第15話 マリーシア『やらかし』 ー面倒な人物の襲来編ー

 


 キリルの話が終わった後は、マリーシアの話である。


 セシリアはマリーシアに「お姉様のお話も聞かせてください」とお願いしてみた。

 するとやはりこちらも「いいわよ」とすんなりとオーケーしてくれる。


「と言っても、私もお父様程派手ではないけれど」


 などと兄と同じような前置きをした上で、彼女は自身の社交界デビューの『思い出』をゆっくりと語り始めた。



 ***



 社交界デビューの日。

 王族への挨拶と親同伴での挨拶回りが一通り終わると、マリーシアは父に「あとの時間は好きに過ごしていい」と言われた。


 社交の場での自由時間。

 初めての状況という事もあり、マリーシアは少しの間どうするべきかと悩んだ。


 時間は夜。

 外で遊ぶ子供達はおそらく極端に少ない。

 ならば他の子達はこういう時にどうするのかというと、おそらくは顔見知りの子達と話したりして時間を潰すのだろう。


 しかし彼女は、今まで他貴族達から隔離されるようにして育った。

 残念ながら顔見知りと言えるほどのやり取りとした人間は、この中には居ない。



 悩んだ結果、マリーシアは喉を潤すために飲食スペースへと向かった。

 するとそこには幸いというべきか、マリーシアと同じように親に自由を貰った子供達が屯(たむろ)していた。


 互いに話す彼らは、どうやらみんながみんな以前からの顔見知りという訳ではないらしい。


 どうやらこの場で何となく話しかけたり話しかけられたりして、もし意気投合すれば長話に入る。

 そういう風に、自然と友達を作る流れがそこには出来ていた。



 一目でそれを把握したマリーシアは、飲み物を選びながら「さて誰に話しかけてみようかしら」と考えた。


 話しかける相手は、なるべく面倒でない方がいい。


 出来るだけ自尊心が必要以上に高くなく、爵位を極端に気にする事がなく、心が捻(ひね)ていない人。

 最初に友人となるには、おそらくそれが一番の好条件だ。


 そう思っていた時、後ろから声をかけられた。

 振り返ると、そこには1人の少女が礼儀正しく立っていた。

 


 幸いにもマリーシアは王との謁見前の僅かな空き時間を使って、父からレクチャーを受けていた。

 その為、この会場内にいる貴族全員の顔と名前とその他基本情報は全て一通り脳内にインプット済みである。


 マリーシアは脳内データベースを走らせて、マリーシアは彼女の正体を探った。

 そしてすぐに彼女が誰なのかを探し当て、にこりと笑った。


 幸いにも、彼女はマリーシアが思い描いていた最適な人物だった。



***



 マリーシアはその時の事を思い出すかのように、視線をどこか遠くへと流しながら言葉を続けた。


「その令嬢とはまぁそれなりに楽しく過ごしたわ。でもそこにもう一人の令嬢が来たのよ。……セシリア、デーラ伯爵家は知ってる?」


 その問いに、セシリアはコクリと頷く。


「確か国の北西に領地を持つ伯爵家ですよね? 我が家と並んで『3大伯爵家』とも言われている」


 記憶の中からそれらの情報を拾ってそう言い、しかしセシリアはすぐに呆れたような表情を作る。


「しかしこの呼び名、私はどうにも好きになれません。同じ爵位の中、貴族同士が勝手に優劣を付ける事に一体どれほどの意味があるのか……」


 セシリアの言う通り、『三大伯爵家』と呼ばれようが呼ばれまいが、伯爵家は伯爵家でしかないのだ。


 この両者は公式にはあくまでも同じ地位であり、その待遇に差は無い。

 言わば名誉称号のようなものだ。


 なのに何故こんな風に優劣を付けたがるのか。

 そんな疑問を呟くと、マリーシアは「まさにそれなのよ」と言葉を続ける。


「デーラ伯爵家はうちとは違って、自分達が『3大伯爵家』と呼ばれる事に優越感を抱くタイプの人達なの」


 領主がそういう考えの人だから、その思考に娘が染まってしまうというのは仕方がない事ではあるのかもしれないけれど。


 そう前置いて、マリーシアは更にこう言った。 


「『うちの家は伯爵家の中でも特に偉い』っていう考えだったみたい。だから彼女は何の躊躇も無く、私達の会話に半ば無理矢理入って来たわ」


 マリーシアはその間の詳しいやり取りは省く代わりに、その会話の中で気付いた事をセシリアに要約して教えてくれた。



 まず最初に、マリーシア達2人がそれぞれどこの家の令嬢なのかを全く知らないようだった事。


 何故分かったかというと、答えは簡単。

 マリーシア達の名前を彼女は終始一度も呼ばなかったのだ。

 その代わりに、会話の端々で2人の事を終始「貴方」と呼んでいた。



 面と向かった貴族同士の会話では、普通は相手をきちんと名前で言い表す。

 これは『貴方の事はちゃんと知っていますよ』という意思表示の為であり、相手に対する礼儀でもある。


 例えば余程親しい間柄であるか一対一の会話ならば、例外として『君』や『貴方』という言葉を使うこともあるだろう。

 しかし当時、両者はそのどちらでも無かった。

 

 それなのに敢えて名前で呼ばないのは、名前を知らないか、知っているのに敢えて嫌がらせをしているかの2択である。


 しかしどちらか一人だけ名前で呼ばれないのなら未だしも、2人共名前が呼ばれないのならおそらく前者が正解である。


 そして名前を知らないのも、道理だろう。


 先の通り『貴族の会話は相手を名前で呼ぶのが礼儀』であるが故に、初対面の貴族同士が会話する場合はまず最初にお互い自己紹介をするのが通例だ。



 しかし彼女はその段階を踏まなかった。

 それをすっ飛ばして、突然二人の話に入ってきたのだ。


 例えばマリーシアの様に、あらかじめ全ての貴族の顔と名前を覚えさせられていたのならば話は別だ。

 しかしそうでないのなら、話し相手が誰なのか分からなくて当たり前である。


「彼女のその振る舞いは、まるでとても高飛車に映ったわ」


 私の事は勿論知っているでしょう? 

 私は貴方達の事なんて全く知らないけれど、ただの暇つぶしに話しかけてあげただけなんだから何の問題も無いわよね?


 そう言いたげな態度だったと、マリーシアは当時を振り返る。


 するとキリルも「あぁ、あの令嬢ならそのくらいの事余裕で思ってそうだよね」と軽く同意した。

 その言を聞くに、その令嬢の内情は今でもあまり変わりがないらしい。


(一体どれ程偉そうな人なんだろう)


 兄姉の物言いに、セシリアは不覚にも少し興味を持ってしまった。


 しかしそれは、別に彼女とお近づきになりたいという意味ではない。

 そういう面倒そうな人間は、遠くから観察するに限る。



 しかしまぁ、どちらにしても。


(相手の心情を表情や仕草から読み解くことが得意なマリーお姉様がそう仰るのなら、きっと実際に彼女はそう思っていたのだろう)


 そんな風に推察する。


 そんな妹を横目で確認してから、マリーシアは回想の続きを話し始めた。

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