第17話 マリーシアの『やらかし』 ー振り返ってあげる必要性は感じない編ー



 しっかりとシナリオ上に乗った彼女の言葉に、マリーシアは「おや?」という顔をして言葉を続ける。


「そうですか、それは残念です……。先日王族の方がその噂を聞きつけて取り寄せた所『とても美味しかった』と仰っていたらしいと聞いて、気になったのですが……」


 表面上では残念そうな顔を取り繕って「王族がわざわざ取り寄せた自領の製品を知らないの?」と、マリーシアは言外に告げた。

 

 そしてその話題を膨らませる。


「それに幾ら平民の間で流行っている物だと言っても、領内に住んでいれば使用人達から話を聞いたりはするでしょう?」


 厳密に言えば、貴族ならば皆が皆使用人からそういう話を聞けるわけではない。

 コレは使用人との間にそういう世間話が出来るくらいの良好な関係を築けているかによる。


 しかし「常識ですよ?」と言わんばかりの演技をし、加えて自分を例に出す事で、その事実を覆い隠す。


「私も領地で流行っている名産を使ったお菓子で『みかんタルト』というのを先日いただきましたが、さっぱりしていてとても美味しかったです」


 そう告げると、次に先ほど怒りを買って以降ずっと萎縮してしまっている『友人』に視線を移した。


「先程クレア様が教えてくださったあちらの『イカのパエリア』のイカも、サイモン伯爵領の名産でしょう?」


 そう尋ねれば、『友人』クレアは少し驚いた様な顔をした。

 しかしマリーシアが優しい笑顔で先を促せば、彼女はおずおずと口を開く。


「え、えぇ。私も使用人から巷の噂として美味しいと聞きまして、何度か『イカのパエリア』を買ってきてもらった事があります」


 そしてここまで話をすれば、おそらく故郷のことを思い出したのだろう。

 緊張はどこへやら、言葉が流暢に流れ出した。


「実はうちの名産のイカは、町では屋台という出店で売られていて、イカ焼きやイカせんべいなど、他にも美味しい食べ方があるのですよ!」


 すっかり、つい先ほどまでの様子に戻ったクレア。

 それにマリーシアも話を合わせる。


「まぁ、それはとても気になりますね! 私も機会があれば是非実際に行って、売っている所を直に見たいものです!」


 彼女に答えながらそうはしゃげば、2人の少女が仲良く楽しげな話をしている図の完成である。



 実は地元の食べ物についてクレアが詳しいだろう事は、あらかじめ予測していた。


 ステラが来る前に話していたのが丁度領地についての話で、その話しぶりから彼女は自分の領地の事が好きなのだろうという事は、分かっていたのである。


 そしてマリーシアに彼女が話しかけてくれたきっかけの話題は、『目の前に用意されているビュッフェの、種類の豊富さと美味しさについて』だった。


 話の取っ掛かり以上の熱を持った彼女の声と食べ物に対する知識の豊富さに、彼女が『食べる事』も好きなのだろうという事は簡単に想像できた。



 自領の事が好きで、食べ物の事を良く知っている。

 そんな彼女が、自領の食べ物の話を出来ない筈が無い。


 マリーシアはそう、半ば確信していたのだ。


(懸念があるとすれば「もしかしたらステラに委縮してしまい、クレアが上手く話をする事が出来ないかもしれない」という事だったんだけど)


 どうやら『好き』の気持ちは『恐れ』に見事勝利したようである。




 そして楽し気な2人が居る一方、置いてけぼりが1人居た。

 ステラだ。


 彼女は自領の食べ物についての話題にただ一人乗ることが出来ず、会話からただ一人取り残されたのである。



 本来彼女は『自分を中心に回っていないと気が済まない』性格である。

 だからこそ、そんな2人の様子に気分を害した。

 

 しかし話題には入れない。

 そしてマリーシアが作り上げたこの話題が弾んでできた空気は、結界となってステラの前に立ちはだかっている。

 

 それは少なくともステラに「別を話題を差し込む事はできそうにない」と思わせるくらいには、実に強固な作りになっていた。



 結局ステラが出来た抵抗といえば、せいぜいその不満を足に集めてドスドスと音を立てながら去っていく事くらいだった。


 そんな彼女を横目で見ながら、マリーシアは「全てが思惑通りにいった」と内心でほくそ笑む。

 更に「まぁ、良い暇つぶしにはなったかしら」なんて思いつつ、『友人』クレアとの話を丁度良い所で切り上げた。



***



 クレアと別れ、合流する為に両親を探していると、後ろからどこかで聞いたような声が追ってきた。


「あー、居た!! 居たわ、お父様!」


 「あの子よ」なんて言いながら近づいてくる少女に、しかしマリーシアは振り向かない。


「ちょっと貴方! 貴方よ!! 止まりなさいってばっ!!」


 相手が誰なのかは、分かっていた。

 しかし止まる必要性も、振り返る必要性も、全く感じなかったのだ。



 だって私は『貴方』なんて名前では無い。

 私を名指しで呼ばない以上、私は『面倒』の再来をしらばっくれる事ができる。


 とは言っても、彼女がこうして追いかけてくる事自体は、マリーシアの計画通りではあるのだが。


「貴方ちょっとっ、止まりなさいって言ってるでしょっ!!」


 そんな声と共に、マリーシアの手首をグイッと後ろに強く引っぱられた。

 苛立ちから強引になったソレに、マリーシアは素で「痛いっ」と声を上げる。


 それなりに強引に止められるとは思っていたが、せいぜい前に立ちはだかるくらいだと思っていた。

 まさかこんな風に引っ張られたりするとは思わなかったのだ。



 痛そうに顔を歪めたマリーシアに、手首を引っ張った本人・ステラは自分の失態を自覚して、その表情を怒りから焦りにサッと塗り替えた。


 そして、まるでそんな彼女の感情の隙間を縫ったかのように、男の声が彼女を追いかけてくる。


「こらステラ、淑女たるものそう走るものではないよ。っと、君かね? ステラの言っていた子は。君に少し聞きたい事が――」


 男はそう言いかけて、途中で言葉を止めた。

 そして大きく見開いた目で、マリーシアを見つめる。


(どうやら彼は私がどこの誰なのか、すぐに分かったようね)


 そんな風に当たりをつけて、彼に対して笑顔の仮面をかぶる。



 自分と同じ『3大伯爵家』と謳われる家の、それも自分の娘と同い年の娘ともなれば、気にならない筈がない。


 彼にはまだ直接自己紹介をした事がないが、それでも知っているという事は、おそらく予め父経由でマリーシアの事をそれなりに気にしていたのだろうか。

 もしくは、他でセシリアが挨拶をしていたところをたまたま見たのか。


 そんな風に幾つかの可能性から思考を組み立てていると、彼が零す様に呟いた。


「もしかして君は、オルトガン伯爵夫人の――」


 その一言で、マリーシアは「なるほど」と納得した。

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