第12話 キリルの『やらかし』 -苦行編-
この国には、派閥が存在する。
以前から派閥は存在したが、現王が王の地位に着いてからしばらくの間はその動きも沈静化していた。
再び活性化し始めたのは、正妃と側妃にそれぞれ男子が生まれてからである。
戦争をして他国へと領土を広げたい『革新派』。
他国とのつながりを条約で強固にしたい『保守派』。
それぞれに『革新派』が第一王子を、『保守派』が第二王子を次の王に望んだ事で、派閥周りが急激に騒がしくなった。
派閥争いは激化し、その争いに勝利する為に中立の家の勧誘活動が活発になった、丁度そんな時期に、キリルは社交界デビューをした。
社交界デビュー恒例の『王への謁見』が終わった後、キリルはこんな風に声を掛けられた。
「キリル殿! 探していたんだ!!」
話し掛けてきた男とはまだ距離がある。
それなのにわざわざ大声で呼び止めてくるものだから、多くの貴族の視線が一斉にキリルに集中する。
(確かこの人は、テンドレード侯爵。何て面倒な……)
先程父から教わったばかりの名前と彼にまつわる情報を頭の中で引っ張り出しながら、キリルは内心で頭を抱えた。
この時、キリルは彼と初対面だった。
しかし今の彼の言葉のせいで、きっと周りに「既知なのだ」と思われただろう。
(これはきっと、周りに対するパフォーマンスだ)
キリルはすぐに、彼の思惑に気が付いた。
『オルトガン伯爵家が、第二令嬢をモンテガーノ侯爵の息子の所に嫁に出すらしい』。
そんな噂が流れている事は、父から聞いて知っていた。
ソレ関係で誰かが接触してくるかもしれないという警告も受けていた。
モンテガーノ侯爵家は『革新派』の重鎮で、テンドレード侯爵は『保守派』の筆頭だ。
おそらくテンドレード侯爵は「今までどちらの派閥にも加担しなかったオルトガン伯爵家が遂に旗色を示した」とでも思ったのだろう。
それは、実はモンテガーノ侯爵が別の思惑で流した嘘だった。
しかし彼は、どうやらそれを知らない様だ。
(なら、僕がすべきはまず――)
思考を回し、最適解を弾き出す。
相手がこちらとの友好を示したいのは分かった。
しかしそれに付き合う筋合いもメリットも、キリルやオルトガン伯爵家には無い。
メリットを示されていない以上、彼の茶番に付き合う必要は無い。
だからキリルは、その気持ちを行動で示した。
『初対面の相手への挨拶』を、丁寧過ぎる程丁寧に返してみせたのだ。
キリルのその行動に、侯爵は一瞬面喰った様な顔をした。
しかし彼はすぐに取り繕う。
「まだ幼いのに礼儀正しい子だ」
微笑ましそうな表情を貼り付けて、彼は言った。
しかし目の奥の「歯がゆさ」は、残念ながら隠せていない。
(自分の思惑が外れた事に、きっと不満を持っているんだろうなぁ)
少し目を凝らしてみれば容易く彼の感情が読み取れる。
それは紛れも無く、キリルを「子供だから」と舐めてかかっている証拠だ。
(……まぁ良いか。舐めてかかられた所で、精々その言動にカチンとくるくらいだろう。そのくらいなら大した弊害じゃ無いし)
そういう風に考える事で、彼の感情フィルターのザルさ加減に関する不毛な思考はすぐさま切り捨てる。
その後、しばらくの間は彼の雑談に付き合わされた。
しかしそれがまた、酷くつまらない。
彼は自分や自分の親族、領地についての自慢話ばかりをペラペラと喋る。
しかもその内容が、どれも屋敷の書庫で調べれば分かるような、ありふれた内容ばかりなのだから救えない。
それに。
(何か全部、3~4割増しに盛られた話ばっかりなんだけど)
これには呆れるしかなかった。
キリルはマリーシアの様な瞬間記憶能力も、セシリアの様な覚える事に対する器用さも無い。
だからこそ、誰よりも資料を読み込み脳に落とし込む作業に時間と労力を掛ける。
それによって得たのは、何も知識だけでは無い。
努力したからこそ、「覚えた内容に間違いは無い」と自信を持って言える。
彼はこの自慢話の当事者だ。
自分や自分の領地の事なのだ、まさか数値を間違えて覚えてしまっている筈は無い。
それだけでも、間違いなく故意の嵩増しだと判断できる。
(きっとこちらのマウントを取りたいんだろうけど……)
その為には、確かに「相手の方が自分より上だ」と思わせるのが手っ取り早い。
しかしやり方が良くない。
マウントを取るのが目的ならば、本来の数字を示すべきだ。
盛った話でマウントを取った所で、バレてしまえば効果なんて簡単に失せるのだから。
(そんな事にも気付いていないのか。……否気付いているけど「子供相手だから誤魔化しようは色々とある」なんて思っているんだな、きっと)
心中でそんな事を思いつつ、にこやかに彼の話を聞くという苦行を耐え忍ぶ。
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