第1章:セシリア、10歳。トラブルてんこ盛り。

プロローグ

第1話 『やらかし』たので、兄妹三者面談を開催します



 午前10時のティータイム。

 紅茶特有の苦みとほんの少しだけ混ぜた蜂蜜の甘さが、じんわり口内を広がっていく。

 そんな幸せを静かに噛み締めるのは、まだたった10歳の少女だった。



 オレンジガーネットの長い髪に、ペリドットの大きな瞳。

 幼いながらも既に紅茶の楽しみ方を知っているその少女は、今日もこの時間に得られる淡い陽の光と紅茶の香り、そして家族との団らんの時間に身を委ねている。

 

 とはいっても、今日は両親が社交に出ていて不在の日。

 その為今日の参加者は必然的に、オルトガン伯爵家の3兄妹だけだった。


「それで、セシリー。昨日は結局何があったの?」


 伯爵家の末っ子・セシリアはその声に、入り浸っていた紅茶の世界から顔を上げた。


 尋ねた声は、まるで世間話をするかのような軽い口調。

 そして上げた視線の先に居たのも、その声と一寸たりとも違わないイメージの姉が居る。



 絹のような金色の髪に新緑の瞳。

 いつもと変わらぬ洗練された所作でティーカップを傾ける彼女は、セシリアとは少し色合いが異なるものの一目で姉妹だと分かるくらいには似通った容姿をしていた。


 そしてもう一人、そんな二人とやはり面影が似ている少年が、こんな風に同調の声を上げる。


「あぁそれ、僕も気になっていたんだ。実は『セシリーの周りで何かが起きた』という事実と、その後周りで囁かれていた噂話程度の事しかまだ知らなくて」


 告げられた声は、とても優しい音をしていた。

 しかしそれでいてセシリアに「話さない」という選択肢を与えないくらいには、芯の強さを感じさせる。


 彼が二人の兄で、この伯爵家の第一子。

 そして次期当主という地位を背負う人物だ。

 


 オレンジ掛かった金髪に、透き通った青い瞳。

 その瞳が優しく「話してごらん」と促してくる。


 セシリアとて、別に兄姉に隠し事をする気は無い。

 しかしそれよりも「彼が何を聞いたのか」という疑問の方が先立った。


「因みにキリルお兄様は、どんな噂話を聞いたんです?」


 思わず質問に質問で返してしまったセシリアに、しかし兄・キリルは全く腹を立てる様子は無い。

 むしろ「その疑問は当然だ」と言わんばかりに間髪入れずに答えてくれる。


「僕が聞いたのは『社交界デビューの場で第二王子とモンテガーノ侯爵家の子息を誘惑した後、あろうことかパーティーを途中退場した令嬢が居るらしい』っていうやつだね」

「あらまぁ」


 キリルの答えに、姉・マリーシアが口元を抑えてコロコロと笑い出す。

 するとキリルも「そんな『面倒』そうな事、セシリーがわざわざする筈無いのにね」と言って笑った。


 そしてキリルはこうも続ける。


「本当はもっと早くセシリーに聞きたかったんだ。でも昨日は家に帰って早々、お父様達と色々話をしたんだろう? 見かけた時にちょっと疲れた様な顔してたから、今日まで聞くのは控えていたんだ」


 彼のその気遣いも、優しい声や表情も、全て彼の真実だった。

 その事をセシリアだって知っているから、素直にありがたさを感じてしまう。


 しかしそれもここまでだ。


 そこまで言うと、彼は食べ掛けのカヌレを静かに皿の上へと置いた。

 そして少し姿勢を正し、セシリアへと視線を向ける。


 

 その瞳は、強い煌めきを放っていた。

 好奇心に彩られた瞳の奥が、セシリアの「さぁ来い」と告げている。


 柔和なその微笑みとは少しミスマッチな気もする強い興味を、セシリアは邪険にできない。

 彼女自身にも、『好奇心』には覚えがあるのだ。

 この伯爵家は元来そういう血筋なのだから仕方がない。

 

 一応姉の方も見れば、マリーシアも似たような眼の色をしてセシリアの言葉を誘ってくるのだから猶更だ。

 



 少し昨日の事を思い出せば、少し辟易としてしまう。

 それくらいの事があった。


 『後で大変な思いをするのが嫌だから、いっその事早く勉強を始めてしまえ』を3年も前倒しして4歳から勉強をし始めて、昨日の社交界デビューまでに覚えるべき必要最低限の礼儀作法や知識をたった6歳の時に終えてしまった。

 その後も好きに知識欲を貪った結果、専門的かつ幅広い知識を持つに至った。


 そんなセシリアをでも辟易とするような事が、デビューの場で。


 

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