第16話 マリーシアの『やらかし』 ーそれでも彼女の敵ではない編ー



 割り込んできた令嬢の話は、マリーシアをすぐに不快な気持ちにさせた。


 彼女が出してきた話題は、そのどれもがつまらなかった。


 やれ「どこそこの令嬢は王族への挨拶で足運びを間違えていた」とか。

 やれ「あちらの令嬢のドレスは貧乏くさい」とか。


 そんな事ばかりだったのだ。

 そう、つまりは誰かの悪口なのである。


(相手の悪口を言って、一体何が楽しいのかしら)


 マリーシアはそんな風に思った。

 しかもその話の導入があまりにへたくそなのだから、一層聞く気が削がれる。


 普通は「○○さんって知ってる?△△△の。あの人がね――」などという風に、話の主題として持ってくる物や人の事をまずは相手が知っているかどうか。


 そしてそれに関する付随情報を並べて、相手の記憶からその物や人物の事を想起させてから本題に入るものだ。


 特に初対面同士ならば、互いの交友関係や耳の広さを知らなくて当然である。

 だからこそ普通はその辺を配慮しながら話すのが、人間関係の構築第一歩としては正しいのだが。


(前提が分からない話を振られる事程、つまらないものは無い)


 しかし彼女にその辺への考慮が全く無かった。



 大して知りもしない相手の悪口を、ただ延々と聞かされる。

 そんな苦行を強いられていたのだから、マリーシアがその時間を「楽しい」と思う筈はない。


 そしてそのつまらない時間を我が物顔で話す彼女の心が透けて見えるのだから、これまた楽しいはずなどない。


(結局彼女は、別に私たちと話がしたい訳ではないのよ)


 自分の話を聞いていてほしい。

 「物知りね」と持て囃してほしい。

 皆の話題の中心で居たい。


 彼女の心の中にあるのは、そういう感情だ。


 そしてその相手は誰でも良い。

 別にマリーシア達でなくとも、そういう欲求を満たせさえすれば良いのだ。


(ならばどこか他の場所で勝手にやっていれば良いのに)


 そんな事を思いながらも社交の笑みを絶やさないマリーシアは「流石」と言って良いだろう。

 しかし本来10歳という幼さでそこまで自分を隠せる人間など希有である。



 彼女の言葉の合間に、マリーシアはふと『友人』を盗み見た。

 そして「やばい」と気付く。


 つい先程までマリーシアと和やかに談笑していたその令嬢は、笑顔を少し引き攣らせていた。


 おそらくマリーシアと同じく、彼女の話を楽しくは聞けていないのだろう。

 そして、その感情をうまく取り繕う事ができていない。


(頑張って表情を取り繕おうと思っている、その努力は認めたいけれど)


 しかしお世辞にも気持ちを制御できている様には見えない。

 つまらなさと困惑が顔に出過ぎている。


 しかしもし「そうと知らせる合図」と送ったところで、対して効果は無いだろう。

 彼女は今、頑張っていてソレなのだ。


(これはもう、彼女がコレに気付かない事を願うしかーー)


 マリーシアがそう思った時、そのおしゃべりな令嬢、ステラ・デーラが『友人』の表情に気付いてしまう。


「……貴方、私の会話に何か文句でもあるの?」


 ワントーン落ちた声は、どこからどう聞いても機嫌が悪い物だった。

 上から目線のその言葉に、『友人』はビクリと肩を震わせる。


「い、いえ、そんな、私は……」


 口籠ったその声が、おそらく一層彼女の気に障ったのだろう。

 ステラが怒りを顔に滲ませて、ダンッと彼女の方に一歩踏み出した。



 マリーシアは、心中でため息をついた。

 

 面倒そうなこの令嬢に絡まれた時から、ずっと嫌な予感はしていたのだ。

 

