第14話 キリルの『やらかし』 -完全勝利編- ★

 


 当時、大将首が取られた頃。

 テンドレード侯爵が戦地と遠く離れた王都で悠々自適に生活していた事は、当時多くの人間によって確認されている。


 そして「バーミリオン男爵が大将首を討ち取った」という一報を得てから、『勝機が見えた』と彼は自身の纏める兵士と共に戦場に向かったのだ。

 そんな彼に、大将首を討ち取れた筈が無い。



 公式記録に書かれた侯爵の功績は「残敵の掃討」だ。


 当時の疲弊した前線に侯爵達の手が必要だったことは、確かな事実だった。

 功績としては些か地味だが、それでも誰かがしなければならないには変わりない。

 その働きの必要性と重要性を、キリルは正しく理解している。



 侯爵はただ、自分の成した事をそのまま誇ればよかったのだ。

 盗賊よろしく他人の功績を自分の功績だった様に語るのではなく。


(どうしてそんな事をするんだろう。そんな事しても、割に合わない事は明白なのに)


 そこまで考えて、キリルははたと思い至った。


 ――もしかしてこの人、気付いていないのだろうか。


 そう思って彼を観察してみるが、そこにあったのは相変わらずの自慢顔だ。

 自身の言のその危うさに気付いている様子は無い。



 なるほど、ならば


(一歩先は、すぐ崖だ)


 キリルはそう教えてやる事にした。


「つまり、公式記録と事実は異なると?」

「その通りだ!」


 胸を張った侯爵に内心でため息を吐きながら、キリルはこう告げた。


「公式記録は王の承認を得た物ですが、それを否定してしまえば、王の承認を疑っているようにも聞こえてしまいますよ……?」


 放たれた刃に、周囲がザワリと大きく揺れた。

 どうやら周りは皆、こちらの話を盗み聞いていたようである。


(――否、テンドレード侯爵は声高々に『演説』してた。別に盗み聞く様な真似なんてしなくても、十分近くの貴族たちには聞こえていただろう)


 まぁどちらにしても、観衆達はキリルの『正しさ』の証言者だ。


 公式の場で一人ひとりその正否を尋ねられれば流石に皆口を噤むかもしれないが、そんな事でも無ければ十中八九こちらの味方になってくれる。

 キリルにとっては、何ら不都合は無い。


(しかし、それにしてもざわめきが予想よりも多い)


 そう思って気付かれない程度に辺りを見回してみて分かったのだが、キリル達の周囲の人口密度が異様に高い。

 おそらく彼の『演説』のお陰で人が増えたのだろう。


 テンドレード侯爵にとっては完全な墓穴である。


「そ、そんな筈がないではないかっ!侯爵である私に対してその言葉、無礼だぞ!!」


 彼は周囲の反応に「やばい」と思ったのか、高圧的な言葉で権力を語り、こちらを早急に抑え込もうとしてきた。

 しかしその様な相手の反応を、キリルが予想していない筈は無い。


「私はただ『そのようにも聞こえてしまうので、あまり大声で仰らない方が良いのではないか』と、そう心配しただけなのですが……」


 困った様な顔を作ってそう言うと、「しかし」と今度は難しい顔をして見せる。


「これを『無礼』と仰るのなら、私はその心配が的中し侯爵が王の膝元に召喚されるのを黙って眺めていた方が正しかった、という事なのでしょうか……?」


 そんなキリルの呟きに、周りがクスリと笑った。


 片や酷く心配そうな声色と本気で考え込む演技をして、見事に周りを騙して見せたキリル。

 片や虚言を吐き、権力を振りかざし、子供相手に口封じをする侯爵。

 観衆達がどちらにより好印象を抱いて笑ったのかなんて、そんな事は考えるまでも無い。



 一方、テンドレード侯爵は唇を噛み押し黙った。


 確かにキリルの言う通り、彼は一度も侯爵を糾弾する様な言葉は使っていない。

 キリルは終始「そういう風に解釈されてしまうかもしれないと『心配』している」というスタンスを貫いている。


 これに「煩い黙れ」という事は簡単だが、そうして黙らせたところで果たして周囲は黙るかどうか。

 寧ろ火に油を注ぐ形になりはしないか。


(くそっ、伯爵家の子息を抱き込む瞬間を他貴族達に見せつける為に、わざわざ人を集めたというのに……。その工作が裏目に出た)


 これ以上大っぴらに動くのは悪手だ。

 こうなってしまえば、おそらくこの事が社交界の噂になる事はもう決定事項だろう。

 ならばせめて傷の浅い落としどころを探さねばならない。


 それにしても、全くしてやられた。

 苦虫を噛み潰したような気持ちになりながら、心中でそう吐き捨てる。


 そしてそれから2,3秒のタイムラグを置いて、今度はそんな思考に行きついた自分に驚いた。


(『してやられた』? それではまるで、彼が故意にこの展開を作り出したみたいではないか)


