は無い。


 しかし、それにしても。


(王の前で、王の許可も無くそのような権利を容易に与えて良いのかな・・・・・・?)


 そんな風に一瞬頭の端で考えたが、すぐに「でもまぁ」と思い直す。



 彼の口から出た時点で、その言葉は『王族』の言葉だ。

 そして王族には『威厳』というものが必要になる。


 それを気にする以上は、他の王族も一度口に出した言葉を今更「やっぱり今のなし」だなんて事は言えないのだろう。

 だからこそ、例え「これは自分勝手が過ぎる」と思ってもその苦言を少なくともこの場では口にできないのだ。



 それに。


(彼が許可を出したところで『王族と直接話す権利は王族によって許可される』という原則に反している訳でもない)


 幾ら子供だとしても、そして例え言動が王族としての自覚に欠けてるとしても、彼だって王族の一員だ。

 その前提が崩れない限り、先の彼の言は決して無効にはなり得ない。

 


 つまり。


(これは許可という名の強制だ。私に逃げる術は無い)


 それはこの国が王政を取っている以上、決して逃れられない足かせである。


「……オルトガン伯爵家では代々『社交界デビューまでは他家の交流を行わない』という決まりがあります。その決まりに従い、私は今までのどの集まりにも一度として顔を出したことがありません」


 初めて見る顔だ。

 先ほどそう、彼は言った。


 そうなると彼が欲しい答えは、きっと「何故初対面なのか」という疑問に対してだろう。

 だからセシリアはその要因・自家の決まりについて簡単に彼へと話して聞かせた。



 すると、先ほどまでの不機嫌さは何処へやら。

 彼は途端に声へと喜色を滲ませる。


「ふむ、そうか。私もお前と同じく、今年が社交界デビューだ」


 答えてくれたことが嬉しい。

 そんな気持ちがありありと見て取れた。


 それは自身の感情に素直な、実に子供らしい姿ではあるだろう。

 しかしやはり王族の自覚には欠けていると言わざるを得ない。


 セシリアがそんな風に心中で呟いた、その時だ。


「よし、お前には俺と仲良くする権利をやろう」


 あまりに軽すぎる口調で、彼は爆弾を投下した。

 そんな声にセシリアが何を思ったのかというと、それは勿論。


(馬鹿なの? それとも新手の嫌がらせなの?!)


 辛うじて飲み込んだその言葉はしかし、心の中で爆発する。

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