第7話 作法よりも不安なこと



 セシリアのそんな問いに、ワルターはニヤリと笑う。


「アイツは、もうあの壇上には席が無い。そして今の王族には、少なくとも私が知る限りではあんな嫌味な奴も居ない」


 そう言って、「それに」と笑みを深める。


「王族は、今ではもう触って来よううともしないさ」


 『前回の件』が余程痛かったのだろうな。

 そう溢しながら、目前を見遣る。


 セシリアもそちらを向くと、そこには何十段もの階段があった。

 そしてその先、壇上には王族たちが揃って謁見に来た貴族を迎えている。



 ワルターの『やらかし』の対戦相手、前王弟。

 ワルターの社交界デビュー時にはそこに居た彼の姿は、もう壇上には無い。


 それはこの国の身分制度に理由がある。



 王弟というのは王位継承権・第一位、つまりは『王のスペア』的な立ち位置になる。


 しかし王に子供が生まれると、継承権は王弟よりも王子の方に優先して与えられる。

 例えば王に子が出来た時点で、その後『王の直系の血筋が全て絶える』等という事が起こらない限りは、王弟の継承権にはあまり意味が無くなるのだ。


 それでも万が一を考えて、王弟は王族として籍を残されるのだが、それでも王が退位しその息子が王となる時には、退位した王の兄妹達は皆、爵位を得て貴族に身分を下げる。



 これは一種のパフォーマンスだ。


 前王の弟妹達を王の配下に加わえる事で王族は血の繋がりに気を使わず国を運営する建前とし、前王の弟妹達も元王に下った事を自覚する。


 そういう儀式でもある。



 しかしいくら貴族に身分を下げると言っても、前王の縁者である。

 流石に他の貴族と同列には出来ない。

 その為の配慮が『公爵位』である。


 『公爵位』には王族の縁者しか成れない。

 それはこの国での不文律だ。



 現在、『公爵位』を与えられた家は一つしかない。

 それが、ワルターの『やらかし』相手の家である。


 当の彼は数年前に息子に爵位を譲っている。

 その為、過去あの壇上に席があった彼は、今年は壇上にすら登っていないだろう。



 しかし、それにしても。


(お父様にしては珍しい)


 ワルターの言葉は、おそらく皮肉だ。



 既に貴族位を受けたのだから、アイツはもう王族では無い。

 そう言いたいのだろう。


 

 ワルターは本来、誰にでもその様な物言いをする様な人間ではない。


 余程嫌っている人間(セシリアが知る限りでは毎度話が伯爵領へと嫌がらせをしてくるモンテガーノ侯爵家の当主)以外には、言っているところを見た事がない。



 しかし、すぐに思い直す。


(お父様が爵位を継いだ当初は、まだあの方も王族の一員だった筈。もしかしたら何度も嫌味を言われていたのかもしれない)


 そうだとするのなら、この皮肉的な物言いも納得できる。




 1つ前に並んでいた親子が連れ立って王の謁見へと向かった為、視界が開けた。


 謁見の場へと続く階段には、金の縁取りが

された赤い絨毯が敷かれている。

 そこから、目算で40段くらいだろうか。

 階段が続き、その上に王族たちの座るフロアがある。


 父と子の2人が壇上に上がったが、ここから見えるのは父の後頭部だけだ。

 

(私の姿も階段で下の人からは隠されるのね)


 無駄な視線を後頭部に受けずに済む。

 そんな風にほんの小さな発見をしていると、つい先程上がっていった2人が降りてきた。

 謁見が終わった様だ。


 父がこちらに目配せをしてきた。

 「行くぞ」と目で言われて、コクリと頷く。

 すると繋がれていた手からやんわりと温もりが遠ざかった。


 そんな変化に、セシリアは少しだけ寂しく思った。

 しかし不安は感じない。

 緊張もない。


 そう、セシリアが今すべきは。


(この階段を転ばずに登ってみせること!)


 優雅な所作は既にもう身についている。

 だから今更そこに注力するまでもない。


 しかし転ばない様には、気を払わねばならない。

 なんせ、いつもよりずっと登段数が多い。


 そうでなくとも『私は比較的転び易い人間である』という自覚をはセシリアにも既にある。

 そして万が一にも今ここで階段から転がり落ちようものなら、間違いなく生涯の恥になるだろう。


(……いや、それでも転ぶ率は昔よりも格段に減ったんだけど)


 などと言い訳じみた事を思いながら、父に続いて階段を登り始める。



 謁見終わり親子とすれ違った時あの少女に何故かちょっとどや顔を向けられた様な気がした。


 だから一体何なんだ。

 チラリとそんな疑問がほんの一瞬だけ頭を過ったが、それもすぐに掻き消える。

 何故って、セシリアが今一番注力すべきは階段だからだ。


 

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