 そう思い至った瞬間、驚きが焦りに変わる。



 彼はまだ10歳だ。

 確かに彼の両親は頭が回り、社交も得意だが、だからといって社交慣れしている相手にこんな事――。


 そう思った時だった。


 キリルがまるで思考を読んだかの様なタイミングでニコリと笑いかけてきた。

 その微笑みに、テンドレード侯爵は戦慄する。


(――ちょっと待て。本当にそうなのだとしたら、これらは全て彼の筋書き通りだとでもいうのか)


 こちらの『間違い』を指摘し。

 力技で嘘を押し通すと分かったらからめ手を使い。

 集められた観衆達を味方につける様に振る舞い。


 そして、観衆達を味方につける事で『不敬罪』が適用される目を、彼は簡単に潰して見せた。



 貴族が自分の家よりも地位の高い相手を糾弾する事は、とてもリスクが高い。

 場合によっては名誉棄損として『不敬罪』に問われる可能性もあるのだ。


 だから、キリルは石橋を叩いて渡った。

 自分の感情を制御し、過激な事は口にせず、あくまでも『心配』という形に言葉を収めた。

 その証人は、此処に居るすべての他貴族達だ。


 そんな彼をこのような場所で『不敬罪』に処する事は、それこそリスクが高い。


 『保守派』の頭である侯爵には、敵も多いのだ。

 もし不当に貴族の子供を『不敬罪』で斬首したとなれば、それは敵にとっての格好の餌となる事は間違いない。



 思い付く全ての手を封じられ、テンドレード侯爵は自分が詰んだ事を自覚せずにはいられなかった。


 怒りや悔しさや、色々な感情が押し寄せてきて上手く思考が纏まらない。

 だから「何か言い返さなければ」と思い口を開くものの、何も言い返す事が出来ないまま閉口する。


 そんな彼を3秒ほど眺めた後、キリルは少し困った様な表情を作った。


「申し訳ありません、テンドレード侯爵。先程はああ申しましたが……『そう聞こえてしまうかもしれない』と思ったのは、きっと私の思い違いでしょう」


 所詮子供の戯言です、ご容赦いただければ幸いです。

 そう言って、キリルが頭を垂れた。


 そう、先に刃を鞘に納めたのは、キリルだった。



 そもそもキリルがこのような行動に出たのは、彼の言葉に腹が立ったからだ。

 その溜飲は彼を困らせ、周りに笑われ、今後の社交界の噂の的になる事で既に下げられた。


 それどころか、これ以上は逆効果だ。

 これ以上彼の相手をして事が大きくなれば、おそらく『王の判断にケチを付けた』テンドレード侯爵に王からの召喚命令が下るだろう。

 そうなればキリルも、証人として召喚される。


 腹が立つ相手のせいで自分まで王の前に引っ張り出され、証言台に立たされる。

 そんなの、絶対に嫌である。


 だから彼は此処で手を引く事にした。



 「こちらの思い違いだった」と謝罪すれば、相手は必ずそれに食いついて来るという自信があった。


 彼だって、こんなきな臭い話は早く片付けてしまいたいだろう。

 そんな彼にとって「相手が謝罪してきたので許してやった」というこの状況は、願ってもないシチュエーションの筈だ。



 案の定、彼は乗ってきた。


 フンッと鼻を鳴らすと「その通りだ。貴様の思い違いに振り回されて、こちらは迷惑だ」と吐き捨てて、侯爵は足早にその場を去っていった。




 こうして『オルトガン伯爵家の取り込み』という当初の思惑に、テンドレード侯爵は失敗した。


 それどころか「テンドレード侯爵が今年社交界デビューしたばかりのオルトガン伯爵の息子に言い負かされた」という噂が社交期間中を飛び交い、『保守派』筆頭たる名誉が多少なりとも傷つけられる結果になった。


 手痛いしっぺ返しを食らうこととなったテンドレード侯爵は、一度は伯爵家に反撃しようと考えたが、幾ら思い出しても当時のキリルの言動には全く落ち度を見い出せない。

 結局彼は、キリルやオルトガン伯爵家に手を出す事は出来なかった。


 つまり、キリルの完全勝利だ。



 ***



「まぁ、全部自業自得だよね」


 結局はキリルを侮り、杜撰な計画を立て、調子に乗ったのがテンドレード侯爵の敗因である。

 自業自得以外の何物でも無い。


 キリルは自身の思い出をそう締めくくると「可哀想にね」と、まるで他人事の様に言いながら笑ってみせた。



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 当該話数の裏話を更新しました。

 https://kakuyomu.jp/works/16816410413976685751/episodes/16816410413976927792


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