 出来る事ならば事を大きくはしたくなかった。

 しかし何も悪くない『友人』が社交界デビューというこの晴れの舞台で攻められるのは、『友人』の将来的にもよろしく無い。


 せっかく良い友達になれそうな令嬢なのだ。

 ここで見捨てるのは忍びないし、すぐ近くで不当に攻められる人間をそうと知っていて見捨てるのも『オルトガン伯爵家』らしく無い。


 だから思考を高速回転させて、『穏便に済む』為の算段を立てる。


「ステラ様、何もそんなに怒らずとも」


 ふんわりとした声色を演出し、怒り心頭なステラを宥めにかかる。

 しかしこんな言葉一つで彼女の怒りが抑えられるとは思えない。


 だから。


「『3大伯爵家』と呼ばれる御家柄のステラ様がこんな事如きで一々腹を立てていては、他の伯爵達に示しがつかないでしょう?」


 そう、彼女のプライドを優しく撫でてやった。

 するとその怒りがまるで嘘だったかの様に鎮火される。


 彼女がプライドの高い人間だということは言うまでも無い。

 つい先ほどまでの一連の振る舞いを見ていれば馬鹿でも分かる。


 だからまず家柄を褒めてそのプライドを擽り、そのプライドで彼女の言動を縛った。


 彼女はおそらく「『3大伯爵家』の人間がこんな事で怒るのは恥ずかしい事だ」と思っただろう。


 それがマリーシアの狙いでもあった。

 


 そうして彼女の言を封じ込めてから、マリーシアは「さて」と考える。


(ステラ様、このまま放っておくとずっとここに居座りかねないわね)


 おそらく今の険悪さも、彼女は自分に原因があるとは考えない。

 だからそもそもこの険悪さに居心地の悪さを抱いてはいないだろう。


 しかしここに居座られると困るのだ。


 せっかく出来た『友人』を逃してしまう可能性がある。



 だからマリーシアは、すぐさまその為の対策に出ることにした。


 実は彼女、父に貴族のあれこれについて教えてもらっていた時に、偶然漏れ聞こえてきた会話を幾つか覚えていた。

 その中に、ステラに関係する物があったのである。


「そんなお話よりも私、是非ともステラ様の事をお聞きしたいです!」


 そう彼女を持ち上げれば、ステラはプライドで押さえつけたくすぶる怒りを完全に忘れ去った。


「なぁに?そんなに私の事が知りたいの?」

「はい!」


 教えていただけるんですか?!

 という感情を込めた表情を作り、マリーシアは更に彼女を有頂天にさせる。


 そして彼女から「仕方が無いわねぇ、じゃぁ特別に何でも答えてあげる」という言葉を彼女から引き出した。


 マリーシアはその言葉に、心中でほくそ笑む。



 彼女はきっと、「今日のドレスは一体どこで?」とか「そのアクセサリー、とても綺麗ですね!」とかそういうお世辞交じりの自身を持ち上げる言葉が返ってくると思っているだろう。


 そしてそれが初対面の女性に対する話題としては、適当なものでもある。


 しかしだからこそ、マリーシアはそんな予想を裏切る事にした。


 これは先程ステラが二人の会話に無理矢理入ってきた事に対する、ささやかな意趣返しでもある。


「ステラ様のデーラ伯爵領では梨が名産なのですよね? 最近、その梨を使った美味しいお菓子が平民の間では流行っていると聞きました! それが一体どのようなお味なのか、私はとても気になっているのです!!」


 そう告げると、ステラは「そんな質問が来るなんて思っていなかった」と言わんばかりに顔を歪める。


「……それは平民の間で流行っている物なんでしょう? 貴族の私がそんな事、知る筈ないじゃない」


 答えを知らないステラは、しかしつい今しがた「何でも答える」といった手前、無視するわけにはいかなかった。

 だからその問いに、正直に真実を答えるしかなかったのだ。

 例え「知らない」と答える事に屈辱を感じたとしても。



 彼女が捻り出した「貴族が平民の流行を知る筈がない」という言葉は、「即興にしてはよく思いついた」と思わなくもない。


(なるほど、彼女はプライドは高いけれど、即興で回る頭も持っているという訳ね)


 しかしそれは、少なくとも今のマリーシアの敵ではない。

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